第354話 耐えた先に

 一体、あとどれくらい耐え続けねばならないのだろう? 未だに膨大な数が残っている機雷を処理しながら、竜夫は考えを巡らせた。


 先が見えない状況というのはとてつもなく厳しいものだ。それは目指す先が遠い場所にあることよりもつらいものである。わからないというというのは、人間にとって想像以上に厳しいものなのだ。この異世界に来てからそのような経験は幾度か経験したが、いつになっても慣れることはない。


 それでもなお、諦めるわけにはいかなかった。ここで諦めてしまったら、すべて終わりなのだ。ここで諦めるのは、自身が死ぬことに等しい。そしてそれは、多くを巻き込むことになる。そうなってまで、生きていようとは思えなかった。


 機雷は容易に爆発し、威力も高いため、しっかりと距離を取って処理しなければならないというのも厳しいところだ。


 そのうえ、数を処理する際に一番必要になってくるのは同じく数である。一つ一つがたいしたことなかったとしても、それが膨大なものになればどうやっても処理しきれなくなるのは必然であった。


 ティガーたちがいてくれればもっと状況は楽になっていたかもしれないが、それは望んでも仕方のないことだろう。彼らも別の敵と戦っていたのだ。それがどのような敵であれ、そのあとに継続して戦わなければならないというのは非常に厳しい。彼らにだって、自分自身の命を守る権利ぐらいある。これ以上、こちらにためにその命を賭けてくれと言っていいとは思えなかった。


『そっちは、どうなってる?』


 大成に向かって交信をすると、すぐさま『嫌になるくらい嫌な状況だな』と呆れた調子の言葉が返ってきた。


『先が見えねえってのはやっぱり厳しい。まあ、あいつのことならやってくれるとは思うが、それでもつらいことなのは同じだ。そっちはどうなってる? わざわざ訊く必要もないかもしれんが』


『そっちと同じだ。変わらず、数の暴力に押されているよ』


 竜夫の言葉を聞き、大成は『やってられねえな』と言い、ため息をついた。


『なにより、この状況でもやらなきゃならねえってのがつれえな。ここで逃げ出したら死ぬのと同じだ。精神的な意味ってだけでなくな。人は竜に呑み込まれて終わるだろう。はっきりいって、詰む一歩手前でなんとか踏ん張っているって状況だ』


 大成の言う通り、『棺』という大規模な兵器が動き出してしまった以上、竜が人を呑み込むまでに要する時間はたいしてかからないだろう。本当なら、このような状況になんとかすべきだったのだが、自分たちがこの世界に召喚された時点で竜たちにより侵略が進んでいたことを考えると、どうにかできるものではないのは明らかであった。


『でも、諦める様子はなさそうだな』


『生憎、俺もブラドーも諦めが悪いほうでね。諦めようと諦めなかろうと結果が同じなのであれば、諦めねえほうがいいに決まってる。俺は、そういう風に生きてきたんでね』


 彼が生きてきた世界がどのようなものだったのか、はっきりと聞いたことはなかったが、きっととてつもなく厳しいものだったのだろう。


『諦めが悪いのはあんたも同じだろう? そうじゃなきゃ、ここまで戦ったりはしないだろうしな』


『……まあ、そうだな』


 とどまることなく向かってくる機雷を処理しながら、竜夫は大成に言葉を返した。

 本当に、自分がここまで諦めが悪い人間だとは思わなかった。やはり、竜の力を手に入れた時点で、自分の想像以上に変異が生じたのだろうか? そうであるとも、そうではないとも思えたが、真実はわからない。


 どちらにしても、この詰みに近い状況となっていても諦められなくなっていることは確かであった。それがいいか悪いかは別として、いまの自分はそういう風になっているのだ。そんなことを考えるのは後でいい。やるべきことをやらなくては。


 機雷の攻勢は止まらない。膨大な数と爆発の威力を活かして、次々とこちらへ特攻を繰り返してくる。


 改めて、死を恐れない敵というものの恐ろしさを痛感させられた。自爆テロと戦う特殊部隊などは、きっとこのような恐ろしさと戦ってきたのだろう。


 あたりに浮遊する機雷の数は減っている様子はまるでなかった。兵器の中枢であった灰色の竜を倒し、なおかつ『棺』が障壁で物理的に覆われている以上、補充はされていないはずであるが――


 もしかしたらこれも、最初に戦った兵器群のようにどこかから映し出された実体を持つ幻影かもしれなかったが、『棺』が障壁に覆われてしまった以上、それを破壊することはできないだろう。


 くそ、まだか。もうすでに結構な時間が経過しているはずだ。苦戦しているのか、それともなにかあったか――確かめたいところではあるが、こちらが茶々を入れるのは得策ではないだろう。


 機雷を迎撃しながら、竜夫はそっとカルラの町にいるはずのアースラの気配を追ってみた。


 まだ、奴の気配は感じられる。少なくとも、死んではいない。だが、どのような状況になっているのかまだはわからなかった。もしかしたら、まだ死んでいないだけということも大いにある。なにしろ奴は、指でつついただけでも死んでしまうと思えるくらい、苦痛に苛まれている状態だったのだから。


 どれだけ考えたところで、いまできることはアースラがしっかりと役割を果たしてくれると信じる以外なにもできなかった。


 機雷の攻勢はなおも止まらない。こちらの足止めをすべく、次々と特攻を仕掛けてくる。本当にキリがない。一体、いつまでこれを続けなければならないのか。そこまで考えたところで――


『あとは……お願いします』


 アースラの弱々しい声が響き渡り、その直後、『棺』を覆っていた障壁が弾けるように消し飛んだ。


『……ありがとう』


 障壁が消えると同時に竜夫は転進し、『棺』へと向かっていく。これが消えている時間はそれほど長くない。なにがなんでも、ここで到達しなければならなかった。それができなければ、終わるだけだ。


 竜夫はさらに加速する。強い衝撃が全身に響き渡った。もしかしたら、音速を超えたのかもしれない。しかし、その衝撃に怯んでいる時間などなかった。とにかく、前に進まなければ――


 背後から、大量の機雷が向かってくるのが感じられた。こちらのほうが速いものの、気を抜けばすぐに追いつかれるだろう。わずかでも足止めされてしまえば、どうなるかは容易に想像できた。一切振り返ることなく、一心不乱に『棺』へと向かっていく。


『棺』へと接近する。


 接近したことにより、『棺』の規模がどれほどのものか実感させられた。大きな都市がそのまま空に浮かんでいるかのよう。近づいたことにより、その圧迫感はとてつもないものであった。


 どこかに侵入できる場所はないだろうか? それを探している間に機雷に追いつかれてしまっては元も子もなかった。


 そう思った瞬間、光点が目に入る。目に入ったそこは破壊されていた。恐らく、最初に現れた兵器の制御装置があった場所だろう。


 竜夫はそちらへと方向転換し、再び加速する。


 そして、一切速度を落とすことなく、その場所へと飛び込んだ。

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