第4話 幼馴染は宝箱が気になってしかたない
とある日の昼下がりに、それは唐突に起こった。
仕事の交代時間に道具屋に入った時、おふくろが苦しそうに倒れていたのだ。
「おふくろ! 大丈夫か、おふくろ!」
「う……うーん。だ、大丈夫よぉ」
「いやいや、全然大丈夫そうに見えないって! ちょっと診てもらいに行こう」
僕はおふくろを連れて街の病院まで連れて行くことになった。焦りで我を見失いそうになり、もう気が気ではない。先生は熱心に病状を診てくれたが、どうやら大きな病気や怪我はないらしく、
「過労で体を壊してしまったようですね。ですが、何日か安静にすれば問題なく回復することでしょう。数日ほどこちらで休まれては如何でしょう?」
おふくろは嫌がったが、僕はとにかくしばらく安静にするべきだと説得して、数日入院してもらうことになった。
「あたしがいなくて、本当に大丈夫なの? ちゃんと暮らしていけるのか心配だわ」
ベッドで寝ているおふくろに、僕は自分の胸を叩きつつ軽快に笑う。
「全然問題ないって! 安心して休んでろよ。店も家のことも、バッチリこなすからさ!」
自分の体調が悪くてしょうがないのに、息子のことを心配してくれる姿には頭が下がる。働きすぎたからこうして体調を崩してしまったんだろう。これからはおふくろが楽をできるように、僕がなんとかしていかなくちゃいけない。肩で風を切るように病院を後にした。
「うーん。この調合……どうやるんだったかな……うーん」
しかし早くも挫折しそうになる自分がいるわけだ。道具屋で接客をやりつつポーションの調合をしていたのだが、どうにも曖昧な工程があって作業が進まない。さっきまでの威勢は既に吹き飛んでいる。
「アキト! お母さん大丈夫なのっ!?」
突風が吹いたかの如くドアを開いたのはパティだった。普段からそそっかしいところがあるが、今日は一段と忙しなく落ち着きが無い。
「ああ……過労だってさ。しばらく入院してもらうことにしたよ。でも特に問題はないんだって」
「よ……良かったー! ふうう」
彼女はホッと肩を撫で下ろした後盛大なため息をついた。
「大袈裟だな。まだ大病を患う歳でもないんだぜ」
身内を心配してくれるのは正直嬉しいものだが、なかなか素直に言えない。
「今の時代何が起こっても不思議じゃないんだよ! 突然魔導戦争が勃発するかもしれないし」
「何処と何処がおっ始めるんだよそんな物騒なこと」
「えーと、えーとね。……人間と魔族」
「メチャメチャ大きな括りだな。変な雑誌の読み過ぎだよ」
「でも、大抵はアキトの部屋から入手した情報だよ」
そうだった。コイツ僕の家にある雑誌をほとんど読破しているんだ。きっと今アカンサスで一番の暇人に違いない。
「そう言えばこの前、アキトの部屋に不思議な物を見つけたの! とっても気になる物」
「気になる物ってなんだよ。大したものは置いてないぞ」
僕が調合機で四苦八苦している中、いつの間にか彼女はカウンター奥にある、この作業部屋に入ってきてキョロキョロ辺りを見回している。部外者立ち入り禁止って思いっきり書いてあるのに。
「鍵が掛かっている宝箱があったの! 本棚の裏に隠してあったよ。ねえねえ、あれって何が入ってるの?」
ギク! 僕は背筋に寒くなるのを感じて作業の手が止まった。そんなこちらの様子を興味深そうに覗き込んでくるパティ。好奇心の塊みたいな瞳が回答を待ってる。
しかし正直に答えるわけにはいかない。何故なら、成人のみが閲覧を許され……女子からは嫌悪される雑誌と厚みのない本がそこには埋蔵されているのだ。絶対に中身を知られるわけにはいかない。絶対にだ!
「……親父との思い出の品とか、いろいろ……」
「え!? ホント! 見たい、ねえ見せて!」
彼女のサファイアを思わせる瞳が純度100%の輝きを放ってきた。しまった……嘘のつき方を間違えてしまったらしい。このキラキラした瞳には大抵の男は逆らえないだろう。しかし今従ったら身の破滅だ。
「いつかな……お前には時が来れば見せよう」
「ええーっ。なんかつまんない。帰ったら見せてよ」
「ダメだ! っていうか、家にまでくる気なのかよ」
「うん。いつもどおりアキトの部屋に引きこもる予定!」
「そんな予定立てるな! いい加減冒険に出ろ冒険に」
「やだ! ねえ宝箱開けて、宝箱開けて!」
「だ、ダメだ。あれはまだ早い」
別に早いわけではないが、どんなに時が流れてもパティにだけは絶対に見せたくない。あの宝箱にはガッチリと鍵を掛けている。特殊な鍵を使うか、もしくは暗証番号を入れないと開けられないから、突然カチャリと開かれる恐れはない。
「ねえねえアキト。さっきから何してるの?」
「うん? ポーションを調合しているんだよ。そろそろストックが尽きそうだから、作らなきゃと思ってさ」
「ふーん。ねえ、私が作ってあげよっか?」
「え? お前ポーション作れたっけ?」
「いつもおばさんとアキトが作ってるの見てたからねっ。もう覚えちゃった! ちょっと貸して!」
凄いじゃないか。見ただけでトレースしてしまうわけか。パティは作業机の上に置いていた沢山の材料をポイポイ調合機に入れ始める。初めてなのに慣れた手つきしてるなと感心する。
「はーい。これとこれを入れて、スイッチを入れてと。これでもう出来ちゃうよ!」
「早いな。もしかして天才か!?」
「えへへ! もっと褒めて、褒めてー」
太陽みたいに眩しく笑う彼女の横で、調合機はぐわんぐわんと不吉な音をたて始める。安堵から一転、一抹の不安に駆られてすぐのことだった。部屋がぶっ壊れたんじゃないかという程の大爆発が起こったのだ。
「きゃー!」
「のわあああ!」
調合機はものの見事に破壊されてしまい、僕の目前には真っ黒になったパティがいてゴホゴホと咳き込んでいる。やり方は合っていたものの、調合させる量を間違った典型的なパターンだ。
「あはは! ポーションってこんなふうに作られるんだ。いつも大変だね」
「違うわー! 完全な大失敗だ!」
あれから僕は調合機の修理やら接客やらで大変な思いをしたが、なんとか無事に一日を終えることができたからホッとした。帰り道でもパティは泣きそうな顔で謝ってくるので、だんだんとこっちが悪いことをしているような気分になってしまう。
「もう気にするなって。誰にだって失敗はあるんだからさ」
「ううん。気にするよ。次は絶対失敗しないから、見ててね!」
「次があるのかよ……」
僕は大きなため息をついたが、彼女はやっと笑顔を取り戻したらしい。
「決めた! 私しばらくの間、アキトの助手になる」
「いらん」
「えー! どうして? 一度の失敗でクビにするなんて、意地悪過ぎるよー」
ブーブー言ってくる姿も絵になるから不思議だ。
「まずパティは雇ってません。面接とか、ちゃんと正式な手続きをしてくださいねー。採用しませんけど」
「見る目がないよアキト! 私は将来有望なのにっ」
「冒険に出れば今すぐ有望になるぞ」
「もう! 私は行きたくないって言ってるのにー」
「全く、本当にワガママな……あれ?」
家に辿り着こうかという時、扉の近くに誰かが立っていることに気がつく。体格が良いしけっこう値が張りそうな鎧を着込んでいるお兄さんだ。
「う……」
パティが警戒心を露わにしている。見るからに顔が強張りはじめているが……知り合いか?
「あのー。ウチに何か御用ですか?」
「あ! いや、実はー……あ! 勇者殿!」
「ひえ! ガーランドさん……」
「探したぞ勇者殿。あれからまったく音沙汰がなくなってしまったが、冒険にはいつ出るのだ?」
グイグイ詰め寄ってきたガーランドと呼ばれたお兄さんは、困っている感全開でパティに話しかけてくる。あー、そうだ思い出した。この人たしか、一緒に冒険に出た戦士の人だった。
「あ……今度、行こうかなって……」
「今度というのは、いつになるだろうか?」
ぎゅ……と彼女の小さな手が僕の左腕にしがみついてくる。あからさまにくっつかれたので、内心僕はドキドキしてしまう。ここは助けてあげないといけないみたいだな。
「ガーランドさん。ちょっと今、勇者は体調が悪いみたいなんです。今日もウチの店で薬を買っていたもので……また日を改めてもらっても宜しいでしょうか?」
「あ! そうだったのか。申し訳ない。ではもう少ししたら旅立つということでいいのだね? 王様に伝えてくるとしよう。では失礼した!」
丁重なお辞儀をしてガーランドさんは去って行った。夕日が嘘をついた罪悪感でいっそう眩しく見える。王様に報告って、とってもヤバい予感しかしないのだが、パティは全然気にしないとばかりに笑った。
「ありがとっ! アキト」
「パーティのみんなを放置していたのか? 駄目だぞ、ちゃんと話をしないと。というか、旅に出ないと!」
「うん……今度ちゃんと話す。あ! そうだアキト! 宝箱の中見せてっ」
覚えていやがったか。その日は結局夜まで宝箱を開ける、開けないで争ったのだった。パティには凄く振り回されるのだけど、どうしてこう気持ちが安らいでくるのか不思議だった。
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