第405話 わずかな間での変化
過去の己を超えるにはなにが必要か? 様々な要素があるものの、一番比重が大きいのは恐らく時間であろう。ただ漫然と過ごしているだけでも、それなりの時間が経ればなにかしらの変化が生じるのだ。
それゆえに、短い期間での変化というのはまず不可能である。元来それなりの時間を要するものすぐにでも起こそうとすれば、相応のものが必要となるのは必然だ。
一番に考えられるのは、こちらを模倣した奴が保有していない攻撃手段であろう。奴はあくまでもこちらを模倣したときと同じ存在だ。リアルタイムでこちらのデータを取得しているわけではないはずである。であれば、その時点の奴が持たない攻撃手段を用いれば、突破しうるが――
新しい手段など、そう簡単に出てくるものではない。何度もやっていれば、その分だけ新しいものを生み出すのは難しくなる。それは、どのような存在であったとしても逃れることはできない。
もう一つの問題は、奴にこちらが編み出した手段を読まれることだろう。奴の模倣の精度は極めて高い。リアルタイムでこちらの情報を取得、更新していなかったとしても、こちらを模倣した奴自身の能力を考えれば、こちらと同じ考えに行き着く可能性は大いにある。そうなった場合、危険なのはこちらだ。そうである以上、安易な手段に流れるわけにはいかなかった。
やはり、真っ向から勝負をして、上回るしかないのだろうか? こちらとほぼ同じといってもいいスペックを持つ相手をしてそれを行うのはかなり厳しいのは間違いなかった。
なかなか進まない状況。膠着状態が続くというのは、攻めなければならない側としてはかなり厳しいものである。こちらをほぼ完全に模倣する奴は、その状況を作り出すスペシャリストだ。なにかを防衛する状況となった場合、それは極めて有効的であると言えるだろう。
竜によって創造されたものであっても、その体力は有限であるはずだが――自分以外の存在を模倣する奴はその戦いに慣れていることは言うまでもない。基本的なスペックがまったく同じであったとしても、その部分に差が出てくる。そして、その差は決して小さなものではない。長引けば長引くほど、その影響は強くなっていく。
前にも進むことも、戻ることもできない状況で膠着状態を作られてしまうというのは、多くの意味でかなり厳しいものであった。
それでも、前に出なければ奴を倒すことはできない。竜夫は刃を構え直し、前に出る。
対する白い影はその場でこちらを待ち受ける構え。待ちに徹しても、問題なく処理できるという自信の表れが感じられる。
接近した竜夫が振るった刃は、白い影が持つこちらとまったく同じ刃と衝突。硬質な音が響き、衝撃が両手に伝わってくる。簡単に押し負けることはないが、逆に押し返すこともできないが、こちらとまったく同じというわけでもなかった。
他者に化けて戦う奴は、まったく同じ力を持つ相手と戦うことに非常に慣れている。たいしてこちらは自分とまったく同じ相手に戦うのははじめてだ。その慣れの差が、わずかにこちらを上回る要素となっているのは言うまでもない。小さなものであったとしても、わずかな差で明暗を分けることも珍しくない戦いという場面において、それはかなりの優位性となり得る。
こちらの攻撃を捌かれても、竜夫はさらに追撃を行う。二つの刃が静まり返った『棺』の内部に響き渡った。二度、三度ぶつかり合うが、どちらも譲ることはない。身体的なスペックに関してはまったく同じである以上、膠着するのは必然であった。倒さないが、倒すこともできないという状況。
受けに徹しても崩されていないのは、それだけ奴がこういった戦い方に慣れているからなのだろう。そのあたりに関しても、こちらにはない奴が持つ特有の優位性の一つであった。
ただ模倣をするだけでなく、模倣したものを有効的に活用できる能力を持たせているというのは、本当によく考えられたものだ。敵ながら見事というよりほかにない。
さらに三度打ち合ったところで、竜夫は後ろへと飛んで距離を取る。こちらが退いても白い影は追撃をしてこなかった。距離が開く。十二メートルほどの距離。やはり、こちらを迎え撃つというスタンスを崩すつもりはないらしい。こうやって徹底されるのは本当に厳しいものだ。
相変わらず、こちらを模倣して、待ちに徹している奴を突破できそうな手立てはなかった。戻れない状況で、なかなか進まないというのは非常に嫌なものだ。どうにかして、奴の隙を見出さなければ、延々とこの状況が続くことになるが――
睨み合いを続けながらそれを模索するものの、まったく見えてこない。いままでの戦いで編み出した、当たれば確殺できる手段も、奴に対しては効果が薄いのも厄介なところだ。既存の手段は、すべて奴に知られている。そのうえで、奴はそれらの手段を用いてくるのだから始末が悪い。
いまはまだなんとか凌げているものの、長引けば長引くほど、それらの手段を凌ぐことは難しくなっていく。すぐにでも対抗策を見つけなければならない。
考えろ――睨み合いを続けながら思考を巡らせていく。
こちらを模倣した奴の裏をかく手段。奴はあくまでも自身の精神性を保持したうえで、こちらを模倣している。こちらとまったく同じというわけではない。であれば、こちらを模倣した奴の予想を裏切ることも可能なはずだ。そこが、奴を突破しうる鍵となるように思えるが――
こちらが持つ手段をしっかりと把握している奴を相手にして、それを実行するのは非常に難しい。
竜夫は敵を見据えたまま、さらに思考を加速させる。
完全に近い形でこちらを模倣した奴を突破しうる手段を見つけるために。
静まり返った『棺』の内部で膠着状態がさらに続く。
奴の目的はこちらにこれ以上先に進ませないことだ。こちらがもう退けない状況であることがわかっているからこそ、積極的に倒しに行くことはせず、ひたすらに戦いを長引かせている。
奴自身の体力は有限であるのは間違いないが、ここまで連続戦闘をしているこちらよりも先に力尽きることはまずないだろう。よほどのことがない限り、先に消耗しきるのはこちらだ。
戦いが長引けば長引くほど、こちらにやられる危険性も高まっていくが――そうならないだけの自信が奴にはあるのだろう。いままでの戦闘の運び方を考えれば、それは確実だ。
隙があるとすれば、そこだろう。長引けば長引くほど、こちらに隙をつかれる可能性も同時に高まるのだから。
もう一つ懸念点があるとすれば、身体から刃を突き出させて行う防御だろう。痛みを伴うものの、大抵の直接攻撃はあれで防ぐことが可能だ。編み出したこちらも、あれがなければ凌げなかった場面は幾度となくあった。敵に使われることになるのはまったくの予想外であったが。
とはいっても、すべての攻撃を防げるわけではない。例えば、爆風などを防ぐのは不可能だ。また大量の弾丸をばら撒くなどの面の大きい攻撃を防ぐのも難しい。
こう言った手段を組み合わせて、奴の隙を突く。そのために必要なのは――
竜夫は白い影に目を向ける。
奴は相変わらず向かってきたこちらを待ち受けるつもりのようであった。簡単に隙を突くことは難しそうであった。
それでもやるしかない。このまま戦いが長引いても、目的を成し遂げることなく敗北するだけなのだから。
自身の隙を見出すための戦いはさらに進んでいく。
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