第6話 幼馴染は可愛いものに目がない

 あれから一日が経った。今日も道具屋は暇で仕方がない。


 半分八百屋状態となっていておばさんが野菜を買いに来るだけだし、道具屋専用であるポーションとか毒消し草とか買ってくれる人がほとんどいない。たまにポーション好きなパティが来るくらいだ。これはまずい。


 カウンター向かい側に掛けられた親父の絵画を眺めながら思案していた時、ふと鈴の音と共に扉が開いた。数少ないお客さんだと思うと、自然に僕も気合いが入る。


「いらっしゃいませー!」


「ピキー!」


 ……ん!? なんだ、この人間とは思えない発声は? 僕は開いた扉を眺めたものの、一見誰もいないように見える。まさかこんな所にモンスターが侵入したのか? 恐る恐る立ち上がり棍棒を握ってカウンターから離れた時、ヒョイっと何かが飛び出してきた。


「ピキキ!」


 間違いない! この青くて透けたツルスベボディ、フヨフヨと動き回るコミカルな姿、スライムに違いない。


「ごめんくださーい」


「パティ! 気をつけろ、そこにスライムが侵入してるぞ!」


 スライムは興味津々と言わんばかりにゼリーボディを滑らかに滑らしながら、道具屋の中を徘徊し始めている。一体どうやってこんな街中に侵入しやがった、と棍棒を振り上げて退治しようとしていると、


「あっ。ちょっとー、やめてよ。ポチは無害なスライムだよ」


「は!? ポチ?」


 パティはまるでペットを可愛がるかのように、ポチと呼んだスライムに近づいて頭部付近を撫でている。全然理解が追いつかないんだがどうすればいいのか。いっそショック療法でパティの頭部にも一撃を喰らわせたほうがいいのか。


「うん! 街の入り口付近で遊んでいたから、アキトのお家から持ってきた大根をあげたら仲良くなっちゃって」


「勝手に僕の家の大根を使うな! 餌付けしちゃったってことか」


「そうそう。ねーポチ」


「ピピピピ」


 うーん、まあいいか。ネーミングセンスに関しては突っ込むのをやめよう。彼女は昔からこういうセンスだ。スライムは目を潤ませつつパティの足首付近にすり寄っている。人間がやったら犯罪者扱いされそうな行為だが、こういう小さい存在は普通に許されるのは、ちょっと羨ましい気がした。


「いや、でも街中に入れちゃうのはまずいぞ。きっと討伐されるだろうな」


「うう……倒されて経験値に変えられちゃうよね。どうしようかなって思って。お家に連れて行ったら、今すぐ捨ててきなさいって言われた」


「そりゃ言われるよ。誰がモンスターなんて家に入れるかって話だし」


「でもポチは無害なんだよ、ほらっ」


 パティはポチを胸元まで抱き上げると、優しく撫で始める。動物を可愛がっている彼女の姿には半端じゃないヒーリング効果を感じてしまう。


「あ……可愛い」


「ね! 可愛いでしょっ。噛んだり体当たりとかしてこないよ。しかも嬉しい時はちょっと笑うの。あはは! 可愛い」


 ゼリー状のボディを白くて滑らかな手が撫で回していた。パティの嬉しそうな笑顔を見ていると、ちょっと外に放り出すのが可哀想な気もしてくる。


「ねえ! ねえ……迷惑はかけないと思う。だから……」


 上目遣いにこちらを覗き込んでくる青い瞳。一体何を伝えたいのか想像を膨らませている僕だったが、数秒ほどしてから嫌な予感が頭をよぎってきた。


「ま、まさか……ここで飼おうとか考えてないだろうな?」


 パティの透き通るような銀色の髪が縦に揺れる。今まで無数のワガママを叶えてきたが、今回のは流石に聞けないことは明らかだった。


「いやいやいや。流石に無理だって! いつ人に襲いかかるか解らないし、モンスターのいる店なんか誰もこないだろ」


「今もお客さんあんまりこないよ?」


「痛いところを突くな! ちょっとはいるんだよお客さんは。とにかくダメだ! ここは聖域だ。モンスターを踏み込ませるなどまかりならん」


「アキトがどっかのエライ人みたいな喋り方になってるっ。じゃあ……じゃあ……アキトの部屋は?」


「な、何いい?」


 勇者は戦いとは関係のないところで粘り強い。しかも僕の部屋に住まわせようって、部屋の主が危ないとか考えないのか。


「僕の安眠と安全が脅かされてしまうだろ。どう考えても無理だ。朝起きたらボッコボコにされているかもしれないんだぞ」


「ボッコボコになんてしないよ。ポチは優しい子なんだから! ほら、アキトも抱いてみてよ」


 パティは抱きかかえていたポチなる青いゼリーモンスターを、僕に渡そうとしてくる。しかしながらツルツルしたボディはなかなか受け取れなくて、なんだか彼女と距離が近い状態が続く。


「な、なんか掴み難いな……ちょ、ちょっと」


「大丈夫だって、ほらっ。あ……きゃっ!」


「うわっ! ちょ、お前!」


 ぐいっとポチを差し出したところでパティは体勢を崩してしまい、完全に前のめりになって寄りかかる形になったので、想定外の負荷が掛かってしまった僕は思い切り後ろに転んでしまった。


「イタタタ! ちょ、くっ付いてる。スライムくっついてるってー」


「ピキャ! キャキャキャ」


「あーん……私のHPが……もう残り少ない」


 完全にパティに押し倒される形になり、スライムはサンドイッチ状態になって苦しそうに声を出した。ポチにとってはいい迷惑だ。ちなみにポチがいなかったら僕とパティは完全に密着していたワケで、そうでなくても今心臓は駆け足バリバリでどうにかなりそう。


「あっ、ご……ごめんなさい」


 ポチを再び抱えたままパティは体を起こしたが、一瞬の隙をついてポチは腕の中から脱出した。僕にとって一番めんどくさい展開になりそうな予感。


「あ! ポチ、こら待て」


「ピキキキキー」


「待って、ポチー。待ってー!」


 ポチの動きは最弱モンスターとは思えないくらい俊敏で、この狭い店内を所狭しと動き回る。僕とパティは右往左往しながら俊敏に這い回る青いゼリーを追いかけるのだが、とうとう倉庫の中に逃げ込まれてしまう。


「あ! ちょ、まずいかも!」


「え? どうしてー?」


 実はこの前パティが調合機を爆破したことにより、壁に穴が空いていたんだった。ポチは迷うことなく床すれすれに空いていた穴に飛び込み、無事脱出に成功してしまう。スライムと同じくらいに僕は青くなっていたかもしれない。


「やばい! 街の人を襲うかもしれないぞ。追いかけよう」


「う……うん! ポチー」


 一緒に道具屋を出たパティの瞳が潤んでいた。きっと人間に討伐されることが心配で堪らないのだろう。僕は全速力で道具屋の裏手に駆けつけると、ポチが一目散に何処かに向かっている後ろ姿が見える。


「いたぞ。ポチー!」


「待ってぇ。アキトの家の野菜いっぱいあげるからぁー!」


「勝手に人んちの野菜あげるな!」


 ポチは名前のように犬みたいに早いスピードで街中を駆け抜けて行く。外を歩いていた人々がギョッとした顔でスライムと僕らの追跡劇を見ていた。そりゃビックリするよな。


「キュキュキュキュキュ!」


「あ! 行っちまったー………」


 ポチはとうとう街の外壁から飛び出して外の世界へと逃げ出してしまった。はあはあと息を切らしてただ呆然と突っ立っている僕とパティ。周りの民衆の目が痛い。何やってんのこの二人って言いたげな視線が刺さってくる。


「ううう……ポチが。私のマイフレンドのポチが……行っちゃった」


「お、おいおい! 別に今生の別れってわけじゃないぞ。パティ」


 ポロポロと瞳から頬へ光るものが流れ落ちて、こっちまで悲しい気持ちが募ってくる。この状況をどうしたらよいものか。そういえばもうすぐお昼だった。機嫌を直してもらう方法といえば、美味しい料理をご馳走するのが一番いいかもしれない。


「泣くなよ。きっとまた会えるって」


「あうう……。本当にまた会えるかな?」


「会えるって。そうだ! ご飯奢ってやるからさ、カフェにでも行こうぜ」


「え? ……本当」


「ああ、本当だよ! 好きなやつを注文しろよ」


「ねえ、もう一個お願いしていい?」


「なんだよ。ほら、とにかく行くぞ」


 恥ずかしくなってきたのでとにかく歩き出すと、てくてくとパティはちゃんとついてきた。昔から全然変わってない、世話が焼ける幼馴染だ。彼女はちょっと足を早めて隣にくると、


「撫でて」と一言。


「え? お、おいおい。もう子供じゃないんだぞ」


「お願いっ。昔みたいに、撫でて!」


「………全く」


 人目があまりない所まできて、僕はゆっくり右手を伸ばすと、ふわふわした滑らかな髪に優しく手をやった。触り心地の良いおでこより少し上を撫でられて、やっとパティは笑顔を取り戻した。


「えへへ。ありがとっ、アキト」


「お、おう」


 その後僕は約束どおりカフェで美味しいご飯を奢り、普段から心もとない財布の軽量感が増したが、不思議と嫌な気はしなかった。

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