第322話 因縁

 光点を撃ち抜くと同時に、動きを止めていた目玉どもが落ちていき、その姿が溶けるようにして消えていく。まるでそれは幻影かなにかのようであった。


『あれは、一体なんだったんだ?』


『実体のある幻影だ。竜の力でそれを映し出していたのだろう。映し出された幻影であるが実体を持っているから攻撃を受ければ傷を負うし、奴らのほうが映し出された幻影でしかないからいくらやられても大元さえ無事であるなら損害などないに等しいというわけだ』


 そう言われれると、とてつもなく理不尽な敵だ。大元さえやられなければ実質的に被害はなく、なおかつ実体を持っているから攻撃をされた側はしっかりとダメージを負うのだから。


『とにかく、前に進め。せっかく邪魔が消えたのだ。のんびりしている時間などあるまい。話であれば、飛びながらでもできよう』


 ブラドーの言う通りであった。いま一番優先すべき目的は『棺』への到達である。エリックがその力を使い切ることを承知で切り開いてくれたのだ。それを無下にするなどあっていいはずもなかった。


『……エリックは?』


 飛びながら、大成はブラドーへと問いかけた。


 こちらとすれ違うようにして地面に落ちていったあの男は大丈夫なのか? 死ぬつもりはないと言っていたが――


『宣言通り、無事のようだ。空を飛ぶのも慣れていないというのに、ここまでできるのはなかなかのものと言える』


 ブラドーは珍しく感心するような声を響かせた。


『ところで、エリックはなにをやったんだ?』


 あの目玉どもの動きを止めたのには、なにか理由があるはずだ。


『奴らの能力は電気を操る力である。電気というのはある種の波動のような性質を持つものであり、特定の領域にあれば容易に干渉を起こす。何故奴らがそれに気づいたのかはわからんがな。奴らは自身の能力を利用して制御装置から発していたその波動に干渉し、大元からの繋がりを邪魔したのだ』


 竜の力によるジャミングのようなものか。確かにそう言われてもみると納得できる。とてつもなく不思議な力ではあるが。


『一人離脱してしまったのは痛いが、全員ここで犬死するよりはマシだ。先に行かせてくれたあの男の意思を無駄にしないためにも、我々は前に進もうではないか』


『……ああ』


 ブラドーの言葉に同意し、大成は急加速して遮るものがなくなった空を駆け『棺』へとさらに接近していく。このまま、『棺』にまで到達できればいいのだが――


『棺』から出てきたなにかがこちらへと近づいてくるのが見えた。それは、こちらの進行方向を遮るように現れた。


『ここから先は行かせん』


 こちらの進行を遮ったのは、土色の竜。はじめて見る姿であったが、そこから発せられている力から、何者なのかすぐに理解できた。


『……あんたか。いつかは出てくるだろうと思っていたけど』


 現れたのは、偽りの記憶を植え付けられていた頃、自身の上司であり、所属していた特殊作戦室の長であったヨハンだ。いまもなお残っている記憶の中ではいい上司と言えるものであったが、それが偽りであった以上、手心を加える理由とはなり得ない。恐らく向こうも同じだろう。向こうは、こちらが偽りの記憶を与えられていたことをはじめから知っていたのだから。


 偽りの記憶の中でヨハンが戦っていた記憶はなかったものの、表には出せない汚い仕事を請け負っていた部署である以上、奴も相当の実力者であることは間違いない。事務仕事しかできないような奴が、この場で現れるはずもなかった。


『俺もだ。偽りの記憶を受けつけて都合のいい兵士に仕立てるなど、不安要素が大きすぎるからな。無論、有用であるかどうか判断する実証実験は大事であることは重々承知しているが、実際に動く俺たちのほうにしてみればなかなかにいい迷惑だ。現に、貴様は本来の記憶を思い出し、我々にとって大きな障害として立ちはだかっている。少なくとも、実験体として処理しておけば、このような事態にはならなかったことは間違いないのだからな』


 正直なところ、竜どもの実験体となっていた頃の記憶は曖昧だ。恐らく、相当に強い薬物の類を投与されていたのだろう。だが、曖昧だからといって、それがいいものであるはずはなかった。とてつもなく不快であったことはこの身体ははっきりと覚えていた。


 それにしても我ながら本当に悪運だけは強いものだ。もともと怪物の血によって発現した力が死からも復活を可能とする再生能力であっただけあって、生存能力だけは誰よりも振り切れている。幾度となく、一緒に戦っていた仲間たちが死んでいった中、自分だけが戻ってきたせいで死神などと言われていたことを思い出した。


『貴様の再生能力については俺も承知している。だが、あの異邦人との戦いで、記憶を取り戻してからの我々との戦いでその猶予は確実に少なくなっているはずだ。あとお前は何回蘇ることができる?』


 ヨハンは強い眼光をこちらへと向けた。


『何回でも構わん。死ぬまで殺し続ければいいだけのことだ』


『まったくその通りだ。誰にだって限界はある。無限なんて存在しない。強大な力を持っているはずのあんたたちだってそうなんだからな』


 どこまでも有限の世界における無限というのは意味のないものだ。だからこそ、ある種の夢でもあるのだが、自分のような戦う者にとってそれは関係のあるものではない。


 そのまま、睨み合いが続く。大きな力を持つ存在同士の睨み合いは、ただそれをしているだけでその場を焦がしているかのようであった。


『いまさらごたごた言ってもしょうがないだろう。さっさとやろうぜ。俺とあんたは、昔はどうであれ、本質的には敵同士でしかないんだから。まあ、俺のことを見逃してここを通してくれるっていうのなら考えるが』


 こちらの言葉を聞き、ヨハンは『ほう』と頷くような声を響かせた。


『この状況において減らず口を利けるとは。その度胸だけは誉めてやろう。偽りであったとはいえ、かつては部下だったのだ。我々に二度と歯向かわないのであれば、見逃してやってもいいが』


『よく言う。それに同意したところで、あんたは背後から俺のことを殺すだろう? そういうことをやるのが、あんたらの仕事なんだから』


 こちらの返答を聞き、ヨハンは獰猛な笑みを見せた。


『まったくもってその通りだ。敵ながらにしてよくわかっているではないか』


『そりゃあ、嫌になるほどわからされたんだから当然だろ』


 お互い、退く気がないなど当然のことだ。そうでなければ、戦いなんて起こるはずもないのだから。


『じゃ、お互い退くつもりなんてないんだから、さっさとやろうぜ。俺としちゃああんたらがいたら、安心して寝ることもできないんでね』


 大成はそう言い、わずかに息を吐いたのち――


 ヨハンが動き出すよりも早く、立ちはだかるその敵を討ち倒すべく自身が持てる力を最大限の威力で放出した。

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