第385話 紙片の使い道

 大成の周囲へとばら撒かれた紙片は、いままでのようにエネルギーに変換され爆発することはなかった。その代わりに、ばら撒かれた紙片はなにかを形作っていく。


 それは人型であり獣の形をしたものであり、得体のしれないなにかでもあった。紙片から無数のそれらが生成されたのだ。


 形作り、この世界に顕現したそれらは動き出してくる。形の違うそれらの動きは画一的なものではなかった。人型であれば二本の足で歩行し、獣であれば四つ足で駆け、翼のある獣であれば空を駆り、得体の知れないなにかが鈍重な動きで這いずってこちらに近づいてくる。


「ちっ」


 大成は直剣を伸ばして上へと離脱。その直後、最初に接近してきた四つ足の獣が先ほどまでいた位置を通り抜け、その軌道上にいた人型の個体と衝突。衝突したそれらは爆発する。組みつかれて爆発を食らったらどうなるかは、言うまでもなかった。


 上に離脱しても、その難を逃れられたわけではない。紙片から生み出されたものたちには、鳥型の個体もいるのだ。当然のことながら、それらは上へと離脱した大成を見逃すはずもない。数匹の鳥型の個体がこちらへと迫ってくる。


 恐らくあれも、自爆特攻を仕掛けてくるのは間違いなかった。食らったらそれで終わりだ。なんとしても切り抜けなければならない。


 大成は高い天井に突き刺した直剣を引き抜き、方向転換して宙を蹴り、はじめに迫ってきた鳥型の個体へと斬りかかった。あの鳥型の存在も元々は竜の力で構成されているものである。であれば、こちらの呪いは存分に効果があるのは間違いなかった。鳥型の個体は両断され、そのまま弾け飛ぶ。


 鳥型の個体を倒した大成は再び方向転換。そのまま宙で静止する。


 限定的な竜の力を持っているウィリアムたちが、アースラによるサポートがあったとは人の身のまま空に飛べたのであれば、同じことが自分にだってできるはずである。その予想は見事に的中した。


 空中に立つというのは極めて不思議な感覚だ。支えるものはなにもないはずなのに、しっかりとそこに足をつけている感覚だけがある。竜に変身して飛ぶのとはまったく違う。人として生きていたら、絶対にできない経験であろう。


 下では、紙片から生成された人型が幽鬼のように歩き回り、獣型は宙にいるこちらに対し威嚇をし、得体の知れないなにかはただ蠢いていた。奴らに対しては、ここからなら一方的に攻撃できるが――


 まだ鳥型の個体が残っている。なにをするにしても、ある程度こいつらを処理しなければ道を開くことはできなかった。鳥型の個体は大小さまざまで十体ほど残っている。奴らを処理したところで、大元であるあの女をどうにかできなければ倒す意味はほぼ皆無と言ってもいいが、放置した結果自爆特攻を食らってやられてしまったら元も子もない。数を減らせれば、多少の隙も生じるはずだ。少しでも奴の戦力を減らしたほうがいい。


 中型の個体がこちらに羽ばたきながら迫ってくる。この『棺』の澱んだ空気を切り裂くようにして。


 動きは速い。だが、多少動きが速かったからと言って、動じるほどこちらだって甘くはなかった。息を整え、風を切りながらこちらへと突撃を仕掛けてくる中型の個体に合わせて飛び込んで――


 直剣で両断。斬られたそれは呪いの力によって溶けるように蒸発。


『奴に呪いは届いているか?』


『いや、駄目だ。いま出ている奴らはもうすでに奴から切り離されている。それをどれだけ斬ったところで、奴には届かない』


 やはり、直接奴を狙わなければ駄目か。宙に立つ大成は敵に目を向ける。奴は相変わらず周囲を浮遊する無数の紙片に守られていた。奴を守っているあれがどれほどの強固であるかは嫌というほどわかっている。ただ火力をぶつけただけでは勝てる道理はない。どうにかしてその隙を見つけなければならないが――


 第二陣がこちらへと迫ってくる。先ほどよりも小型の鳥が三体。小型なぶん、先ほどよりも速度は上だ。


 待ち受けて敵に翻弄されるのは得策ではない。そう判断した大成は宙を蹴って先制攻撃を仕掛ける。小型の鳥を一体斬り落とす。


 すぐさま方向転換しつつ、他の個体がどこにいるかを把握したのち、直剣を伸ばして薙ぎ払った。こちらに攻撃を仕掛けようとしていた二対に加え、他の個体も巻き込んだ。宙にいた個体の数は減り、こちらが制空権を握りつつある状況となる。


 いままでの感触からして、紙片から生み出された奴らは数こそ多いものの、一体あたりの戦闘能力は、はっきりいって雑魚に等しい。自動追尾能力のある爆弾とほとんど同じである。


 しかし、それは空中にいればの話だ。下は大量の紙片から生み出された存在で埋め尽くされている。あの数で一気に自爆特攻をされたら溜まったものではない。奴らには自分を守ろうとする本能すらない存在だ。奴らの目的はこちらを討ち滅ぼすというもの以外、なにも与えられていない。自分がやられることすらも厭わない存在ほど、戦場で恐ろしいものはないのだから。


 とはいっても、空中にいる状態では奴に有効打を与えられそうもなかった。こちらが空にいるのにも関わらず地上にいるままなのは、奴がそれをはっきりと理解しているからだろう。


 なんとかして、奴の隙を見出さなければならないが――


「飛ばぬ方が安全というのはわかっているが――そうやって見下ろされるのはいささか不快だな。私を見下ろすとはなんのつもりだ人間。偉くなったつもりか?」


 そう言ってこちらを見上げ、無数の紙片を再びばら撒いた。ばら撒かれたそれらは、すべて見当違いの方向に飛んでいったが――


 その直後、思い切り身体が下に引っ張られたかのように重くなる。


「ぐっ……」


 なんとか空中に留まろうとするものの、下へ引く力はすさまじく、徐々に高度が落ちていく。これは一体――


「先ほども言っただろう。私の能力はただ記憶を力に変換するだけのものではないと」


 耐えるこちらを眺めながら、悠然とそう返してくる。


「さっさと落ちろ人間。貴様ごときが我らのように飛ぶなど、許されるはずもない」


 下へと引く力はさらに強まる。このまま奴の言う通り落ちれば、即座に下にいる奴らに襲われるだろう。そうなったときどうなるかなど考えるまでもなかった。


『これは……一体』


 なんとか耐えながら、大成はブラドーへと問いかける。


『恐らく奴は、ばら撒いた紙片から強い重力の記憶を再現したんだ。先ほど俺たちがばら撒いた呪いの力を忘却させたように』


 となると、いま浮遊しているあの紙片をなんとかできれば、この状況を脱せられるということであるが――


 すさまじい力によってまともに腕を振ることすらままならない。なにがどうなっているのかわかっているのに、どうにもできない状況。だが、このまま姿勢を崩されて落ちることになれば、その直後どうなるかはだれでも理解できることである。


 幸いなことに、この重力は奴が生み出した鳥型の個体にも及んでいることだ。もうすでにすべての個体が地面へと落とされていた。そもそも耐久力が低いのか、落ちた鳥型の個体は潰れて虫の息だ。もうすでに大元から切り離されている以上、あの状態から復活することはなさそうであるが――


 このままあの重力が消えるまで、耐え続けるわけにもいかない。目的は奴に勝利することだけではないのだ。こうなったら――


 大成は竜の力による浮遊を解き、下へと降りた。

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