第325話 対竜戦闘
竜夫によって放たれた巨大な刃は真っ直ぐ灰色の竜へと向かっていく。それは、天を穿つかのような一撃。たとえ竜であったとしても、直撃すればただでは済まないだろう。
『見事だ。幾度となく我々の刺客を退けてきただけのことはある。だが――』
灰色の竜は声を響かせ、自身に向かってきた巨大な刃をなんなく回避。身体の巨大さをまったく感じさせない動き。それだけで、いま目の前に立ちはだかっている敵が只者ではないことが理解できるものであった。
その直後、背後にある『棺』からなにかが放たれた。それは、複雑な軌道を描きながら高速でこちらへと向かってくる。こちらへと飛んできたのは、尖った弾頭をしたミサイルのようなものであった。
竜夫は向かってくるミサイルに刃を放ち、迎撃する。しかし、力学を無視しているとしか思えない軌道を描きながら飛んでくるそれをすべて迎撃することは叶わなかった。数発のミサイルが刃をすり抜けてこちらへと迫ってくる。
竜夫は加速し、向かってくるミサイルから逃れようとしたものの、それらはまるで高度な制御を受けているかのようにこちらへと追いすがってきた。
「く……」
動いて回避するのは無理か。そう判断した竜夫は刃を持ちその身体を駆使して迫ってくるミサイルを撃ち落とそうとする。最初に向かってきた一発目を、その軌道を予測して斬り落とし、二発目は同じく軌道を予測して持っていた刃を投擲して迎撃。再び刃を創り出して三発目と四発目を連続で叩き落とす。爆発の衝撃と熱が身体に吹き抜けていった。竜に変身し、多くの意味で人の身体とまったく違う状況になっているのに、澱みなく動かすことができた。
ミサイルを叩き落とした竜夫は転進して急加速し、灰色の竜へと接近を試みる。
『やはりこの程度では足止めにすらならんか。とはいっても、俺としても退くわけにはいかないのでな。遠慮なくいかせてもらおう』
その言葉と同時に、再び『棺』からなにかが放たれる。それは、こちらを狙ったものではなく、灰色の竜の周囲を取り巻くようにして――
『……っ』
障壁を発生させ、振り下ろした刃を弾く。接触の瞬間、両腕に痺れるような感覚が広がってきた。予想外に強い衝撃により、竜夫の動きは一瞬だけ静止する。
こちらの攻撃を防いだ灰色の竜はその隙に距離を取り、再度『棺』からミサイルが放たれた。先ほどよりも数が多い。障壁に接触したことによって発生した衝撃に動きを止められたのはごくわずかな時間であったが、人智を越えた速度で戦闘を行う者たちにとっては、その一瞬は命取りとなり得るものだ。わずかな硬直を強いられたことによって、『棺』から放たれたミサイルは遠隔攻撃での迎撃は間に合わなくなり――
ミサイルが全方位からこちらへと向かってくる。迎撃は間に合わない。そう判断した竜夫は――
全方位から迫ってきたミサイルは竜夫の身体に着弾。同時に、連鎖的な爆発が巻き起こる。
『ぐ……』
だが、竜夫が落ちることはなかった。自身の身体から無数の刃を生成させることによってそのダメージを最小限にとどめたのだ。
とはいっても、完全に無効化できたわけではなかった。竜と化していても、自身の身体から刃を生成させるのは通常のときと同じく苦痛を伴う。それに、爆発の衝撃や熱も防げるわけではない。刃を生成したときの痛みに加え、全身を打ちのめすような衝撃に襲われる。恐らく、まともに受けていたこの程度ではすまなかったのは間違いなかった。
『あれを耐えるとは、さすがだ。楽に倒すことはできんか』
攻撃に耐えきった竜夫を見て、灰色の竜は感心するような声を響かせる。その声には、明らかな余裕に満ちていた。
全身を襲う突き刺すような痛みを堪えながら、竜夫は灰色の竜へ視線を傾ける。
先ほどこちらの攻撃を防いだ障壁を発生させる装置は奴のまわりで旋回を続けていた。それはどこから攻撃を仕掛けたとしても防ぐことが可能な位置。わかりやすい隙がないことはひと目で理解できた。先ほどの攻撃を防いだ時の状況を考えるに、力づくであの障壁を破るのは難しいうえ、恐らくその防御は自動的に行われているはずだ。
となると、速度や力に任せてあの障壁を突破することは不可能に等しい。下手に攻めたところで、こちらの攻撃はあの装置が発生させる障壁によって容易に防がれ、接触したときに発生する衝撃によって隙を強制的に作らされ、先ほどのような窮地を招く恐れがある。防御行動によってダメージを軽減したとしても、ずっと耐えられるはずもない。
奴を倒すのであれば、まずはあの障壁をなんとかしなければならないが、自動的に行われるとなると、それを破るには自動的に行われる防御のシステムの隙を突くしかないが――
『…………』
灰色の竜と睨み合いを続けながら、竜夫は奴のまわりにある装置を観察する。
当然のことながら、奴のまわりを旋回しているあの装置自体にも先ほどこちらの攻撃を防いだ障壁が張り巡らされていた。装置を覆っている障壁がどれほどのものかは不明だが、あれがこちらの攻撃を防いだものと同等の力があるとすれば、それを破ること自体、簡単なことではない。
まさしく鉄壁。これから先も戦わなければならないことがある状況で、耐久戦を強いられるのは非常に厳しい。
一応、どんな堅牢な防壁であっても無効化しうる手段自体はある。刃をその場に直接生成して割り込ませるのと、どのような隙間にも入り込める極薄の刃による攻撃であるが――
そのどちらも、接近して行わなければならないという問題がある。灰色の竜の戦闘スタイルは自分以外のものを操作するという遠距離主体のものだ。こちらのように近接戦闘を主体とする相手には近づかれたくないはずであるが――
近づかれたくないからといって、その対処法を用意していないなどあるはずもない。奴を守っているあの障壁もその一つであるのは間違いなかった。自分以外のものを操作するという性質である以上、多くの手段を用意しているはずである。
奴がなにかを行う際にそれらが『棺』から飛来していることを考えると、その大元さえ断てれば多彩な手段を封じ得るが、大元である『棺』の規模を考えるに、そのすべてを利用不可能な状況にするというのは現実的ではなかった。ここからそれだけのことができるのなら、『棺』を直接破壊すればいい。
奴は常に『棺』からの補給を受けられる状況にある。それが戦いにおいてかなりの有利であることは言うまでもない。とてつもなく厳しい戦いであるが、これを打ち倒さなければその先がないことは間違いなかった。
まずはなんとしても、奴を守るあの障壁をなんとかする必要がある。奴のまわりを旋回している障壁発生装置は全部で十個。自動的に行われる防御をすり抜ける余地を作るためには、最低でもその数を半分にしなければならないが――
ここが『棺』に近い場所である以上、あの障壁発生装置もすぐに補充できると思われる。すぐに補給を受けられる状況で、予備を用意していないなんてそんな馬鹿なことがあるはずもなかった。となると、『棺』からの補給を受けるその前に、一気に潰さなければならないが――
その手段は、現時点ではなかった。
奴が遠距離戦闘を主体としている以上、こちらから遠距離戦闘を仕掛けるのも愚策だろう。分が悪いのは間違いない。
近距離戦闘を仕掛けたいところであるが、あの障壁をどうにかできない状況であれば有効打を与えられないどころか隙を作るだけだ。かといって、撃ち合いをして勝てる相手でもない。
どうする? と竜夫は睨み合いを続けながらそれを考えた。
『意外にも慎重だ。報告を聞いた限りでは、もっと命知らずだと思っていたが――どうやらそうでないらしいな』
『そりゃ、どうも』
灰色の竜の言葉に軽口を返したものの、それで状況が好転するはずもなかった。
『我々の目的は貴様の排除である。このまま睨み合いを続けて遅延行為にいそしむのは悪くないが、務めである以上そうするわけにもいかないのでな』
灰色の竜はそう言ったのち――
その直後、離れた場所にある『棺』からきらめきが発せられた。
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