第318話 もう一つ必要なもの

 この目玉どもを制御している部分を見つけることは、あの死にかけの狂人に任せるとして、こちらとしてはもう一つやらなければならないことがある。


 大空を埋め尽くすあの目玉の攻勢をわずかでも止める方法。遠距離で目玉どもの制御装置を破壊するのであれば、こちらも同様に必須事項である。しかもそれは、限られた手段の中から見つけなければならない。果たして、それを見つけることができるのであろうか?


 できるのか? ではない。できなければならないのだ。それが限りなく小さなものであったとしても。そうしなければ、この戦いを生きて切り抜けることはできないのだから。


 エリックは自身の武器である大槌を担ぎ直す。こちらに向かってくる目玉どもに大槌を振り下ろした。大槌の重量によって数体の目玉が一気に叩き潰される。


 しかし、依然として目玉どもは減る様子はない。こちらが倒したとしても、すぐにどこからか供給されているようだ。このまま目玉と戦っていたのでは、先に限界が訪れるのは間違いなくこちらである。


 光線を放ちながら向かってくる目玉を迎撃しながら、エリックはカルラの町がある方向へと目を向ける。


 あの死にかけの狂人が奴らの制御装置を見つけてくれることを信じるしかない。その時まで、徐々に押し込まれつつある戦線をなんとか押しとどめる以外できることはなかった。


 エリックは破壊を恐れることなくこちらへと特攻を仕掛けてくる目玉を、自身の能力を応用した加速を用いてすんでのところで回避。その直後、目玉は爆発して弾け飛んだ。爆風と共に飛んでくる目玉を構成していた破片を、放電を行うことで防いだ。


 それにしても一切の躊躇なく自爆を仕掛けてくる敵というのはとてつもなく恐ろしい。以前竜の遺跡にてこれと同じようなタイプの敵と戦ったことを思い出す。わずかな気を緩んだところで、一緒に探索をしていた別のティガーたちの一人がそいつらの自爆に巻き込まれて無残な肉片と化したことがあった。そのときはなんとかなったものの、あの手の奴らと戦うのは二度とごめんだと思ったものだ。


 そして、いま戦っている目玉どもはそれよりも遥かに悪辣だ。遮るものもなにもない空という場所で、無限と思えるくらいの供給がされる戦力を存分に利用して次々と突っ込んでくる。しかもこちらは空での戦闘は慣れていない状態だ。唯一の救いは、一緒に戦っている奴らが過去と比べても最高といってもいい実力者たちであることだが。


『ロートレク、そっちはどういう状況だ?』


 あの死にかけの狂人から教わった、竜の力による交信を用い、別部隊で戦っている仲間へと語りかけた。


『酷い状況だ。倒しても倒しても数が減らねえってのは色んな意味でつらいな』


 どうやら、向こうも似たような状況であるらしい。


 その直後、またしても目玉どもが襲いかかってくる。単体での戦闘能力こそたいしたものではないが、それが数えるのも億劫になるくらい大量にいると、こちらの体力が有限である以上、とてつもない脅威となる。


 エリックは向かってきた数体の目玉を処理するため、再び自身の能力を応用した加速を行う。これは自分の身体を無理矢理加速させるものであり、身体にはそれなりの負担がかかる。できることなら多用したくないところであるが、これだけの物量を相手にしている状況ではそのようなことは言っていられない。


 加速して距離を取ったのち、自身が担いでいる大槌に力を溜め、それを一気に放出する。雷の衝撃波が放たれ、向かってきた目玉どもを一挙に破壊。


 しかし、その数は一向に減る様子はない。依然として、どこかからあの目玉どもは共有され続けている。


『ロートレク、なにかいい案はないか? ちょっとしたことでもいい。あったらなにか――』


 そこまで言ったところで、ロートレクとの交信が途切れていることに気づき、嫌な予感が背中を走り抜ける。まさか、奴になにか? そう思ったところで――


『すまない。なんだかわからんが、交信が切れていたらしい。なにか言ったか?』


 その直後、ロートレクの言葉が返ってきた。どうやら、奴との交信はなにかによって途切れていたらしい。奴がやられたことによって不通になったのではないとわかり、少しだけ安堵する。


『そっちになにかいい案がないかと思ってな。あの目玉どもを制御している場所がわかっても、目玉ども少しでも止められなきゃ狙うこともできないからな』


『いや、悪いが――』


 そこで再び交信が切れた。先ほどと同じく、なんらかの影響によってこちらと奴との繋がりが途切れたのだろう。地上で練習を行っていたときはこのようなことは起きなかったのに。これも、あの目玉どものせいなのか?


『あるのなら、こっちが教えて欲しいところだ。奴らだって、完全無欠ではないはずだ。あの目玉どもを作ったであろう竜たちだってそうだったんだからな』


 一度途切れてから数秒ほど時間が経過したところで、ロートレクとの繋がりが復帰する。この力はとてつもなく便利ではあるが、いまのような状況でこう頻繁に途切れてしまうのだけはいただけない。なんとかしたいところであるが――


 とはいっても、この交信が竜の力によるものであること以外なにも知らない以上、いまここでどうにかできるとも思えなかった。だとしても、突然途切れてしまうのはとてつもなく心に悪い。地上での練習では起こっていなかったのだから、なにかしら原因があるはずだが――


 もしこれが、あの目玉どもによって引き起こされているのであれば、どうすることもできない。だが、別の要因でそれが起こっているのなら、なんとかしうる可能性はあるはずだ。


『一つ訊きたい。さっき起こった交信が急に途切れる現象、他の奴らとやったときにそれが起こっているか?』


『いや――いまのところ起こった覚えはない。お前とやったときに起こったはずだ。距離の問題か?』


 ロートレクの言葉を聞き、エリックは思案する。


 確かにそれはあり得るかもしれない。いま自分たちが戦っているのは広大な空という空間だ。こちらが思っている以上に距離がある。無線でも距離が離れていれば離れているほど通信環境は悪くなるものだ。そういった問題が、この竜の力による交信においても起こる可能性は充分にあるだろう。


 そこまで考えたところで、エリックは首を振ってそれを否定する。


 突如、交信が途切れたのはいつのことだった? それは――


『いや、俺たちの通信が途切れたのは、距離の問題じゃないかもしれない』


 エリックの言葉を聞き、ロートレクは『なに?』と怪訝そうな声を響かせた。


『まだ確証があるわけじゃあないが、俺たちの間で起こった瞬断は、もしかしたら――』


 エリックは先ほど思い至った原因かもしれないものを告げる。


『……本当か?』


 エリックの返答を聞いたロートレクは驚きの声を響かせた。


『わからん。ただそうかもしれないって思っただけだ。だが、もし本当にそれが原因であったのなら――』


 俺たちであれば、あの目玉どもを止めることができるかもしれない。それをロートレクに告げる。


『だが、できるって決まったわけじゃねえ。確証はしっかりとる必要がある。厳しい状況だが、それが本当にできるかどうか、試せるか?』


『いいぜ。やってやろうじゃねえか。どうせこのままじゃあどうにもならねえんだ。やってみる価値は充分にあるだろうしな』


 ロートレクの言葉から強さが感じられた。


『それじゃあそっちは頼む。俺もこっちで試してみる。なにかったらすぐ連絡してくれ』


 そう言ってロートレクの返答を聞いたのち、交信を打ち切った。


 エリックはこちらを遮る壁のように宙を漂う無数の目玉どもを改めて見据えた。


 やるだけやってみよう。どうせこのままではやられてしまうのは確定なのだ。であれば、少しでも可能性があるのなら、試してみる価値くらいはある。


 奴らから目を背けるな。先ほどロートレクに告げたあれが本当にできるのかどうか、確証を取らなければならない。


 エリックは担いでいる大槌に力を溜め――


 それを思い切り振り回し、力を放った。

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