第10話 幼馴染は何か隠している
僕とパティはアカンサスの街から南にある森にやって来た。
照りつける太陽のもと、ただ黙々と歩いて行く……ワケには当然行かない。勇者は二人きりの時は饒舌だからだ。
「ねえねえ見て見て、とっても変な色をしたキノコが生えてるよ」
「あー。あれは完全に毒キノコだな。絶対食べちゃダメだぞ」
「え? そうだったんだ。でも毒消し草があるなら大丈夫でしょ? プラマイゼロ」
「簡単に言うんじゃない! そうそう綺麗にリセットされるワケじゃないんだぞ」
僕は少しだけ後ろをハツラツと歩いているパティにチラリと目を向ける。パッと見は文学少女のような出で立ちに見える彼女が勇者とは、世の中って本当に不思議だ。街娘の服とブロンズソードっていう組み合わせもさることながら、あどけない顔とステータスのギャップが半端じゃない。
しかし、今本当に気になっていることはそれじゃあなかった。未だに魔王を倒す冒険に出ようとしない彼女だが、決定的な理由は一体何かということだ。
小さい頃から一緒に遊んでいたから、大体パティの性格は解っている。不潔なものはとことん嫌いだし、危ないことも嫌がることは間違いない。でも、大抵のことは我慢できる性格なんだ。だって冒険に出ることだって、最初は承諾していた筈だったし、どうして突然急激な心変わりをしたんだろう。
「ねえねえ、アキト。ちょっとだけ休憩しない?」
森の中に開けた場所を見つけたパティは、日光のような暖かい微笑を浮かべながら僕を誘ってくる。一際存在感のある大樹が根を張っていた。
「そうだな。ちょうど素材も集め終えて帰るだけだし、ちょっとだけ休憩するかー」
僕もパティと同じように、少しだけ呑気な気持ちになっていたのかもしれない。一緒にいると変な安心感が湧いてくるから不思議な奴だと思う。
「すっごい綺麗な森だよね。モンスターなんて全然出てこなそう!」
「ポーションの材料とか、毒消し草が大量に生えてるところって、けっこう神性が高い場所らしいぜ。だからあんまり奴らも入ってこれないんじゃないかな」
喋りながら周りを見回していると、お気楽勇者様は道具袋からなんとシートを取り出すと即座に大樹の前に広げる。
「休憩用のシート持ってきたよっ」
「あのなあ、もしかしてピクニックだと思ってないか?」
「あれ? 違った?」
「違うわ! モンスターが何処にいるのか解らないんだぞ」
「きっと大丈夫だよっ。ねえ! お昼ご飯にしようよ。ちゃんとアキトの分も作ってあるっ」
「え? だからあんなに準備に時間が掛かってたのか? 別に昼ご飯なんて準備しなくても良かったのに」
「ダメだよ。こんなに綺麗な森に来るなんてそうそうないんだし! はい!」
彼女の小さな右手が差し出してきたのはサンドイッチだった。4切れ渡されたが、それぞれ具はサラダやハム、フルーツにトンカツなど様々だ。更にはご丁寧に水筒まで持って来てくれたらしい。
「お、おう。まあ、せっかくだから食うか」
仕方なく僕はパティと一緒にシートに座り、受け取ったサンドイッチを食べ始めた。口の中に入りこんだ単なるサンドイッチが、まるで自分だけは特別製だと言わんばかりな甘美な味を舌に届けてくる。何を作らせても美味い……悔しいがおふくろ以上だ。別に僕が悔しがることじゃないが。
ふと気になって隣を見ると、まるで小動物みたいな感じでサンドイッチを食べるパティと目が合った。本当にすぐ隣で目が合ってしまうと、どうも居心地が悪い。彼女はくりっとした丸い目になって僕を見つめ返す。
「ムガムガ……どうしたのアキト。もご足りなぐ、」
「食いながら喋るなよ。別になんでもない」
パティはどうも気になるという顔つきで見つめ続けてくる。この海みたいな瞳には逆らえそうもない。
「どうしてもお前に聞いてみたいことがあってさ」
「え。聞いてみたいこと? ポーションの一気飲みのコツとか?」
「ポーションを一気飲みしたいと思ったことはない! そうじゃなくてさ。なんでパティはあそこまで、頑なに冒険に出たくないのかなって。そこを知りたくてさ」
あまり話したくない話題だったらしい。さっきまでずっと瞳の奥を覗き込んでいた小さな顔が正面を向く。
「……ん。んー。んん」
まるで新種の動物みたいな声を出して、パティは隣でもじもじし始める。やっぱりまだ僕に言ってないことがあったワケだな、と確信を深めているところで、
「教えない。アキトには教えないっ」
「なんでだよ。隠されたらなおさら気になるだろ。言ってみろって、ほら!」
「教えないったら教えない!」
ここまで隠すとは相当な何かがあるな。こうなったら吐かせてやろうとばかりに、僕は近くにあった丸くて細長い葉っぱをプチっと切り取ると、先端でパティの左耳に優しく触れる。ビクッと華奢な肩が震えた。
「ひゃうっ!」
「どうだ! これで話す気になったか?」
「ううう……アキトの卑怯者! 私には黙秘権があるんだから」
「何をー。じゃあこれならどうだ?」
スーッと葉っぱの先端で円を描くように耳に触れる。
「あ! ……うんん! こ、こ……このー」
今度は体全体が仰け反った感じになってしまい、流石に僕もやり過ぎたかもと思っていると、彼女は赤くなった頬のまま目を見開いて、突如押し倒してきた。
「うお!? ちょ、ちょっとやめろ。コラー」
理性を失った野獣に近い存在になった勇者が、あっという間に右手に持っていた葉っぱを奪い取り、馬乗りの姿勢から反撃を開始した。
「ぎゃははは! やめろ……やめろー!」
脇から首筋から葉っぱでくすぐられまくり、危うく笑い死にする危険性まで感じたほどだった。
「えいえいえい!」
「やめろ、参った! 参ったー!」
これは想定外の状況だ。こんな森の中じゃ助けに来てくれる人は誰もいない。だんだんとくすぐられていることよりも、お腹に感じる彼女の太ももに意識がいってしまう。まるでマシュマロに押さえつけられているようで、僕はもうじき自分が正真正銘の野獣形態に変身する未来を予感した。そして予感よりも確かなものだ。
しかし、幼馴染の弱点などとっくに把握済みだ。
「パティ! パティって!」
「なーに? このまま夕方までくすぐってあげるんだから」
完全に暴走を始めやがった。
「見えてる……今ハッキリ見えてるぞ! ギャハハ」
「え? 何が見えてるの?」
「ス、スカートの中が……」
「はえっ!? きゃー」
「今だぁ!」
一瞬の隙を逃しはしない。僕はすぐさま地面を這いずるように体を動かし、勇者の罠から脱出した。
「はあー! 危なかったー」
「も、もしかして今のって嘘? ねえ、見たの? ホントに見たの?」
笑い死にしそうになって息も絶え絶えながら立ち上がっていた僕を、頬を桜色に染めたパティが見上げてくる。この表情とアングルはもはや犯罪だ。きっと僕以外誰も理性を保てなくなってしまうだろう。いや、正直僕も怪しい。
「さあ、どうかなー。そろそろ森から出るとするか」
「ちょっとー! 教えてよ。もし見られちゃってたら、もうショックでアキトを道連れに自殺するしかないっ」
「やめろよ! どうして人を道連れにしようとするんだ。大丈夫! 見えなかったよ」
「ほ、本当? 本当に見えなかった?」
僕達はまたしょうもない会話を交わしながら森の中を歩き始めた。しばらく歩き続けて違和感に気がつく。普段ならおふくろと一緒だし、地図もあるから特に問題なくアカンサスに着いている筈なのに、まだ森から出てすらもいなかったのだ。
「あれー。おかしいな。そろそろ草原に出るはずなんだけど……」
地図を見ながら頭を掻いていると、ちょっとだけ後ろからパティが地図を覗き込んでくる。
「え? もしかしてアキト。迷子になっちゃったの? じゃあ詰まることころ、私も迷子ってことになるね」
「あ……ああ。認めたくないが、そうなってしまったらしい」
しまったー。磁石を忘れてきたのも痛かった。このままじゃどんどん深みにハマりそうだ。そしてこんな時に、モンスターなんて出やがったら……と思っていた矢先に、奥の茂みがガサガサと音を立てる。
「パティ、気をつけろ! 何かいるぞ」
「う、うんっ」
僕達は正面にいる何かを凝視している。草むらから出てきたのは一匹のスライムだった。コイツなら楽に倒せるなと、内心ホッとしているとスライムはピョンピョン青い体を弾けさせて、
「ピキー! ピキキキ」
こちらに向かってくるような動きを見せてから急速なターン、そして僕らのずっと背後に回り、何度もその場をジャンプする。
「ピキ! ピキキ!」
「な、なんだコイツ? 変な動きをするスライムだな」
「あれー。この子……」
パティが何かに気がついたらしいが、スライムは逃げ出すように走り出した。別に深追いするつもりなどない。しかしながらスライムのやつは逃げたわけではなく、ずっと奥のほうで叫びながら跳ねている。
「ねえ……あの子、ポチじゃない?」
「え? 嘘だろ。こんな森にいるっていうのか?」
「ピキー!」
「呼んでるよ、行ってみよ!」
「あ、ちょっと待てよ。パティ!」
スライムの後を駆けていくパティをしょうがなく追いかけていくと、どんどん森の中に進んでいくような気がした。でもちょっとずつ知ってる道に入ってるような感じで、しばらく進むとあっという間に森の入り口に辿り着くことに成功していたんだ。
「やったーっ! アキト、ポチが道案内してくれたんだよ、きっと」
「ああ……本当みたいだな。で、ポチは何処だ?」
「あのね……ここまでは姿が見えていたんだけど、追いついたと思ったら、何処かに消えちゃった……」
パティは寂しそうに顔を曇らせている。街まではついていけないから、ポチは僕らに配慮して姿を消したんだろうか。街までの帰り道で僕は、
「心配することないぞ、パティ。アイツはきっと森の中で元気に暮らしているんだと思う。僕達のことだって忘れないだろうし、またきっと会えるさ」
「……うん。きっとそうだよね。じゃあ今度森に行く時も、私ついて行くね!」
うわ……、これは余計なことを喋ってしまったみたいだ。でも幼馴染は笑顔を取り戻したし、たまになら同行してもいいか。草原から見る夕日は、なんだかいつもより大きくて朗らかに見えた。
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