第407話 自身を裏切る最善の方法

 いかにして、自分を模倣した相手を裏切るか? いま必要とされる命題は間違いなくそれである。


 これを成し遂げられなければ、この戦いを突破し、最善の結果をもって終わらせることは不可能だ。


 こちらにはあり、こちらを模倣した奴には持ちえないもの。それは一体なんだろう? それを見つけられなければ、この戦いは延々と続くことになる。その先にあるのは逃れることはできない約束された敗北だ。


 無理に攻めたところでまったく同じ力を持つ相手を突破できるものではない。だが、同時に消極的になってしまっても街目は薄くなる。消極的にならないように勝ち筋を模索しなければならないが――


 それは簡単なことではない。なにしろ相手はこちらを理解し、こちらとほぼ同じ力を持っているのだ。それを倒すというのは、並大抵のことではない。困難さの程度で言えば、かなりのものになるだろう。


 こちらを模倣した奴の能力になにか瑕疵はないのだろうか? いままでの戦闘で、奴が模倣した能力に明らかな瑕疵は見られない。こちらに勝るとも劣らない力。ただ模倣するだけでなく、その性質をしっかりと理解したうえでそれを行使してきている。


 竜夫は前に出た。この戦闘は長引けば長引くほど、奴の思うつぼとなる。戦いにおいて消極的になったことを相手に看破されるのはつけ込まれる要素にしかなり得ない。奴の目的はこちらの排除だ。仕留められる隙を見せれば、一気に攻め込んでくるだろう。


 数歩進んだところで、竜夫と白い影が衝突。まったく同等の力で振るわれた刃がぶつかり合い、硬い音を響かせる。


「…………」


 押し込まれることはないが、押し返すこともできない状況。やはり、ただぶつかり合ったところで勝てる見込みは薄い。なにか、一つでもこちらを模倣した奴を上回るものがあればいいのだが――


 そうなってくるとやはり、竜の力の解放だけだ。これならば、瞬間的に奴の力を上回れるはずであるが――


 しかし、そこで問題になってくるのは奴が同じことをしてこないか、というところだ。奴はこちらを模倣している。であれば、同じように力を行使できる可能性は非常に高い。そうなると、こちらとまったく同等である以上、後出しで行ったほうが有利なるのは必然である。そうなったときに、対応できるかが問題であるが――


 とはいっても、このまま戦ったところで、こちらが不利なままなことに変わりはない。リスクがあったとしても、やらなければならない時というのは確実に存在する。いまも恐らく、そのときと言えるはずだ。


 三度ほど打ち合ったところで、竜夫と白い影は同時に飛び退いて距離を取った。その距離は八メートルほど。お互い、一瞬にして詰められる距離。


 どうする? このままでは、延々と戦いが続くだけだ。その状況を打破するには、瞬間的に大きな力が必要となる。相手はこちらとまったく同じである以上、ただぶつかったところでどうにかできるものではない。


 こちらがいままでの戦闘で疲弊していることを考えると、奴のほうが上回っているだろう。そういった面を考えても、力を出し惜しんでいる場合ではない。


 やはり、ここが力の使いどころだろうか? 出し惜しみをするわけにはいかないといっても、力の使いどきはしっかりと見極める必要がある。ただ滅茶苦茶に出したところで状況を打破できるというものではない。場合によっては、より不利な状況となる可能性さえもある。


 ……なかなか嫌な状況だ。下手に力を使おうとすれば不利となり得るリスクがあるというのは。力を使うのであれば、なにか明確に隙となり得る部分を見つけたいところである。


 だが、こちらをほぼ完全に模倣した奴に隙らしきものは未だ見えない。自分以外の誰かに使われて、はじめてその隙の少なさを実感させられた。もしかしたら、いままで戦ってきた敵も同じように思っていたのかもしれない。


 そこまで考えたところで、あることに気づく。


 どうして奴は、こちらの力を完全に模倣しているのにも関わらず、竜の力の解放をしてこなかったのか、ということに。


 戦闘開始直後、こちらがまだ、相手に自分の力を模倣されていることを認識できていなかった段階で、竜の力を解放して一気に攻勢をかけていれば倒せていた確率は非常に高かったはずだ。


 こちらを阻むために現れた奴が、確率が高くなる選択肢をわざわざやらないでおく理由があるとは思えない。その性質を考えれば、真っ先に使用して然るべきだったはずである。


 なのにもかかわらず、それをやらなかった理由は一つしか考えられない。奴にはその選択をすることはできなかったのだ。


 恐らくその理由は、奴が竜という存在に創られた存在であるからだろう。被造物である奴には、こちらとは違いその力の深奥に触れることはできないのだ。


 こちらの力をほぼ完璧に近い形で模倣していたから、奴にもできて然るべきと考えていたが――どうやらそれはこちらの思い違いであったらしい。


 限りなく精度が高くとも、完全な模倣は不可能。どこかにエラーが発生する。その一つがこれなのだ。


 そうであるのなら、奴に後出しで竜の力を解放されることはない。まだ断定はできないが、そうである可能性は非常に高い。


 だとすると、こちらは絶対的に有利さを保有していることになる。それも、とてつもなく大きな。付け入る隙があるとすれば、そこしかない。


 とはいっても、そこは恐らく、奴も理解しているはずである。わずかな時間でこちらの能力をしっかりと把握するだけの能力を持つ奴が、その程度の瑕疵を自覚できていないとは思えない。


 となると、なんらかの対応策を持っていると考えられる。であれば、考えなしに力の解放を行うのは得策ではないだろう。瞬間的な火力で押し切れるとは限らないのだから。


 それどころか、その短い時間を切り抜けられれば、今度はこちらが窮地に立たされることになる。そうなるとより厳しい状況に追い込まれることは明らかだ。


 そう考えると、やはり使うべきときはしっかりと見極める必要があるだろう。奴がその対抗策を行使できる可能性が低いときを。


 わずかではあるものの、光明は見えた。それだけで非常に大きいと言えるだろう。対抗しうる手段があるというだけで、戦闘は数段楽になる。


 あとはもう、やるべきことをしっかりとこなし、この戦闘を突破するだけだ。どうあってもこの戦いは負けられない。もはやこの戦いは、自分以外の多くの人たちを背負っているのだから。


 竜夫は白い影を再び見据える。


 相変わらず幽霊のように胡乱な存在であったが、そこから感じられる力は大きい。さすがは、竜によって創られた存在である。決して侮っていいものではない。


『棺』は静寂へと包まれ、音もなく不可視の雷撃がぶつかり合う。向こうも恐らく、相当の覚悟をもってこの戦いに及んでいる。


 だとしても、退くわけにはいかなかった。こちらだって、相応の覚悟をもってこの戦いに赴いているのだから。


 竜夫と白い影はほぼ同時に構え直し――


 その直後に動き出し、戦いはさらに加速する。

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