第404話 その先を目指して

 圧倒的に不利な状況であったが、恐れはまったくなかった。それどころか、どこか高揚感めいたものすら感じられる。


 その高揚感がどこから生じたものであるのかはわからない。死を目前とした達観か、あるいは別のなにかか――


 結局のところ、なんだっていいのだろう。逃げるつもりも死ぬつもりもないことに代わるはない。前に進み、目的を果たし、その先でかつて得られなかったものを得る。ただそれだけだ。


 こちらが自身の間合いに入り込む前にジェラールは迎撃を行う。絶妙にこちらの間合いに入れさせない距離。近づいたこちらを槍で阻んで押し返し、流れるような動作で反撃。的確にこちらの身体を射抜かんとする刺突。巨大な槍の穂先が胴を掠めただけでも、重傷を負いかねない。


 大きく横に飛び込んで反撃の突きを回避。すぐさま距離を詰めようとするが、再びそれを阻まれる。槍を振り払ってこちらの接近を拒否。


 こちらの接近を阻んだところで即座に追撃。こちらの間合いの外側から一方的に攻撃を行う隙の小さな突き。


 迫りくる突きの嵐をなんとか直剣でさばいていく。こちらの持つ直剣の倍以上の大きさを誇る槍は極めて重く、連続して受け続ければ、いつしか崩され、決定的な隙をさらすことになるだろう。それだけはなんとしても避けなければならなかった。


 四発目の突きを捌いたところで、回り込むようにステップしてジェラールの横を取る。


 こうなったら、ダメージを受けるのを覚悟して攻撃を行うか? その考えが頭を過ぎったものの、やはり命のストックが残っていない以上、軽傷で済まなかったらそのまま死に繋がるだろう。致命傷を避けつつ受けるというのは簡単なことではない。傷を受ければ身体が痛む。受けつつ反撃を行うのであれば、普通なら死ぬような攻撃を受けたとしてもしっかりと耐えきれるだけの頑強さが必要なのだ。


 一つでも命のストックが残っていれば、それを行うことは可能であったが――いまはそうではない。いまの身体は常人よりも再生能力に優れているだけで、死ぬような攻撃を受けても耐えきれるようなものではなかった。


 目的は、奴を倒すことではない。ここで終わってもいいと考えるには早すぎる状況だ。少なくとも、いまはまだそのときではない。


 横を取った大成は、またしても槍によって近接を阻まれる。巧みに槍を操るジェラールはまさに鉄壁を誇る要塞のようであった。卓越した技術で操られる奴の槍を突破するのは、簡単にできることではないのは確実だ。


 だが、それでもなお諦めるつもりも死ぬつもりもなかった。この先へと進み、目的を成し遂げるのであれば、この堅牢な守備力を誇る奴をなんとしても打ち倒さなければならなかった。


 しかし、どれだけそう画策したところで、剣で槍を突破する手立てがどこからか湧き出してくるはずもない。


 近接を阻まれた大成は一度槍の間合いから離脱。十二メートルほどの距離。敵が自身の背丈を大きく超える長さの槍を持っているせいか、その間合いは近いように感じられた。


 距離を取ったこちらに対し、ジェラールは追撃をしてこなかった。それは恐らく、わざわざそうする必要がないからだろう。奴の目的はこちらにこれ以上進ませないことだ。こちらには退路がなくなっていることは考えるまでもなく明らかなことである。であれば、積極的に攻勢に出る必要はない。突破をされないように慎重に立ち回り、徹底的に長引かせることで、こちらの力を削っていくほうが理に適っている。


 ……実に嫌な状況だ。長引けば長引くほど、こちらの状況はどんどんと悪くなっていく。奴の体力も有限であることは間違いないだろう。だが、奴はこちらとは違ってこのあとを考慮する必要がまったくない。仮に、こちらと相討ちとなったとしても、勝利することになる。


 長引けば長引くほど、こちらの状況は悪くなっていくが、その状況に焦ってしまうのはより危険であった。厳しい状況であればこそ、焦ってはならないというのは戦いの鉄則である。耐えなければならないときというのは、確実に存在するものであるが――


 いつまでも耐えているだけでは、勝つことができないというのもまた事実。すぐにでもこの状況を打破しうるなにかを見つけなければならなかった。


 そうなってくるといまの状況で残されているのは竜の力の解放であろう。堅牢な守備を誇っていたとしても、それを受け切る奴のリソースが有限であることは疑いようもない。そのリソースを一瞬でも上回ることができれば、突破も可能だ。


 そこで、問題になってくるのは奴が持つこちらの力を逸らす能力である。竜の力を解放したときの一撃ですら容易く逸らされてしまった以上、下手な状況で使うとより危険となるだろう。そうなったら決定的な隙をさらすことになる。


 一度しかそれを使っていないことを考えれば、なんらかの条件に合致しなければ行使できないと思われるが――それがなんなのかは未だに不明だ。それを見極めるために力を使うのも危険であることは間違いない。


 ……どうする?


 ジェラールはどっしりと槍を構えたまま、その場から動くことなくこちらの出所を見計らっている。それは、待ちの状況となっても問題なく処理できるという自信の現れでもあるのだろう。


 である以上、奴を先に動かすことによってなんらかの隙を見出すというのは困難であろう。奴自身に攻めに転じなければならないようななんらかの理由が発生しない限り、この状況はいつまでも続く。この状況が続いたところで、奴が不利になることはなく、こちらだけが厳しくなっていくというのは、どこまでも厳しいものである。


 堅牢な守備を誇る城郭に対して、攻城戦を仕掛けなければならないような状況。それに割くリソースもあまりとないというのも合わさっている。本来であれば、このような戦いなどするべきではないのだろうが――


 こちらにはもう退路などどこにもない。あるとすれば死だけであろう。それは救済でもなんでもなく、ただの敗北であることは言うまでもない。


 なにか、あとなにか一つでもこの状況を打破しうるなにかがないものか? 睨み合いを続けたまま、それを模索するものの、それはなかなか見えてこない。


 改めて厳しい状況であることを認識し、嫌な汗が滲む。


「どうした? 随分と消極的になっているようだが」


 ジェラールの余裕に満ちた声が響き渡る。


「このまま延々と睨み合いを続けるというのであれば、こちらとしても望むところだ。私の目的は、貴様らが進むのを阻むことだからな。いつまでもその期待に応えてやる。どれだけ続くかはわからんが」


 ジェラールは平然と、そしてはっきりとそう断言する。静かに発せられたその言葉に偽りはまったくない。奴は本気で、このままこちらを阻み続けるつもりだ。それが千日手となったとしても。


「そのために効率的な手段を取らせてもらおう。卑怯とは言うまいな。別に好きに言えばいい。そう言うくらいのことは許してやる。どれだけ言ったところで、私の考えは変わらないが」


 よくもまあ、ここまで徹底できるものだ。だからこそ、重要なポストになれたのかもしれない。戦いにおいて、いまの奴のように徹底されるというのはなによりも厳しいものだ。


「それとも、死ぬというのであれば介錯くらいしてやろう。ここまで来たお前に対する餞別としてな。状況的に、いまのお前にはもう死から復活できるだけの余力は残っているまい。仮にあったとしても、あと一度くらいであろう。そうでなければ、普通の立ち回りをするはずもないからな」


 ジェラールの淡々とした言葉。そこには、一切の油断がないことをはっきりと感じさせるものであった。


 どうにかして、隙を見出せないものか。奴の言葉を聞きながら、それを模索してみたものの、やはり浮かんではこなかった。


 守りに徹した敵を討ち破るための戦いの終わりは、まだ見えてこなかった。

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