第390話 闘争の果てに
動き出した両者は、互いに数歩進んだところで衝突する。己の持てるものをすべて賭けた闘争。これを止められるものなどいないと断言できるほどのすさまじさに満ちていた。
この戦いを終わらせるには、なんとしてもこの強き男に勝利しなければならない。それは、自分のためだけではなく、この異世界で関わることになった多くのためでもある。彼らも、生き残るために戦っているのだ。その思いを無下にするわけにもいかなかった。
「……っ」
竜夫と衝突したアトラスの表情がわずかに歪む。その理由は言うまでもなかった。こちらの力が奴の予想を超えていたからである。
瞬間的に竜の力を解放することによって、アトラスと真正面からぶつかり合えるだけの力を発生させたのだ。打ち合うにはしっかりとした調整が必要になり、多用すれば力の消耗も激しくなるが、対抗手段がまったくないよりはマシであろう。下手に温存した結果、やられてしまっては元も子もない。
この男は後のことを考えながら勝てるような相手でもないのだ。いま持てるだけの全力を尽くす必要がある。
アトラスの予想を裏切ったことで、わずかな隙が発生。竜夫は再び瞬間的に竜の力を解放し、その力を上乗せする。
しかし、この程度で崩せるほどアトラスは容易な相手ではなかった。すぐさま体勢を立て直し、竜夫の攻撃を防御。両腕に力を集中させたのか、いままでよりも遥かに強固であった。やはり、力をブーストさせただけでは、有効となり得る一撃を与えるのは難しい。
鍔迫り合いとなれば、圧倒的な膂力を誇るアトラスに押し勝つことは絶対に不可能だ。攻撃を防がれた竜夫はすぐさま退き、横へと回り込む。
身体が軋む。瞬間的とはいえ、竜の力で無理矢理ブーストをかけているのだから、負担がかかるのは当然であった。瞬間的な竜の力の解放は、対抗手段となり得るがものの、長引けば長引くほどこちらが不利になるのは必然だろう。
なにより、アトラスはただ自身の体格や力に任せているわけではない。圧倒的な力を持っているうえに、しっかりと裏付けされた技量も持ち合わせている。それほど時間を要せずして、しっかりと対応してくるのは間違いなかった。
奴がこちらの瞬間的な力の解放に合わせられるようになる前に、勝負を決したいところであるが――
とはいっても、焦りは禁物だ。焦って雑になれば、それこそ命取りになり得る。それだけはなんとしても避けなければならなかった。
横に回り込んだ竜夫に合わせて、アトラスは踏み込んで拳を放ってくる。コンパクトでありながら、しっかりと威力を載せた一撃。それは、ただ力に任せていただけでは絶対になり得ない。
竜夫はさらに横へ跳んで、それを回避。
回避と当時に刃を片手に持ち替え、左手に銃を持つ。放つのは当然、霊的な存在を身につけることによって極めて強固となった身体を無効化できる、着弾と同時に刃を生み出す魔弾。
アトラスの身体は完全な不死身というわけではない。負ったはずのダメージを、別のところに逸らすことによってそう思わせているだけだ。奴が身に宿した霊的な存在がそれを肩代わりできなくなれば、ダメージを負わせられるはずである。
恐らく、肩代わりできなくなれば、身につけていた霊的な存在は少なくとも、一時的に消滅するはずだ。最初に倒した大蛇のように。
こちらが先ほど倒した大蛇を使ってくる様子がないことを考えると、その復活にはそれなりの時間か、もしくは戦闘中には実行不可能な手段を必要とするはずである。
もう一つ懸念点があるとすれば、霊的な存在をはがした状態がどれだけ続くかであろう。他に装着できる霊的な存在が残っていれば、即座に付け替えが可能なのか、それともはがされたらしばらく装着できないというペナルティが発生するかだが――
どちらにせよ、霊的な存在をはがしたその瞬間が最大のチャンスとなることだけは確かだ。多くの面で優位性を持つ奴に勝てるとすれば、そこしかない。なんとしても、そこを逃すわけにはいかなかった。
極めて近い距離から魔弾が放たれる。魔弾は、その性質からしてどのようなものでも貫くことが可能だ。それは、霊的な存在を身につけたことによって理外の強固さを持つ、アトラスの身体であっても例外ではない。霊的な存在によってそのダメージは逸らされてしまったが、着弾と同時に生み出された刃は間違いなく奴の身体を貫いていた。
だが、自身の脅威となり得るものをわざわざ受けるような迂闊さはアトラスにはない。竜夫が持つ銃を横から払い除け、魔弾を避ける。
こちらも回避されることは織り込み済みだ。すぐさま銃を手放して後ろへと飛びながら、アトラスの周囲目がけて手榴弾をいくつか投げ落とす。投げ落とされたいくつかの手榴弾はすぐさま爆発。まともに受ければ、飛び散る破片によって重傷どころではないダメージを負うことになるが――
爆発を受けながらもアトラスはこちらへと飛び込んでくる。やはり、手榴弾程度では霊的な存在を身につけたことによって生じる強固さを貫くことはできないらしい。これもわかっていたことである。これで霊的な存在をはがそうなどとは一切思っていない。これはあくまでも嫌がらせだ。
爆発を切り裂くように飛び出してきたアトラスは雷撃を放ってくる。まともに受けようものなら、ひとたまりもない攻撃。
反撃を仕掛けてくることもわかっていた。であれば、回避はそれほど難しくはない。竜夫は雷撃をすり抜けるようにして再び距離を詰める。
弾丸を回避したことを考えると、恐らくこちらの予想以上にダメージを負っているように思えた。余裕があるのなら、わざと受けて耐えつつ反撃という手段も取れるからである。奴ほどの強者がそれをわかっていないとは思えなかった。であれば、しなかったことに明確な理由があるはずだ。
雷撃をかいくぐった竜夫は、自身がいるすぐ近くの床に触れ、竜の力を流し込む。
わずかな間を置き、無数の刃が床から突き出される。それらは、アトラスの立つ場所も例外ではなかった。
「っ……」
足もとから生み出された無数の刃によってアトラスは貫かれ、動きが止まる。傷を負っている様子はなかった。
足もとから生み出された刃によって貫かれたことによって、アトラスは身動きができなくなる。見たところ、まだ霊的な存在ははがれていなかったが――
足もとから身体を貫かれれば、死ななかったとしてもかなりの重傷を負う。アトラスが受けたダメージが大きければ大きいほど、それを肩代わりする霊的な存在が負うダメージも大きくなるはずだ。
絶対的なチャンス。そこを逃すはずもなかった。
竜夫は竜の力を解放し、接近。解放した竜の力を手に持つ刃へと乗せ――
それを思い切り振り下ろした。
「……見事」
アトラスがそう呟いた直後、彼の身体からなにかが弾ける。装着していた霊的な存在がはがれたのだろう。霊的な存在がはがれたことにより、足もとから彼の身体を貫いている刃に血が滴る。
普通の相手であればこの状態で勝利であるが、アトラスという男はあらゆる意味で普通とは言えない存在だ。しっかりととどめをささなければ、この状況からでもひっくり返される可能性がある。
刃を振り下ろした竜夫は、そのままアトラスの心臓目がけて刃を突き立て――
「俺が人に負けるか……いつになっても、現世というのは予想を超えてくる」
そう言ったアトラスには清々しい笑みを見せていた。
突き立てた刃を引き抜く。アトラスの身体からまだ温かい血が一気に噴き出した。
足もとから無数の刃によって貫かれ、心臓を射抜かれたアトラスは完全に沈黙。動き出すことはなかった。
なんとか勝った――が、まだ戦いは終わりではない。目的はこの『棺』の中枢部の破壊である。それを成し遂げるまでは、なにがあっても足を止めるわけにはいかなかった。
竜夫は動かなくなった巨人を一瞥したのち、さらに先へと進むべく動き出した。
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