第321話 さらに前へ

 渾身の力を以て放たれた刃は遥か先にある光点を刺し貫く。


 貫かれた直後、ロートレクによって動きを止めていた目玉どもも墜落していった。空を遮っていた障壁は失われる。落ちていった目玉どもは途中でぶれるようにして消えていった。いま戦っていたあの目玉は、竜の力によって映し出されていた実体を持つ幻影のようなものであったらしい。いま破壊した制御装置は、あの目玉どもを映し出すものだったのだろう。実体があるとはいえ、あの目玉どもはそこに映し出されているだけのものでしかないのだから、いくら倒しても減らないのも当然だ。


 竜夫は再び『棺』へと向かって空を進んでいく。


 目玉どもの動きを止めるために前に飛び出していたロートレクとすれ違った。目玉どもの動きを止めるため、その力を使い切った彼もまた地面へと落ちていく。落ちていく彼は、不敵な笑みを見せていた。


「…………」


 竜夫は落ちていく彼を一瞥したのち、そのまま振り返らずに前に進んだ。


 本来であれば、落ちていくロートレクを助けるべきなのだろう。しかし、いまこの瞬間だけはそれは正しい選択ではなかった。彼は自分たちを前に進めるためにその選択をしたのだ。余力を使い切ってまで前に進ませてくれた彼の意思を尊重するのなら、ここで助けることは正しいことではない。


 ロートレクは死ぬつもりはないと言っていた。そう宣言した彼のことを信じよう。せっかく道を切り開いてくれたのだから。


『俺だ。念のための報告だ。ちゃんと生きてる。あとのことはてめえらに任せた』


 先ほど落ちていったロートレクの声が聞こえてくる。死ぬつもりはないという彼の言葉が真実であったことにひと安心した。


 竜夫はさらに前へと進む。『棺』はまだ遠く離れている。新たな敵が現れる前に『棺』まで到達できるのが理想であるが――


 後方から、少し遅れてグスタフたちティガーが追いかけてきていた。ロートレクが離脱し、三人となってしまったが、それでも後方を任せられる相手がいるというのはとてつもなく心強い。


 竜夫はさらに加速する。少しでも、『棺』へと近づくために。


 そのとき、『棺』からなにかが飛び立つのが目に入った。それは、ミサイルのようにこちらへと接近し――


『やはり、あの程度では貴様らを抑えることはできんか』


 こちらを遮るように、灰色の竜が現れた。竜と化したこちらと同じく、本来の力を発揮したその姿は、とてつもなく力強い。その力は、ただそこにあるだけで大気を震わせているかのよう。


 本来の姿を取り戻した竜との戦闘は今回がはじめてになる。本来の力を発揮した竜を相手にどこまでやれるだろう? そう思ったが、灰色の竜によってこちらを遮られている以上、奴を倒す以外先へ進めるはずもなかった。


『たいしたものではないが、お前には借りがある。まあ、わざわざ返すほどでもない借りであるが、やられたままというのはいただけん。というわけだ異邦人。お前をこれ以上進ませない』


 灰色の竜の声はどこからともかく響いてくる。恐らく、竜の力による交信によるものだろう。


『……借り?』


 灰色の竜が響かせた言葉が気にかかり、竜夫はそう返答した。


 いまここで立ちはだかっている竜がどのような人の姿をしていたのかは不明だ。いままで戦ってきた相手はすべて人の姿のままだったのだから。そして、いまの竜どもは人の身体を器として、その本質である魂を転写することでこの世界に存在している。だから、過去に倒したことのある相手が、いまここで再び現れてもおかしくはないが――


『俺はかつて、アルバという軍人崩れの愚か者の身体に魂を転写された。その男のことは覚えているか?』


 灰色の竜の言葉を聞き、竜夫はすぐさま思い出した。


 忘れるはずもない。この異世界に来てはじめて戦った竜の力を持つ人間。人に暴力を振るうことに一切の躊躇がない乱暴者。


『……あんたが、アルバの身体に転写された竜か?』


『そうだ。ごく低い確率で俺たちの魂が転写されてもなお自我が消失しない人間がいるとは聞いていたが、まさか俺がそれに当たるとは思っていなかったがな。まあ、色々といい経験をさせてもらった』


 その言葉から、アルバに対してなにか感情があるようにはまったく聞こえなかった。


『別に、貴様があの男を殺したこと自体は別になんとも思っていない。殺されても文句が言えるような人間ではなかったからな。数少ない実例における実験として、自我が消失しなかった人間の観察をしろとは言われていたが、それ以上の思い入れなど一切なかったが――』


 灰色の竜はそこで一度言葉を止め、力強い視線をこちらへと向ける。


『仮初とはいえ、自分の身体を殺されるというのはあまり気持ちのいいものではなくてな。なにより、人間にやられたままというのは不愉快だ。そして、貴様らは我々の復活の障害となる存在でもある』


 響いてくる灰色の竜の言葉は力強さがありながら、とてつもなく冷徹に感じられた。


『とにかく、俺にはお前を殺すだけの理由があるわけだ。貴様のほうにも我々を殺すだけの理由がある。そうである以上、他に理由などあるまい』


『……確かに、その通りだ』


 向こうはこちらが邪魔。こちらは向こうが邪魔。どれだけ理由をこねくり回そうと、結局のところそこに行き着く。戦いに小難しい理由など必要ない。


『ついでに、貴様らについてきたティガーとやらにも相応しい敵を用意してきた。なんといっても人の身で我々の障害になろうとする愚か者だ。それなりの歓迎は必要だろうからな』


 そう言われ、グスタフたちがいるであろう背後が気になったものの、目の前に立ちはだかる灰色の竜は、一瞬でも目を逸らしたら即座に殺しにかかるのは明らかであった。そのような敵を相手にして、背後を振り向くなどできるはずもなかった。


『さて、話は終わりだ。さっさと本題に入ろう。お前らを撃退しておかないと、俺も休みを取れないんでな』


 灰色の竜はそう声を響かせ――


 大きな翼をはためかせたのち、その力を一気に放出した。

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