第338話 穴を見つけろ

 絶対的な回避手段を持つ相手をどのように突破するか? それをどうにかできなければ、この戦いに勝利することは絶対に叶わない。


 まず考えられるのは、その手段を使わせないことである。しかし、それを実行に移すのは非常に難しい。


 そもそも、その手段を使わせないようにすることが困難なのだ。異空間に潜るという手段の必須条件に、奴が纏っているものが必要なのは間違いない。それを破壊できればいいのだが――


 破壊できればいい、というのは簡単であるが、絶対的な回避手段を持っているがために、そもそも攻撃を当てることすらできないのだ。当然のことながら、こちらには攻撃を当てずに、敵が身に纏っているものを破壊できるような手段などあるはずもない。


 異空間に潜るという手段そのものを防ぐことができればいいのだが――いまのところそれも不明だ。竜の力は強力であるけれど、完全無敵でも万能ではない。どこかしらに穴があるはずなのだ。


 考えられるとすれば、異空間から通常空間には干渉できないというところだろう。これは、こちらに攻撃を行う際は絶対に姿を現さなければならないことを意味している。ここに、なにかしらのヒントがあるような気がするが――


 それはまだ見えてこない。もう少し奴の能力に関する情報を得る必要があるだろう。まだ先がある以上、ここで長々と戦闘はすべきではないが、焦った結果取り返しのつかない失敗をしてしまってはなにも意味がない。


 ブラドーの血の呪いは奴にも有効であることは間違いないが、その効果は恐らく通常空間から異空間まで作用することはないだろう。無論、呪いなので一度影響を与えられれば、異空間に潜ったとしても影響を及ぼすはずである。だからこそ奴は徹底的にこちらの攻撃を回避しているのだ。一度でも、奴に支障が出るほどの影響を与えられればいいのだが、現状そのきっかけとなるものすらつかめていない状況である。


 またしてもヨハンの姿が消える。異空間へと潜り込んだことにより、わずかな気配すらも察知できない状態となった。これも非常に厳しいところである。奴が通常空間に戻って、攻撃を仕掛けるその瞬間までこちらはまったく察知できないのだ。戦いにおいて意識外からの攻撃は恐ろしいもののひとつである。わずかに遅れただけで、致命的な状況に陥るのだから。


 周囲に対し、最大限の警戒を巡らせながら、あることに気づく。


 異空間から通常空間に干渉できないのはわかる。それならば、何故奴は一部分だけ通常空間に戻して攻撃を行ってこないのだろう? それができるのであれば、実質的に相手には一切干渉できない異空間から一方的に攻撃ができることに等しい。徹底的な暗殺者である奴に、卑怯な真似だからやらないなどという考えがあるとは思えなかった。そうすればいいのにわざわざそれをやってこないということは――


 その原因は二つ考えられる。


 一つは、それを行うにあたって、相当のリスクを伴うことだ。それをやって失敗すると、相当の被害を負う可能性。それも最悪死ぬリスクがあり、なおかつそれが起こる可能性を無視できないほど大きい場合だ。そのようなリスクがあったのなら、それをやってこないことは頷ける。奴は徹底的に合理的な暗殺者だ。リスクとリターンのつり合いが取れていないのであれば、それを行っていないのも納得できるところであるが――


 しかし、こちらの可能性は低いだろう。奴は、人間の身体に自身の魂を転写することによっていまここに存在している。仮に死ぬようなことになるのだとしても、それは魂を転写した器が死ぬだけだ。『棺』にあるという奴の本体にまで影響は及ばないだろう。


 であれば、そのリスクはないに等しい。器である人間の身体など簡単に手に入るのだ。徹底的に合理的な暗殺者である奴が、いまの器を失うことに頓着するとは思えない。必要であれば、躊躇なくそれを実行に移すはずだ。


 だとすると、それをやってこない理由は一つしかない。身体の一部だけを通常空間に出すということがそもそもできないのだ。何故できないか、その理由はわからないし、わかる必要もない。


 理由がどうであれ、攻撃を行うには身体のすべてを通常空間に戻さなければならないのだ。ここに、なにか隙があるように思える。


 そこまで考えたところで、頭上から気配が感じられた。


 大成は身体を翻すようにしてその場から飛び退く。その直後、異空間から姿を現したヨハンの鋭利な爪がその場所を切り裂いた。わずかでも遅れていたら、あと一つしかない命のストックを失っていただろう。


 攻撃の直前までそれを察知できないことを考えると、これからもずっと綱渡りを続けていられるとは思えなかった。ぎりぎりの状態はいつまでも持続させられない。いつか必ず、その破綻は訪れる。その破綻があるのは、遠い場所ではない。


 攻撃の際に必ず全身を通常空間に戻さなければならないという、一見無敵のように見える奴の能力に存在する瑕疵をどうすればつけるのか?


 いまここでこちらが突けそうな隙はそこしかない。どうにかして、その隙を確実に突きたいところであるが――


 あと少しでつかめそうなのに、その少しがなかなかつかめなかった。


 ヨハンの攻撃を回避した大成は腕を変形させて反撃。竜を殺す呪いの力を秘めた一撃。それは、相手が竜という存在であれば、どのような力を持っていたとしても絶対的な力を持つ。間違いなくそれは、ヨハンも例外ではないはずであるが――


 それは命中すればの話だ。


 大成の腕は空を斬る。異空間へと潜り込んだ奴にかすりもしなかった。よほどのことがない限り、異空間へと潜るという絶対的な回避手段を持っている相手に当てられないのは必然であった。


 なにもない周囲に警戒網を巡らせながら、大成は思考を続ける。


 もう一度、奴の能力について整理してみよう。


 あのベールのようなものを纏っている間は、異空間へと潜ることができる。


 異空間へと潜るのには、特に目立ったような代償は必要なく、即時に発動が可能。


 異空間から通常空間への干渉はできない。逆もまた同じ。


 異空間から身体の一部だけ通常空間に戻して干渉を行うこともできない。


 そこまで考えたところで――


 あることに思い至る。


 奴の能力がこちらの想定通りであれば、その瞬間だけは攻撃を当てることができるはずだ。


『ブラドー』


 大成は相棒へと語りかける。


『これは、成功すると思うか?』


 先ほど思い至った手段を話す。


『悪くない。一度きりしかできないことを除けば、かなり有効だ。いや、それどころか、奴の能力に対して俺たちができそうな手段はこれしかない』


 ブラドーは迅速かつ冷静にこちらが話した手段を評価した。


『できればそれを実行に移す前に確証が欲しいところであるが、そうも言ってられないだろう。確証を取ろうとして、奴にこちらがやろうとしていることを感づかれてしまってはなにも意味がない』


 まったくもってその通りであった。相手に察知されているときに奇襲を行うことほど危険なことはない。相手に読まれていないからこそ奇襲は成功するものなのだ。


 どちらにしてもこれができるのは一度きり。それを確実に成功させなければならなかった。


『だが、気をつけなければならない。奴はお前の能力を把握している。お前が言ったことを狙うのであれば、そこを考慮して実行しなければならん。下手をすれば、罠に嵌めようとしたこちらが罠に嵌められる可能性がある』


 ブラドーの言葉を聞き、大成は確かにと納得する。


 罠にかけるのであれば、敵の罠にかかったふりをして罠に嵌めるというのも常套手段である。このままこれを実行していたら、やられていたかもしれない。直前になってそれに気づけたのは僥倖ではあったが――


 それは同時に見えかけた光明が閉ざされたことにも等しかった。そこさえどうにかできれば、奴を打ち倒すことも可能であるが――


 大成はあたりを警戒する。


 異空間へと消えたヨハンは未だ現れない。緊張と重圧が身体をじっとりと覆っていく。


 これを実行に移すのであれば、いましかない。大成は周囲を警戒しながら、身構える。


 いくばくかの時間が経過したところで――


 異空間から現れたヨハンの気配が感じられ――


 この状況を打破しうる手段を成功させるために打って出た。

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