第3話 幼馴染はコミュ症過ぎて喋れない

「いらっしゃいませー……はあぁ」


 と、たった一人の空間で独り言を発してみる。


 暇だ。どうしようもなく暇過ぎる。一体どうしたらこの道具屋の危機的経営状況を脱することができるだろうか。おふくろはこんな時もある……なんて言ってるけれど、とても楽観視できる状況とも思えない。


 思い悩んでいると、ドアが開いた鈴の音がした。


「いらっしゃいませ!」


「やあ。ちょっと買い物に来たよ」


「なんだ。ルフラースじゃないか」


 背の高くて青い長髪美青年が入って来て、失礼ながらため息を漏らしてしまう。彼は僕の友人で、なんと職業は賢者。天に愛されている男といった感じである。


「今日は毒消しそうでも買おうかと思ってね。まだ在庫はあっただろう?」


「ああ……あったよ。それにしても珍しいな。お前が買い物に来るなんてさ」


 毒消しそうを袋に詰めて差し出すと、ルフラースはにこやかに笑って3マネイを渡してくる。いつもぶっきらぼうな返答をしてしまう僕なのだが、彼は全く嫌な顔をしない。人間ができているんだ。


「助かったよ。そろそろ本格的な冒険に出ようと考えていてね。できる限り買い溜めをしておきたかったんだ」


「え? 旅に出るのか。魔王退治に?」


「そう。俺としてもいつまでも街の中にいるわけにもいかないから。魔王が世界を脅かしている今こそ立ち上がるべきだ」


 この素晴らしい言葉を、どっかのワガママ女子勇者に聞かせてやりたい。ルフラースは顔もよければ人間性も素晴らしく、街の女子達から羨望の目で見られている。そんな奴が、どうして僕なんかとつるんでいるのか不思議だろうな。自分だって解らない。


「ルフラースならきっと上手くいくと思うぞ! ポーション持っていくか? 安くしとく」


「大丈夫だよ。それより、パティを知らないかな?」


「うん? あー……そういえば今日はまだ見かけないな。きっと何処かで道草でもくっているんじゃないか。絶賛無職状態だからな、あいつ」


「ふーん。君も知らないとはな。しかし気になる噂を聞いてね」


「うん、噂?」


「彼女が冒険に出るといいながら結局は戻って来てしまい、連日君の家に入り浸ってるという噂だよ」


「それは間違いなくただの噂だな、信じないほうがいい!」


 僕は心臓が止まりそうなほどドキッとしてしまった。ルフラースは微笑を浮かべたままだが、長い付き合いであるということと、想像以上に鋭い観察眼を持っているので、多分バレているのかもしれない。


「ははは。じゃあ噂ということにしておくか。できれば僕は彼女と冒険に出たいと考えているんだよね」


「あ……そうか。まあ、確かに旅に出るなら勇者と行くべきだろうな」


「君が知らないとなると、どうしようかな。直接家に伺うのは気が引けるし、」


 腕を組んで考え事をしているルフラースの背後から鐘の音が鳴る。またこの狭い道具屋に誰かが来店してくれたらしい。


「いらっしゃいませー! ……あ」


「あ…………こんにちは」


 噂をすれば何とやらだった。勇者パティがトコトコと歩いて来たのである。最近は勇者らしく青いマントとか旅用の丈夫な布の服を着ていたんだけど、今日に至っては白いワンピースを着ている。冒険する気など微塵も感じられないスタイルだ。


「パティさん、随分と久しぶりですね」


 ルフラースの爽やかな声が室内に響く。大抵の女子ならウットリモードに突入することは間違いない。きっと僕も女子ならそうなる。実は二人はあまり面識がなかった。友達の友達みたいな感覚だろうか。ほとんど一緒の空間にいたことがないのだ。


「はい。本当にお久しぶりですね。お仕事は順調ですか」


 うん? 僕はちょっとだけ妙な違和感を覚える。パティの口調がいつも喋っているときと全然違うからだ。


「残念ながら、あまり順調とは言えませんね。納得のいくパーティを組むことができなくて。パティさんは旅に出たと聞いていたんですが、戻ってこられてたんですね。何かあったんですか?」


「特に何もないです。ポーションください」


 全く温度感の感じられない喋り方だった。パティって外ではこんな喋り方になってしまうのか。僕も人のことは言えないのだが、もう少しとっつきの良いトークを覚えるべきではと思いつつ、ポーションを彼女に手渡した。


「1マネイになります」


「…………」


 無表情で受け取る彼女の視線が、なんとなく不安げに見える。ルフラースはカウンターから少し離れたが、このチャンスを逃すわけはなかった。


「あの……もしよかったらなんですが、俺とパーティーを組んでもらうことはできませんか? 攻撃魔法も回復魔法も使えますし、これからもどんどん覚えていくつもりです。決して後悔はさせませんよ」


「え……うう……」


 不安げだった顔が困惑に変わっていく。冒険スタートで賢者とパーティが組めるなんて最高だと思うけど。僕がただ黙って二人のやりとりを眺めていると、パティはチラリチラリとこっちに視線を送ってくる。どうしたというんだろう。


「ぽ、ポーション……もう一つ」


「へ? あ、はい」


 僕は彼女にポーションを渡した。更に1マネイゲット! ここ最近では売れ行きのいいほうだろう。ルフラースはモテ男120%の笑みをパティに放っているが、一向に彼女の瞳はハートマークにならない。


「え……えーと……一度じっくりお話できたりなんてしませんかね? まあ、お時間のある時にでも」


「………は、はい……」


「本当ですか! では明日なんてどうでしょう? この近くによいカフェができたんですよ。オススメのメニューを奢らせて下さい」


「……ション……」


「ん? パティ、どうした?」


「ポーション……もう一つ……」


 え? また買うの? きっと僕とルフラースの考えていることは一緒だったと思う。しかし注文された以上は用意しなくてはならない。僕はもう一度ポーションを手渡した。白い右手が握りしめている袋がパンパンになってきた。


「あ……ちょっと日が悪かったのかな。あはは。では僕はこの辺で……。またお会いしましょう」


 曇りのなかった笑顔から、困惑がブレンドされた苦笑に変わったイケメンは静かに部屋から出て行った。ドアが閉まった瞬間、パティはカウンター前に突然座り込む。


「ふああー……疲れたー!」


「お、おいおい。大丈夫か?」


「死んじゃう。もう死んじゃうよ。あんまり面識のない人と話すの苦手なの」


「そう言えば……お前なかなか周りと打ち解けるの苦手だったな」


 もう改善されたとばかり思っていたが、パティは結構なコミュ障なのだった。驚いたことに室内にゴクゴクと何かを飲む音が聞こえる。


「え? もしかして、ポーション飲んでる?」


「ぷはー! ああ、生き返るー……私もうちょっとでHP0になってたよ。危なかった!」


「人と話すくらいで死ぬな!」


「知らない街とか村に行って、次に何処に進めばいいのか尋ねるだけで棺桶に入っちゃう自信ある!」


「嫌な自信だな! せめてモンスターに倒されて棺桶に入れよ!」


「というわけで、ポーションもう一杯!」


「どういうわけだよ。ここは飲み屋じゃないぞ。まあ、ありがたいけど」


「ここは昔から変わんないね、落ち着くっ」


「ああ、全くお変わりなしだよ。お客さんは減ってるけどな」


「経営状態が悪化しているわけですかっ。じゃあ私が宣伝してあげよっか?」


「いや……いい。宣伝なんかより冒険に出ないとだろお前は」


「前向きに善処します。あ……こんな所に椅子があるね」


「あ! こら……客が入ってくるんじゃない!」


 パティはヒョイっとカウンターの中にあるもう一個の椅子に座って、隠していた雑誌を見つけだして読み始める。シーフより勘がいい奴め。


「大丈夫だよ! 営業妨害なんてしないから」


「営業妨害だ! 早く出て行け」


「ポーション1個追加で!」


「ぐ、こ……このお……」


 ニコニコ笑いだす顔がなんとも憎めない。昔からこの笑顔をみるとどうも嬉しくなっちまう。ずるい奴だなと思いつつ、結局閉店まで勇者は出ていかなかった。


 しかし、ルフラースを含め彼女と冒険に出たいと思っている人間は沢山いる。今回のことは、ただの始まりにすぎなかったのだ。

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