第319話 価値を確かめろ

 ――試してみる価値はある。先ほどエリックが言った手段を思い返し、ロートレクは改めてそう考えた。


 依然として数の減らない目玉がこちらへと向かってくる。やられることを一切厭わずに自爆攻撃を仕掛けてくる存在を相手にするのは非常にやりにくい。向こうは自爆に失敗しても被害はほぼないというのに、対するこちらはわずかな失敗が命取りになるという状況。それを延々と続けなくてはならないとはとてつもない綱渡りだ。できる限り、この状況を脱しなければならないが――


 向かってくる数体の目玉を、雷を纏う手甲で叩き落とし、纏った雷を放って迎撃する。すぐさま空を蹴り、その場を離脱。少しでも動きを止めれば、無数の目玉どもに包囲されかねない状況がずっと続いている。やはり、大きな力を得ても数の力というのはとてつもなく偉大だ。取るに足らない雑魚であっても、数さえ集めればそれなりの力になるのだから。


 エリックの言ったあれを検証するにはどうすればいいのだろう? 自分たちが使用している力が竜の力による交信になんらかの影響をしていることは間違いない。問題は、こちらに起こっていた影響を相手にも同じように引き起こせるかである。


 もう一つの問題は、これが実際に可能であるとしても、相当の範囲にその影響を及ぼさなければならないことだ。遠い場所にある制御装置を破壊する猶予を作るのであれば、相当の範囲でそれを引き起こさなければならない。果たして、それだけの範囲に影響を及ぼすことが可能なのか?


 そこまで考えて、アレクセイのことを思い出した。


 自分たちを率いていた、この町を守るためにその命を使い切った英雄である愚かしい男のことを。あいつがやったことと同じことをすれば、相当の範囲に影響を及ぼすことは確実にできるはずだ。だが――


「こんなところで、死にたいとは思えねえなあ」


 そんな呟きが漏れ出した。


 ティガーというのは極めて危険な仕事だ。今日一緒に酒を飲んで騒ぎ明かした相手が、次の日に危険区域に潜って、そのまま二度と戻ってこないということも珍しくない。経験も実力も充分な奴らでもそれはいつだって起こり得る。今日の生存が明日の生存を保証してくれるわけではない。ティガーという仕事はそういうものなのだ。


 だからといって、死ぬのが怖くないかといえばそういうわけでもない。いつだって死の危険があるからと言って、その覚悟ができているからと言って、死の恐怖がなくなるほど、達観できる奴のほうが珍しい。そういう怪人の類はほとんど見た経験はなかった。


 そもそも、死にたいとは思えないから、諦められないからこそこの戦場に立っているのだ。諦めているのなら、竜たちに抵抗などするはずもない。


 たぶん、いつになってもその覚悟などできないのだろう。きっと、今日は死ぬのにいい日ではないと死ぬまで言い続けるのが人生なのだ。


 相変わらず愚直に次々とこちらに突進してくる目玉どもを迎撃していく。倒しても倒しても、その数が減る様子はない。やはり数というのはとてつもなく強い暴力だ。数がなければなにも始まらないと言ってもいいくらいに。


 だが、こちらにはそのようなことをしていられる時間も余裕もなかった。アレクセイの死を無駄にしないためにも、数がいなかろうと余裕がなかろうとやるしかないのだ。なにしろ、今日は死ぬのにいい日なんかじゃあないんだから。


 光線を放ちながらこっちへと向かってくる目玉を、自身の身体の能力で加速させて回避したのちそれらを撃ち落とす。


 別に、奴らを破壊するほどの力は必要ない。必要なのは、あの目玉どもの動きを止めることだ。長い時間じゃなくてもいい。数秒程度でもそれを作ることができたのなら――


 まずは、奴らの動きを本当に阻害できるのかどうかを確認しなければ。これからやることは、それが前提条件である。それが成り立たないのであれば、この策は通用しない。他の手立てを見つけなければならなくなる。


 確かめるだけなら、広い範囲でなくても構わない。あの目玉どもは放っておいてもこっちへと近づいてくる。そのあたりは都合がいい。


 またしても目玉どもがこっちへと向かってくるのが見えた。ロートレクは力を込め、それを放つ。


 変に動きを止めればやられかねない。移動しながら、力を放ち続ける。それだけはなんとしても避けなければならなかった。


 数秒ほど、その力を放ち続け――


 それを受けた目玉どもは破壊されることはなかったものの――


 間違いなく、その動きは阻害されていた。それを見て、前提条件が成立していることが確認でき、ひと安心する。


 しかし、こちらが力を放つのをやめると、目玉どもはすぐに動き出した。奴らを止めるのであれば、ある程度の時間力を出し続けなければならないらしい。ここは少しだけ厄介なところだ。


『俺だ。なんとかできそうだが――』


 ロートレクがそう言うと、エリックは『ああ、こちらも確認した』と言葉を返してくる。


『動きを阻害するには、力を放ち続けなければならないみたいだな。問題があるとすれば――』


『俺たちがどこまでそれをできるか、だな』


 なにしろ、放つ力自体はそれほど大きくなかったとしても、相当の範囲に影響を及ぼす必要がある以上、相応の力を必要とする。それをやったあと、戦力になるだけの力が残っているかどうか。これであの目玉どもをどうにかできたとしても、まだ戦いは終わらない。離脱するには、まだ早すぎるように思えてならなかった。


 だからといって、出し惜しみをしている余裕などあるはずもない。そもそも、相手の力はこちらを大きく上回っているのだ。それを相手にして、余力がどうだの言っていられるはずもなかった。


 どうするべきか? そう問いかけたものの、答えは一つしかない。


『あとのことなんか気にしている場合じゃねえ。仮にここで俺たちが余力がどうの言ったせいで、あいつらが前に進めなかったらなにも意味がねえんだ。それをやった結果、俺たちが離脱することになったとしても、全員やられるよりはいいだろう』


 ロートレクの言葉を聞き、『そうだな』とエリックは短い言葉で返答した。


『俺たちらしくもねえがな。アレクセイのことを言ってられねえよ』


 格好つけた死にかたしやがって、とエリックは呆れたような調子で言う。


『まったくその通りだ』


 エリックの言葉にロートレクも同意する。


 だが、人生に一度くらいらしくないことをするのは悪くない。それなりの年月を生きていれば、誰にだって気の迷いくらいあるものだ。


『俺だ!』


 ロートレクは一緒に戦っている全員に呼びかける。


『俺たちを阻んでいるあの目玉どもだが、動きを止められるかもしれない』


 ロートレクの言葉に、各々が反応を示した。


『できたとしても、最大で十数秒程度が限界だが、それでも大丈夫か?』


 その言葉を聞き、この戦場における最大の要であるヒムロタツオは『なんとかやってみせよう』と返してくる。


『もう一つ、訊いておくことがある。これをやったら、俺たちは戦えるほどの余力はなくなるだろう。それでも大丈夫か?』


『抜けられるのは厳しいが、なんとかする。あんたらは、それに専念してくれ』


 ロートレクの言葉にグスタフが返答する。


『わかった。あとは任せる』


 まさかウィリアムの仲間にこのような言葉を言う日が来るとは。人生というのはどんなものであれ、意外性と驚異に満ちている。


 未来を勝ち取るために、俺は俺にできることをやろう。ロートレクはそう決意し――


 空を蹴り、前へと踏み出した。

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