第360話 誤認
銃と刃を創り出し、竜夫は敵を待ち受ける。
白髪の男の姿はどこにもない。しかし、気配は近くからはっきりと感じられる。逃げたわけではなさそうであるが――
『俺はお前のように戦いを好むような野蛮な性質ではないが――侵入を許してしまった以上、そういうわけにもいかん。俺なりのやり方でやらせてもらおう』
どこからともなく声が響いてくる。異様な反響をしていて、どこから聞こえてきているのかまったくわからなかった。
とはいっても、姿が消えただけのはずだ。攻撃は当てられるはず。
竜夫は目を閉じて集中し、姿が消えた敵を感覚で追跡。
「……っ」
あたりにはこちらの脳を揺さぶるかのような嫌な音がうっすらと響き渡っていた。そのせいか、近くにいるはずの敵を追うことができなくなる。
『ふむ。この程度ではたいした揺さぶりにはならんか。もっと直接的に影響を及ぼす必要がありそうだ。殺せと言われているが、俺個人としては、貴様は非常に興味深い存在だ。死なない程度に痛めつけて、捕らえたいところであるが――』
脳を揺さぶる反響音とともの響く声は、とてつもなく重く、異様であった。ただそれを聞いているだけで、脳を侵食され、認知がおかしくなっていく感覚。ずっとこれを聞いているのは非常に危険な気がした。
『そうやって他の者どもも失敗してきたとなると、俺も油断できんな。俺の世界にようこそ異邦人。できる限り、俺の手を煩わせんようにしてくれると助かるところであるが』
脳を揺さぶる雑音の中に混じる男の声はやはりどこから聞こえているのか判然としない。だが、どのようになったとしても奴を倒せなければ前に進むことはできないのだ。
竜夫は自身の脳に竜の力を流し込み、耳から脳に入り込んでくる雑音を振り払った。強い衝撃に襲われるが、このままあの雑音にさらされているよりはマシだろう。再び集中に、周囲に対し感覚を研ぎ澄ました。
脳がクリアになったことで、竜夫は姿が見えなくなった白髪の男の位置を割り出した。二時方向の十メートルほど先。竜夫は床を蹴り、そちらへと踏み出した。
『さすが、というべきか。すぐに俺の位置を割り出すとはな。やはり、我々と敵対しておきながら、ここまで生き残ってきただけのことはある』
おかしな響き方をする白髪の男の声を振り払うようにして、竜夫は奴がいるところを刃の間合いで捉え――
『殴り合いは俺の得意とするところではない。だから、俺なりのやり方を取らせてもらおう。〈お前は、俺を捉えることができない〉』
白髪の男がそう言い終えた直後、距離を詰めた竜夫は刃を振るう。
しかし、その刃は空を斬る。一切の手ごたえはなかった。確かに、そこにいたはずなのに――
なにが起こった? 奴はあの場から動いていないはずだ。斬りつけた場所にはまだ気配は残っている。なのにどうして当たらなかったのか? 竜夫に疑問符が浮かび上がる。
「鋭い、恐ろしい一撃であるが、どうやら貴様が外してくれたおかげで命拾いをしたよ。そのまま、間違えたままでいてくれたら助かるのだが」
白髪の男の声が響いた直後、その気配はまったく違う方向から聞こえてきた。斬りつけた方向と真逆の位置。竜夫はそちらを振り向く。そこには先ほど消えた白髪の男の姿があった。
こちらが捉えきれないほどの速度で、移動したのか? 瞬間移動? いや、違う。奴はこちらが斬りつけたその瞬間までそこにいたはずなのだ。そのようなことができるはずが――
「……どうやら、長続きはしないか。あのお方の力を手に入れただけのことはある。実に厄介だが、同時に興味深い。時間が許せる限り、騙し続けてやるとするか。俺はお前のように殴り合うのは得意ではないのでね」
振り返った竜夫はすぐさま白髪の男が現れた場所へ飛び込む。
『足もとがお留守だ。転ぶぞ』
距離を詰め、白髪の男を間合いで捉えた瞬間にその声が聞こえ――
直後、竜夫の足はなにかに払われる。まったく予期していなかったそれを回避することはできなかった。足を払われた竜夫は宙を一回転し――
空中でなんとか姿勢を立て直して着地。再び距離を詰めようとする。
だが、床を蹴ろうとしたその瞬間、足もとが滑った。またしても予期していなかった攻撃に対応することができず、竜夫の姿勢は大きく崩れる。
なんだこれは? 引っかかるような罠の類などどこにもなかったはずだ。あの一瞬でそのようなものを仕掛けられたとは思えない。そもそも、いきなり床が滑るようになるのは不自然だ。
「『お前に俺は見えない』」
何故か滑るようになった床に悪戦苦闘していたところに、白髪の男の声が聞こえた。その直後、再び姿が消える。同時に、床の滑りがなくなり、足を取られなくなった。
間違いなく、なにかが起こっている。奴がなにかを言った直後、突如としておかしなことが起こり始めた。であれば、奴の言葉になにかあるのは必然であるが――
再び姿が見えなくなった白髪の男の気配を追う。奴は先ほどいた位置から数歩ほど動いたところにいた。竜夫は再び床を蹴り、そちらへと飛び出す。
『重ねて言う。お前の攻撃は当たらない』
竜夫が振るった刃は再び空を斬る。そこから移動していないはずなのに、当たった感触はまったくなかった。おかしい。やはりなにかが起こっている。次々と起こる不可解な現象。これは、一体――
こちらの刃が空を斬った数瞬後、その位置から数歩離れた場所に白髪の男は再び現れる。
「実に見事だ。いままで生き残ってきたのは伊達ではない。真正面からの戦闘では、俺は貴様に遠く及ばないだろう。だが、戦闘というのは強さだけでは測れないものだ。弱者なりの戦略というやつだ。卑怯とは言うまいな」
竜夫はその言葉を振り払いながら、白髪の男へと向かって踏み出す。完璧なタイミングで敵を捕捉。刃を振るう。
竜夫の刃は白髪の男の命中――したかに見えた。竜夫が振るった刃にはなんの感覚もなかったのだ。刃によって斬られたはずの白髪の男は幻だったかのようにその姿が消え――
また少し離れた場所に、白髪の男は現れた。
「言っただろう? 当たらないと。敵とはいえ、素直に言葉を受け止めたほうがいいときもある」
くそ。これは一体なんだ? 奴の姿が見えていた以上、今回ばかりは見間違えるはずもない。完璧に捉えたはずなのに、奴には当たらなかった。
それとも、先ほどと同じくもうすでに幻覚の類を見せられているのだろうか? 竜の力で無理矢理振り払ったはずなのに。まさか、こちらにその異常を一切察知させずに、幻覚を見せてきたというのか? あまりにも異様すぎる状況に、困惑する以外なにもできなかった。
竜夫は三度自分の脳に竜の力を流し込んだ。強い衝撃のあと、脳がクリアになる。
しかし、見えている風景には一切変わりはない。少なくとも、この瞬間は幻覚を見ていないはずであるが――
いままでの不可解な現象を考えると、自分の身になにかが起こっているのは明白だ。なにがどうなっている? ただ幻覚の類を見させられているだけとは思えなかった。
「まだお前の戦意は失っていないようだ。ここまで来るくらいなのだから、この程度では折れぬか。簡単にことが運びそうになさそうだ」
まったく面倒なものだ、と白髪の男は言い添え――
「少しばかり痛い目を見てもらおう。『お前の足は射抜かれる』」
白髪の男がそう言った直後――
竜夫の両脚は太い杭のようなものに貫かれた。
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