第363話 力ある言葉

「……っ!」


 突如両脚を杭のようなもので貫かれた竜夫は苦悶の声を上げ、よろめいた。


 攻撃の予兆は一切なかったのにもかかわらず脚を貫かれた衝撃はとてつもなく大きなものであった。


 なにが起こった? いま受けた攻撃は、速いとかそういう次元ではなかった。その瞬間になって突然現れたとしか言えないものである。さっきから不可解なことばかりだ。これは奴の能力なのだろうか?


 それでも、止まるわけにはいかなかった。両脚に走る激痛に耐えながら、竜夫は前に出て接近し、刃を振るう。


「脚を貫かれても止まらぬとは、その根性だけは認めてやろう。だが、『お前の攻撃は当たらない』」


 完全に捉えていたにもかかわらず、竜夫の刃はまたしても空を切った。やはり、どう考えてもおかしい。あの一瞬でこちらに幻覚を見させられたとはどうしても思えなかった。奴はただ、攻撃が当たらないという言葉を口にしただけだ。


 そこまで考えたところで、気づく。


 まさか奴は、口にした言葉を現実にできてしまうのだろうか? そうなのであれば、いままで起こった不可解な現象の説明がついてしまう。姿を捉えられなくなったことも、絶対に当たっていたタイミングで攻撃が当たらなかったことも、いきなり両脚に杭のようなものが突き刺さったのも全部。


 だとすると、とんでもない敵である。


 ただ言葉を口にするだけで、それを現実にできるというのはとてつもない脅威だ。はっきり言って、戦略もクソもない。ただそれを言うだけでなにもかも現実にしてしまえるのだから。そのうえ、言葉さえ言い終えていれば、即座に反応するというおまけつき。


 言葉によってこちらの攻撃を当たらなくした白髪の男は先ほどの位置から数歩ほど離れた位置に再び現れる。


 言葉を口にしてそれを現実化するというのであれば、それを言い終える間もない速度で攻撃をすればいいのではないか。竜夫は銃を構え、引き金を引いた。いくらなんでも、弾丸よりも早く言葉を言い終えるのは不可能なはずであるが――


「俺の力がどういうものか察したか。少しばかり見せすぎたようだが――まだ甘いな」


 放たれた弾丸を回避し、白髪の男は距離を詰めこちらへと接近してくる。その動きの鋭さ、見事さは戦闘を不得手としているとは思えないものであった。


「『吹き飛べ』」


 その言葉とともに、白髪の男は手のひらを叩きつけてくる。接触と同時にすさまじい力が発生し、思い切り後ろへと吹き飛ばされた。なにもないはずの前から、巨大な質量によって押し込まれているかのよう。その圧倒的な力を押し返すことはできなかった。


 それから二秒ほど圧倒的な力に押し込まれたところで、それから解放される。白髪の男の距離は三十メートルほど。相当の距離を押し込まれたようであった。


 戦闘は不得手だと言っても、やはり竜だけあって、生物として持っているポテンシャルがそもそもけた違いだ。能力を使わずとも最低限自分を守れる程度の身体能力、戦闘能力は保有しているのだろう。


 離れた位置にいる白髪の男に目を向けたところで、竜夫は気づいた。


 両脚に刺さっていたはずの杭が消えている。あれだけの激痛もまるで嘘だったかのようになくなっていた。両脚を貫通していた杭がいまの攻撃で抜けたとも思えない。あの杭が突き刺さっていたのは幻の類だったのだろうか?


 いや、奴は口にした言葉を現実化できる以上、刺さっていたあの杭が幻の類だったとは思えない。先ほどまで刺さっていたはずのあの杭は紛れもなく現実であったはずなのだ。それなのに何故消えたのだろう? わざわざ奴が消したとも思えない。そこになにかあるはずだ。


 そもそも、先ほどこちらを吹き飛ばした攻撃も不可解な点がある。言葉を現実にできるのであれば、何故途中で止まったのだろう? どこまでも、文字通り世界の果てまで飛ばされてもおかしくなかったはずだ。奴はこちらの侵入を阻むためにいる。であれば、中途半端に吹き飛ばす必要なんてないはずだ。


 そうなった理由は一つしかない。口にした言葉の現実化には制限があるからだ。口にした言葉の現実化は一定時間しか続かない。永続性かあるのなら、攻撃を回避する際の言葉を何度も口にする必要はなかったはずだ。持続時間がどれくらいなのかは不明だが、数秒から十数秒といった程度だろう。


 だが、まだ説明がつかない部分がある。


 言葉を現実化させるのであれば、何故両脚の傷が消えているのかが説明できない。言葉による現実化の持続時間に制限があったとしても、それによって発生した結果までもが消えるというのはどう考えても不可解である。


 奴の能力には、まだなにかがあるのか。それとも――


 なにかあることは間違いないが、それがなにかはつかむことはできなかった。そこに、なにかあるような気がしてならないが――


 どちらにせよ、奴を倒さなければ前には進めないのだ。すべてを終わらせるためには奴を倒すしかない。ここもまた絶対的に負けられない戦いなのだ。


 だが、闇雲に接近したところで、口にした言葉を現実化するという圧倒的な優位を覆すのは難しい。言葉を口にする前に攻め立てようとしても、竜としてそもそも持っている力を駆使すれば、その言葉を口にするだけの猶予を創り出すのは容易だ。先ほどと同じ結果になるのは目に見えている。


 どうする?


 奴が言葉を口にする前に攻めるというのは正しい戦法だろう。そこは間違いなく奴の能力の瑕疵の一つであると言える。


 しかし、そのあたりは奴自身が一番理解していることでもある。だからこそ奴は銃撃をされた際にあのような動きを見せたのだ。そこを突くのは、容易ではない。


 なにより、いまはかなり距離が開いてしまっている。奴ほどの力であれば、ここから接近するまでに言葉を言い終えるのは簡単だろう。接近をしようとしたところで、同じようにいなされるのは目に見えている。


 攻め手を欠いている状況。どうにかしなければならないが――


 じりじりと嫌な汗が滲んでくる。ここからでも有効打となり得る攻撃手段はないのだろうか?


 そこまで考えたところで、竜夫は刃と銃を消し、遠距離からでも致命傷を与えられるだけの威力を持つライフルを創り出した。すぐさま構えて、狙いをつけ――


 弾丸を放つ。


 音速を超えて放たれる大口径のそれは、人間の身体など容易に破壊するだけの威力を持つ。この距離であっても、言葉を言い終えるよりも先に着弾するはずだ。そのうえ急所に当たらなくとも、致命傷となり得るものであるが――


「それは危ないな。当たったらひとたまりもない」


 白髪の男はその言葉を言いながら弾丸を回避する。やはりその動きは近接戦闘を不得手としているとは思えないものであった。弾丸を回避した奴は、その鋭さを失うことなくこちらへと接近。


 それを見た竜夫もすかさず反応し、立ち向かっていく。攻め手を欠いているからといって、受けに徹するというのもいいとは思えなかった。なにより、言葉を現実化するという圧倒的とも言えるアドバンテージを持つ奴に対し、受けに回るのはあまりにも危険すぎる。であれば、奴が言葉を口にすることができないくらい攻めに回ったほうがいい。


 竜夫はライフルを消し、刃と銃を手にし――


 再び衝突をする。

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