第324話 非道なる行い
『……ふざけやがって』
新たな敵として現れた異形の怪人が、竜たちによってさらわれていたティガーたちであったことを知ったリチャードは怒りを隠せなかった。
奴らが人という存在を取るに足らない存在であると思っていたことはわかっていたことだ。だが、さらった人間をこれほどまでに姿を変貌させ、なおかつ兵器として仕立てるとは思いもよらなかった。それが実際どのようなものであったとしても、非道な行いであることは間違いない。そして、いま自分たちの前に立ちはだかっている元ティガーの怪人のうち、二人は知っている人物であった。
『アンドレイさん、ジニー……』
異形と化していても、かつて人だった頃の名残はわずかに残っていた。それが意図的なのかどうかは不明だが、よく知っている人物がこうなってしまったという事実を直視させられるのはとてつもなく心が痛むものであった。
『…………』
リチャードはウィリアムのほうに目を向ける。彼は言葉を発することなくかつて姪だった存在へとその視線を注いでいた。無表情ではあったが、仲間であり親族でもある相手があのような姿となったことに対し、怒りや悲しみといったなにかしらの強い感情を抱いていることは間違いない。
エリックがこの場にいないことは幸運だったかもしれなかった。自分たちの仲間が変わり果てた姿となって敵として現れたという現実を直視することを避けられたのだから。しかし、この戦いに参加した彼にもこの現実を伝えなければならないが、どう説明すればいいのか見当もつかなかった。
元ティガーの怪人たちとのにらみ合いが続く。怪人たちは苦しんでいるかのようなうめき声とも叫び声ともつかない音を断続的に発している。それを見ているだけで、このような姿となったときになにをされたのか、その結果としていまのようになってからも感じている苦痛がどれほどのものなのか容易に想像できた。ここにいる彼らは、このような姿に変貌したいまもなお、想像を絶する苦痛に苛まれているのだ。
無論、こちらには彼らを元に戻す手段などあるはずもない。である以上、彼らを苛む苦痛から救うのであれば、やらなければならないことは言うまでもなく――
『……戦おう。俺たちがやらなければならないのは、タツオとタイセイを〈棺〉にまで行かせることだ。敵として現れたのがかつての仲間だからといって、その役目を放棄するわけにはいかない』
断続的に響き渡る元ティガーたちの異音のような声を遮るかのようにウィリアムが言葉を発する。彼が発した言葉の端々からは、竜たちへの怒りと仲間があのような姿になってしまった悲しみがはっきりと感じられた。
『でも、それじゃあ――』
『いや、それはお前が言う必要はない。ああなってしまったジニーたちを救い、同時に目的を達成するのであれば、やることは一つだ』
ジニーを、アンドレイを殺すしかない、とウィリアムは言葉を続けた。
『…………』
ウィリアムからその言葉を聞き、リチャードは言葉を返せなくなった。
ウィリアムが言っていることは間違いなく正しい。目的を達成するというのであれば、それ以外に最善といえる手段があるとは思えなかった。
だが、正しい選択だからといって、それを道義的に正しいというわけではない。正しいからといって、それ以外に選択の余地がないからといって、仲間や親族を殺すというのが許されるものであるとはどうしても思えなかった。そんなことが、あっていいはずがない。たとえ、敵によって行われた非道によるものであったとしても。
『リチャード。お前がそう言いたくなるのはわかる。俺も同じだ。目的を達成するために、ジニーやアンドレイを殺すことが完全に正しい行いであると認めたくはない。たぶん、認めちゃあいけないんだろう。けど――』
響いてきたロベルトの声からは静かな激情が感じられた。
『ああなったジニーやアンドレイをそれ以外で救うことができないというのもまた事実なんだ。殺す以外にあいつらを救いうる手段があったのならそれでもいい。だが、そんなもの、いまの俺たちにそんなものはないんだ。なら、やるしかない』
ロベルトの言葉を聞き、リチャードは手を強く握りしめた。彼らを殺す以外に彼らを救う手段がないという事実を改めて突きつけられ、心臓を貫かれるような衝撃が走る。認めたくないと思いながらも、それを否定できない自分がいることもまた事実であった。強く歯を食いしばったのち、握りしめた拳をほどいた。
『お前は彼らを殺したことを気にしなくていい。あれを背負うべきなのは俺たちのほうだからな』
ロベルトにウィリアムが続く。彼の声からは、諦めにも似た達観が感じられた。
『まあでも、さらわれて無事ではないことはわかっていたが、こうやって現実を突きつけられるのはいささか厳しいものがある。もし、俺の手が鈍るようなことがあったら、そのときは頼んだ』
響いてきたウィリアムの声は悲しげであった。
『わかった。お前がそうなったときは俺たちがやろう。その手を仲間の血で染めることはあるまい』
ウィリアムの声にタイラーが応じる。彼からも同じく、諦めにも似た達観が感じられた。
その声を聞きながら、リチャードは自分が持ちうる手札の中に変貌してしまったティガーたちを救いうる手段があるかどうかを考えた。だが、あのような姿になった人間を元に戻せる手段などあるはずもない。そんな、人智を越えた万能薬など作成するのはどう考えてもこちらの能力の限界を超えている。そのようなものは、仮に膨大な時間をかけたとしても創ることはできないだろう。
「……っ」
自分の無力さを思い知らされ、リチャードは心の中で言葉を吐き捨てた。もっと自分に力があったら、ジニーやアンドレイを救うことだってできたかもしれないのにと思う。
『……わかりました。俺も、あいつらを救いうる手段がないことくらいはわかっています。もし、その手で殺すのが嫌だというのであれば、タイラーさんが言ったように、俺たちを頼ってください。それぐらいしか、俺たちできることはありませんから』
リチャードの言葉を聞き、ウィリアムは『ありがとう』と静かに返答する。
そこまで考えたところで、自分がタイラーたちの仲間となる前に、彼らとの仲間であったナルセスのことを思い出す。
ジニーやアンドレイと同じく竜によってさらわれた彼も間違いなく、似たような状況になっているだろう。もしかしたら、別動隊であるパトリックとレイモンのところにいるかもしれない。そう考えると、嫌な気分に襲われる。
『――――』
元ティガーたちは変わることなく断続的にうめき声とも叫び声ともつかない異音を発し続けていた。苦しげに聞こえるそれを聞いているだけで、熱を持った怒りと悲しみが留まることなく湧き上がってくる。彼らを救う手立てがない以上、その感情を糧として戦う以外、できることはなかった。
このような外道の行いをした竜どもをタツオとタイセイが打ち倒してくれることを信じるしかない。竜どもと戦えるだけの力を持っているのは、彼らだけなのだから。そのために――
リチャードは異形と化した元ティガーたちへと改めて直視した。
いま自分にできることをやるしかない。それが、未来を切り開くことになると信じて。
「ジニー、アンドレイさん。すまない。あなたたちを救えなかった俺たちを恨んでくれ」
リチャードはそう呟き――
その手に創り出した数本の薬瓶を元ティガーたちへと向かって投擲した。
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