第7話 幼馴染はおふくろとも仲がいい
アカンサスの城下町南東にある病院の二階に来た僕が優しくドアをノックすると、中から威勢のいい声が聞こえてきた。
「どうぞー!」
「もうすっかり元気だな、おふくろ」
ドアを開けて入った個室には、立ち上がって体操をしながら外の景色を眺めるおふくろがいた。この前までの疲れきった顔が嘘みたいだ。
「当たり前じゃないの。あたしはもう体が鈍って仕方ないから、予定を早めて今日退院したいって先生に行ったらさ、それはもう怖い顔で怒られちゃったよ。全く!」
部屋の中にある小さな木の椅子に腰掛けた僕は、持ってきた
「せっかくだからのんびり休んだほうがいいのに」
「ダメよ! お父さんが帰ってくるまでは、絶対にウチの店を守り抜くって決めてるの。アンタだけには任せておけないわ。明日は絶対退院するから、ちゃんと仕事していたかチェックするわよ。覚悟なさい」
「はいはい。僕の仕事に抜けなんてあるわけないって」
店が爆破されたことはあったけど、とは流石に言えなかった。僕がやったわけじゃないから別にいいんだけど。おふくろはストレッチを終えると、ベッドに座って葡萄を食べ始める。
「そういえば、さっきパティちゃんも来ていたわ。最近よく来てくれるのよ」
「え? そうだったのか。まさか見舞いにも来ているなんて知らなかった」
「本当に優しい子よね。どうしてアキトにこんな子が? って思っちゃうわ」
「悪かったな、息子がダメで!」
「ダメだなんて言ってないわ。ただ不思議に思っただけなの。もしかしてアンタ達……」
おふくろが気にかけていることは何か、言われなくても察してしまう。
「違うよ。恋人同士とか、そんなんじゃないから。向こうはそんな気ないだろ」
「まあ、聴き捨てならない発言だわ。アンタはその気があるわけ?」
「ない! 全然ない!」
「顔が赤いわよー。なんて純情なのかしら」
ニヤニヤと悪魔みたいな笑い方をするおふくろを見て、昼間からドット疲れてしまう。この分なら本当に大丈夫だなと、重くなっている腰を上げる。
「だから違うって! じゃあ明日迎えにくるからさ。今日まではゆっくり休めよ」
「はーい。アキトも気をつけなさいよー」
おふくろの見舞いを終えた僕は、今日も暇な道具屋の仕事を終えて家に帰っていた。真っ暗な家に一人で帰るって、なんか寂しい気持ちになるなといつも思う。そういえば今日はパティに会っていない。まあ、アイツもいつも暇ってわけじゃないだろうけど、何か違和感はあった。
その後家に帰って、適当にパンでも食って寝ようかなとか考えている時、玄関のドアを何者かがノックしてくる。うわー、なんだよこんな時間に。一体誰かと静かにドアを開けた先には、今日初めて見る幼馴染の顔があった。
「ただいまー!」
「お帰りー……って、違うだろ! ここはお前の家じゃないぞ!」
今日の勇者様はいかにも町娘といった服装であり、冒険者には全く見えない。
「ねえねえ! ご飯にするかお風呂にするかアキトにするか聞いてっ」
「どうして僕が聞かなきゃいけないんだよその質問! お前はこの家の主人か!」
いつの間にかパティは家の中に侵入してしまった。あっという間に階段を昇っていく華奢な後ろ姿には、なんか知らないけど大きめな袋があった。
「あれ? 随分大きな道具袋だな」
どうも嫌な予感が走る。あんなサイズの袋を持参して来たことなんて今まで一度もなかったからだ。彼女は僕の部屋に荷物を置いて来たらしく、直ぐに階段を降りて一階リビングまで戻ってきた。僕はちょっと疲れていたので、ソファにドカッと腰を下ろして溜息をつく。
「じゃあご飯にするね! ねえねえ、今日のはどう? 似合う?」
「どうって? あ!」
我ながら過敏に反応してしまう自分が情けなくなってくるが、これはもう仕方のないことだと思う。またしてもフリルのついたエプロンを纏う幼馴染。今回は水色であり、やはり似合う。似合いすぎている。しかし褒めるのは照れ臭い。僕はテーブルに置いてあった雑誌を手に取り、
「うん。まあ……普通じゃん」
「もー! どうしていつも塩対応なの? 神対応してよ! もっと褒めてよ、もっともっと褒めてよー」
「うるさいなー。まあまあ良いかもな……うん。まあ、星2つくらいか。え? っていうか、今から料理作るのか?」
本心では星3つを超えて星40くらい上げたい気持ちだったが僕はためらった。
「料理作るからエプロン着るんでしょ? 他に何か用途があるの?」
台所までトコトコ歩きながら、不思議そうな顔で聞き返してくるパティ。ド正論である。
「な、なんか悪いな。この前も弁当作ってもらったりしたし」
「全然気にしないで。私がしたいだけっ! じゃあちょっと待っててね」
青い瞳をキラキラさせながら笑いかけてくる彼女に、僕はなんて言葉を返していいのか解らず、ただ雑誌を読んでいるフリをした。チラリと台所に立っている後ろ姿を見つめる。
僕より低い身長ではあるけれど、脚は長くて細くて、何か瑞々しさのようなものを感じる。改めてプロポーションの良さをしみじみ感じていると、不意にパティはこちらに振り向いた。
「ねえアキトー。おばさん、明日退院なんでしょ?」
「ふぇ!? あ、ああ……そうだ! お前いつもお見舞いに行ってたんだってな。どうして言わなかったんだよ?」
僕は慌てて雑誌に視線を戻すと、何事もなかったかのように平静を装う。
「あはは! だって、別にお話しする程のことでもないかなって思って。良かったね! 安心した」
パティは本当におふくろのことを心配している。僕と同じように、おふくろとの付き合いだって長いからだ。小さい頃からまるで我が娘みたいに可愛がっていた。
そんな昔のことを考えているうちに、香ばしい匂いが立ち込めてくる。さっきは服装だけで星40を獲得した勇者が更に点数を伸ばしてくる予感がした。テーブルに運ばれてくる皿の数々を見たとき、予感は既に確信に変わる。
「今日はちょっと豪勢にしてみたよー! アキトが大好きだったハンバーグも入れてるっ」
「マジかよ。メチャメチャ美味そうじゃないか!」
「えへへ! もっと褒めて! 世界がアキトの声で崩壊するくらい褒めちぎって!」
「僕の声で滅ぶほど世界は軟弱じゃないだろ! い、いただきます……」
「いただきまーす」
僕はサラダを手早く口に運んだ後、パティの自信作であるハンバーグを口に入れる。なんてことだ。デミグラスソースがかけられたこの肉汁たっぷりのハンバーグは、完全に好みど真ん中の味であることが判明した。
「う、美味すぎる……」
勝手に口が開いたみたいに言葉が出てしまった。向かい側で僕が食べている姿を見つめていた料理人は、ちょっと照れつつも微笑を浮かべた。色白だから、少し赤くなっただけで解るのだ。
「あはは! 良かったー。美味しくないって言われたらどうしようかなって、心配だったの」
勇者より料理人になったほうがいいかもしれない、と言いかけたが寸前で止めた。本当に転職しそうで怖い。
「ちょ、ちょっと。ずっと見てないで、お前も食べればいいだろ」
それから僕達はなんだかんだ喋りながら夕ご飯を食べ終わり、二人で食器を洗った後は二階でゴロゴロしていたのだが、今日はやっぱり変だ。もうけっこう遅い時間のはずなんだが……。
「なあ」
「え?」
「もうそろそろお家に帰らないとヤバいんじゃないのか? お父さんとお母さん心配するぞ」
勝手に決めた指定席のようなソファに座っていたパティが、妙にモジモジした感じになった。
「うーん……ん。今日は、帰りたく……ない……かな……」
「……へ?」
頬が紅色にハッキリと染まってきている。一体どうしちゃったというんだろう。
「なんだって? よく聞こえなかったけど」
「き……今日は。かえ……かえ……かえ……」
紅色というか、顔中タコみたいに赤くなってきてる。だんだん心配になってきた僕がベッドから立ち上がると、
「帰るぅー!」
「お、おいどうした!? パティ? パティー!」
彼女は大きな道具袋を一瞬で背負い込むと、猛然とダッシュして玄関から飛び出し、あっという間に姿が見えなくなってしまった。僕は玄関から、ただただ呆然と眺めるしかない。袋から枕っぽいものがはみ出ていたように見えたが、気のせいだろうか。
なんか悪いものでも食ったのかな。それとも僕が変なこと言っちゃったのか……全く解らない。勇者の謎は深まるばかりだ。
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