第5話 幼馴染は料理の腕なら負けない

「ああ……うん。ここはワシに任せて……先に行け……むにゃむにゃ」


 アカンサス国王ハラースは今日も玉座で居眠りをしていた。


「国王様! お目覚め下さい! 国王様!」


「ファッ!? び、びっくりしたなー。もう」


 大臣が怒り半分、困惑半分といった顔で王様を揺すっていた。最近では声をかけただけではなかなか目を覚ましてくれないのだ。


「戦士が王様との謁見を望んでおります。如何なさいましょう?」


「うん? おお! 通してよい」


「はは! 戦士ガーランドよ、前へ!」


「失礼致します!」


 50メートル程先にある扉が開き、体格の良い戦士が中に入ってくると、ハラースは少しばかり精悍な顔を作り上げる。やがて彼は玉座から10メートル程手前で片膝をついた。


「ふむ。よくぞ来たなガーランドよ。ワシも多忙ながら、そなたとの謁見は外すことができぬ。して、どうだったのじゃ? 勇者は」


「はい。旅には今度向かうつもりだ……と申しておりました」


「ふ、ふーむ。なるほどのう。……今度って、具体的にいつ?」


 ハラースは真っ白になった髭を弄りながら、思案するように尋ねる。ガーランドは明らかに気まずそうな顔つきになりつつも、


「それが……明確には答えておりません」


「うむ! あいわかった。ワシ、こういう話を聞くとき毎回思うんじゃが」


「……はい」と怪訝な顔になるガーランド。


「今度行こうね、とか……今度遊ぼう! ……とか。あれ大体実現せんのよね」


「は……はあ。たしかに」


「しかもあれじゃろ? いつも道具屋の息子さんの所へ行っとるそうじゃないか」


「はい。実は先程私も、彼の自宅前で勇者と会いました」


「大臣……どう思う?」


 突然話を振られて、ボーッと隣に立っていた大臣はハッとした。


「はい? どう……と仰いますと?」


「あれ……デキとるよな?」


「ええ? それはつまり……恋人関係ということですかな?」


「ワシの第六感がザワついておるぞ。これは恋バナの匂いじゃ」


「ま、まさか! そのようなことは!」


 ガーランドが国王を見上げつつ声を張り上げる。


「ふむ。お主のような脳内マッスル野郎には理解し難いかもしれんが、ワシは人生経験が豊富じゃ。何度城を抜け出して庶民女子達と青春ストーリークエストを楽しんだことか数えきれぬ」


「王様……不謹慎なお言葉は控えてくださいませ」


「あ……す、すまん」


 大臣に睨まれて王様は汗を垂らしつつ苦笑いをしているが、ガーランドは硬い表情のまま変わらない。


「もしワシの予想が当たっているとしたらマズイぞ! きっと勇者は冒険に出て魔王を倒そうなどとは考えられなくなるじゃろう。倒しちゃったら、アレがあるからの。ガーランドよ、引き続き観察……じゃなかった。説得を続けよ!」


「は……はい! 承知致しました。では私はこれで、」


「あ、ちょっと待った!」


「……は、はい。何か?」


「いつものをやっておらんかったな。ほら、ワシの能力じゃよ。お主が次のLvに上がるまでどのくらい経験が必要なのか見てやろう」


 ハラースが目を閉じて何やら念仏のようなものを唱え始めること数秒後、ガーランドがビクリと驚くほど思い切り目を見開いた。


「くわっ! 見えた! ガーランドよ。お主が次のLvに上がる為には、あと6ポイントの経験値が必要じゃ。うむ、以前会った時と変わっておらん。それから運勢は普通。今日のラッキーカラーは緑。ラッキーアイテムはとんがり帽子じゃ。一度で良いから被っておくようにな」


「は、ははー! あ、ありがとうございます」


 ハラースはガーランドが去っていく姿を満足げな顔で眺めるとまた一眠りしようとしたが、兵士達が沢山の資料を持って入って来たのでサボれなくなった。




 昨日は凄くバタバタしたせいで、僕はまるで泥のように眠ってしまっていたらしい。何処かから声が聴こえる。


「アキト……もう朝だよー」


「むにゃむにゃ……王様をおいては行けませ……ん?」


「もう朝だってば。おーきーて!」


「あれ……おふくろの声が若返ってる? い、いや……違うこれは!」


「もう! そろそろ起きないとお仕事大変だよぉ」


 僕はほっぺたをツンツンされている。しかしながら、まだ現実世界にいるとは思えない気がしていた。なんと朝っぱらからパティが家に入ってきていたからだ。これには飛び起きるしかないわけで。


「うわぁっ! なんで入ってきてるんだよ?」


「え? ドア開いてたから」


「閉め忘れたか……いやいや、開いてても入るなよー」


「私はもう顔パスかなって思って! それより、もうご飯できてるよ」


「な、なんだと!? ご飯ができてるって……いったい何が起こっているんだ?」


「私が作ったの。おばさんがいないから、料理作ってくれる人いないんでしょ? ねえ、一緒に食べよっ」


 まさかパティが家にやって来て、更にご飯まで作ってしまうとは、人生における予想とか計画とか占いとか、あらゆる未来想像の難しさを実感している中、何より気になったのは彼女の服装だ。


「ていうかさ。そのエプロンってウチのじゃないよな?」


「うん。料理しようと思ったから持って来たの。似合う?」


 いたずらっ子みたいな顔でクルリと回転してみせるパティのエプロンは、ピンクのフリルがついていた。


「まあ……似合ってんじゃん」


「んー。何それっ! ハッキリしない返事。もっとちゃんと見て! ほらっ」


 どうしても正直に言うことができないが、ハッキリ言ってメチャクチャ似合ってる。このエプロンはパティ専用として設計されたんじゃないかと思うほどだ。朝から妖精みたいな姿を見れるなんて、もしかしたら今日の運勢は最高なのかもしれない。


「う、うん。似合ってる似合ってる。さて、じゃあ食卓に行くかな……」


「もー。何なのその適当な評価は? 星いくつ? ねえ星いくつなの?」


 星は最高点の三つだ。間違いないが恥ずかしくて言えない。僕とパティが二人で食卓にやって来ると、そこにはパスタとサラダと目玉焼きとウインナー、それからスープが並べられている。これは想像より気合い入ってるぞ、と思いながらテーブルに座ると、向かいに座ったパティはあどけない笑顔で、


「ごめんね! ちょっと朝から作りすぎちゃった」


「いや、別に大丈夫だ。ありがとな。じゃあ……いただきます」


「いただきまーす!」


「うむっ!? こ、これは……」


 パスタを口に入れてモグモグすること2秒、口内に衝撃が走る。


「どうしたの? もしかして美味しくなかった?」


 不安そうな顔になるパティ。信じられないことだ。口が勝手に胃袋までの送迎を推し進めている。飢えた野獣が極上の肉にかぶりついたらこんな感じだろうか。


「美味い! 美味すぎる!」


 僕は気がつけば無言で朝食を貪り始める。パティは満足そうに微笑を浮かべると、少し遅れて食べ始めた。


「いつからこんな料理作れるようになったんだ?」


「えへへ! 毎日作ってるから、料理Lvはかなり上がってるんだよ」


「そんなLvあるかよ」


「アキトは全然料理しないよね。けっこう楽しいのに」


「うーん。あんまやりたくないんだよなー料理」


「ねえ、次は一緒に作ってみようか? 教えてあげるっ」


「いいよ。パティは料理の先生じゃなくて、一流の冒険者にならないとだろ」


「もうっ。また冒険の話ー? つまんない」


「お前の使命の話だ」


 不満そうな顔になった彼女をよそに、ちょっとばかり考えてしまう。


 正直な話、僕はパティのことが好きだ。でもダメなんだ。


 これから魔王を倒さなくてはいけない存在に恋をして、繋ぎ止めることになっちまったら、きっと街のみんなは今みたいに親切な反応はしないだろう。


「……え……キト……」


 多分おふくろも僕も、今後生活できなくなる可能性は大いにある。だからダメだ。この気持ちは胸にしまっておく。決して外に出しちゃいけない。僕ならこの気持ちをしまっていられる。


「ねえってば! アキト!」


「うお!? ど、どうした」


 気がつけば彼女はもう食事を終えていて、小さな布に包まれた何かを持って側まで近づいてきた。両手で差し出してきたこれは、まさか。


「え? これって?」


「お弁当! お昼はこれ食べてっ」


「ま、まじかよ! どうしたんだよ一体」


「ん。余っちゃったから。お昼になって、アキトが葉っぱしか食べなかったら可哀想だなって思って」


「毒消し草を食べてると思ってたのかよ! もっとちゃんとしたもん食ってるわ!」


「毒消し草がサラダで、ポーションがジュースで、棍棒がメインディッシュだと思ってた」


「最後のはあり得ないだろ! 何処の世界に棍棒食う奴がいるんだ!」


 その後は皿を洗って二人一緒に家を出た。なんだかんだ文句を言いつつも、パティから弁当を貰えたのは嬉しい。味わって食べることにしよう、と内心ウキウキしてしまった朝だった。

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