第345話 退かざるものたち

 同時に動き出した竜夫と灰色の竜は互いに一切退くことなくぶつかり合った。竜夫が持つ刃と禍々しき光を見せる灰色の竜の腕が衝突。互いにすさまじい力をぶつけ合った結果、両者ともに仰け反ることとなった。


 すぐさま姿勢を立て直した竜夫は銃を放つ。それは、先ほども放った着弾箇所に無数の刃を発生させる必殺の魔弾。どのような存在であれ、生物であるのなら、体内から無数の刃が突き出ることとなれば、ただでは済まないが――


 灰色の竜は放たれた魔弾を超常的な動きを見せて回避。それはもはや、自身を一切顧みることのない動きであった。回避をしつつ距離を詰め、こちらへ接近し、反撃を仕掛けてくる。


 竜夫の刃と、灰色の竜の腕は再び衝突。腹の底まで響く音があたりにまき散らされる。


 攻撃を防がれても灰色の竜は止まらない。あたりに設置された機雷を引き寄せてきた。近場にあった機雷が一斉にこちらへと向かってくる。その数は極めて多い。だが、機雷の威力を考えると、まともに受けるのが危険であるのは間違いなかった。


 竜夫は向かってくる無数の機雷の威力を軽減するために、自身の身体から刃を突き出させて防御。無数の爆発が竜夫の全身を襲う。なんとか耐えられたものの、その衝撃のせいで意識がぐわんと揺さぶられる。


 機雷を引き寄せると同時にその場から離脱していた灰色の竜はその隙を逃さない。明らかに尋常ではない動きを見せ、再び接近。それはもう、竜という超常的な存在の限界すらも超えていた。全身に亀裂ような小さな傷が生じ、血を滲ませている。それほどまでにこちらを行かせないという気迫はすさまじい。


 だが、どれほどの気迫があったのだとしても、怯むつもりはなかった。ここで怯み、退いてしまえば、自分は終わりだ。状況的にただ敗北するというだけでなく、それ以上の意味がある。そうなったら、仮にここで死ななかったとしても、死んだも同然だ。


 なにより、こちらのためにその命を賭けて協力してくれたティガーたちに申し訳が立たない。彼らも生き残るために、こちらにその思いを託しているのだから。自分以外の多くの誰かも背負ってしまっている以上、それだけは絶対にあってはならぬことだ。


 竜夫は灰色の竜が放った蹴りを刃で防御。自身の限界を超えて放たれたそれは尋常ではないほどに重い。しっかりと受け止めたにもかかわらず、後ろへと押し込まれてしまう。


 灰色の竜はさらに続く。流れるような動きで身体一つ分前に出て、追撃。身体を翻し、尾で薙ぎ払ってくる。


 竜夫はそれを上に飛んで回避。灰色の竜の上を取る。灰色の竜の頭頂部のあたりへと向かって刃を振り下ろした。確実に命中する。その手ごたえがある一撃であったが――


 灰色の竜はそこで突如身体が加速したかのように動き出し、竜夫が振り下ろした刃を回避。それはきっと、相当の無理をして行ったものだったのだろう。身体の走る亀裂がより大きなものとなり、出血。それは決して、小さなものではなかった。恐らく、こちらに見えている以上に、奴の体内はダメージを食らっているだろう。


 それでもなお、灰色の竜が止まる気配はなかった。肉を斬り、骨に亀裂を入れ、全身から出血をしながらも、敵であるこちらを排除するために向かってくる。そこから感じられるのは、自身が死ぬことになってもこちらを倒すというすさまじい執念。自身の未来のため、こちらが退けぬように、奴も同じく退くことができないのだろう。その執念は、驚嘆すべきものであった。


 血を流しながら刃物そのものとなったその手を振るってくる。竜夫は、それを受け止め――


 身体を入れ替えるようにして灰色の竜の背後を取り、刃を振り下ろす。振り下ろした刃は灰色の竜に命中し、血まみれとなったその腕を斬り落とした。


 腕を切断された灰色の竜はさらなる出血を強いられる。だが、それでも止まることはない。それは、臨界を超えた核反応のように、こちらを倒すか、自身が動けなくなるほどのダメージを食らわなければ、奴は止まらないのだろう。


 腕を一つ失っても、灰色の竜はなおもこちらへと向かってくる。残っているもう一つの腕を、足を、翼を、尾を駆使して傷つき続ける自身の身体を顧みることなく仕掛けられる連続攻撃。


 死を覚悟し、命を失うことを恐れなくなった敵はとてつもない脅威だ。もはや瀕死となっていたとしても、それは変わらない。少しでも油断すれば、一気にやられてしまうだろう。確実に倒し切るまでは、わずかでも気を抜くことは許されない。いまこちらへと向かってくる敵は、間違いなくそういう存在であった。


 竜夫は灰色の竜の攻撃をすれ違うようにして回避。再び背後へと回り込む。再び刃を振るう。今度こそ、確実にその命を断ち切るうる一撃を放つ。刃を真一文字に振るった。それは吸い込まれるようにして灰色の竜の胴体へと命中し――


 しかし、それは途中でせき止められた。灰色の竜があえて振るわれた刃のほうへと向かったせいで、止められてしまったのだ。


『悪いが、ここで俺と一緒に死んでもらおう!』


 灰色の竜の声が響き渡ると同時に、あたりに設置された機雷が動き出した。奴によって仕掛けられた無数の機雷のすべてがこちらへと向かってくる。これだけの量の機雷を受け切ることは不可能であることは間違いなかった。


 灰色の竜の身体の途中まで食い込んだ刃を引き抜くことはできなかった。身体に強い力を込めることで、食い込んだ刃をがっちりと挟み込んでいるのだろう。それを抜くのは、容易なことではなかった。


 だが、竜夫は冷静に持っていた刃を手放し――


 障壁を破った直後の攻撃で突き刺さったままとなっていた刃をつかみ――


 そこに力を流し込んで、無数の刃を弾けさせた。


『……出血を避けるために、引き抜かずにおいたが、それが仇となったか』


 体内から発生した無数の刃によって身体の内部から引き裂かれた灰色の竜はそう言ったのち――


 そのまま力なく落下していった。


『だが、これ以上は進ませぬ。それが、俺の仕事だからな』


 落下していく灰色の竜は最後にそう言い残した。それは言いようのない不穏さを感じさせる言葉であった。


『……行こう』


 落ちていく灰色の竜の姿が見えなくなったところで、竜夫は再び『棺』へと向かっていった。

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