第306話 空へと至るために
これからどうするべきだろうか? 大成は陽の光は一切射しこまないにもかかわらずほんのりとした明るさに包まれている竜の遺跡内部を進みながら、それについて考える。
竜の遺跡は籠城するのに適した場所だ。都市並みの設備が整っていながら、侵入経路は限定されていて、なおかつ異空間であるため直接的な空爆などを受ける可能性がない。ここへ侵入するのであれば、ここと繋がっているカルラの町の転移装置を使うよりほかにない。空に浮かぶ巨大建造物――『棺』の影響も受けにくいはずである。現状、この場所はかつて自分がいた駐屯地よりも遥かに設備が整っているが――
とはいっても、外部からの補給を受けずにずっと籠城を続けていられるはずもない。なにより、籠城というのは慣れていない者にとってはなかなか厳しいものである。いまはまだ大丈夫であったとしても、いつ終わるのかがある程度見えてこなければ、いずれ破綻が生じるのは明らかであった。
この状況をなんとかするのであれば、竜たちの脅威を排除する以外ほかに道はないのだが――
「問題は、敵の本拠地が空にあるってことだ。あれへの侵入をどうするか――だな」
竜に変身すれば、侵入を試みること自体は可能だろう。『棺』とやらがどの程度の高さにあるのかは不明であるが、竜に変身したこちらが到達し得ないところではないはずだ。だが、竜に変身したからと言って侵入ができるわけではない。帝都の上空に浮かぶ『棺』は間違いなく侵入者に対する迎撃装置があるはずである。それも恐らく、竜という超常的な存在の侵入を阻止できるほどのもののはずだ。静かにこの国を乗っ取った竜どもがそのあたりのことを想定していないとは思えない。
「ブラドー。いまの俺たちが『棺』に真正面から侵入を試みたとして、成功するのはどれくらいだ?」
大成の言葉を聞き、ブラドーは少し間を置いたのち『そうだな』と声を響かせる。
『相当甘く見積もったとしても、二割もないだろう。あれが想定している迎撃能力は、相当数の竜の軍団を相手にして撃退を可能とするものだからな。はっきり言ってお前ら二人だけで真正面から侵入使用するのは、無茶とすら言えん』
「……だよな」
それはあらかじめわかっていたことであったが、改めてそう聞かされると気持ちがどんよりと曇ってくる。すぐにでも絶対にやらなければならないが、いまの状況ではどうすることもできないというのはなんとももどかしい。
あれが上空に浮かんでいなかったのであれば、ウィリアムをはじめとしたこの町にいる腕利きのティガーたちの助力を得ればなんとかできたかもしれないが――そのように思ったところで『棺』が上空に存在しているという現実が変わってくれるはずもなかった。
「なにか、いい手段はないか?」
『残念だが、いまのところは皆無だな。そんなものがあれば提案ぐらいはしているさ』
ブラドーは呆れるような声を響かせた。
間違いなくブラドーの言う通りだ。彼とは一蓮托生である以上、そのようなものがあれば黙っているはずもない。冷静なブラドーがわざわざ自身にとっても不利になるようなことをする理由などあるはずもなかった。
やはり、自分と氷室竜夫以外にも上空で戦うことができる戦力が必要だ。しかし、そのようなものがすぐに見つかるとは思えなかった。そもそも、人間というのは地に足をつけて生きるものである。空を飛ぶこと自体が異端であると言ってもいい。なんとかしたいところであるが――
「ティガーたちは俺たちが『棺』への侵入を試みるにあたって、頼りになると思うか?」
『戦闘力的には頼りになると思うが――それはあくまでも地上での話だ。空対空での戦闘で戦力になる者は間違いなく少ないだろう』
やはりそこがネックか。地上で戦えるからと言って、空を飛べるようになるわけではないし、ましては空を飛びながら戦えるようになるわけでもない。
だが、いま頼れそうなのはティガーたち以外にあるとも思えなかった。竜たちはもうすでに表立って動き出している。少しでも早くなんとかしなければならない。自分たちのためにも、そして自分たちに協力をしてくれたこの町の人たちのためにも。
「…………」
しばらく無言のまま考えてみたものの、急になにかいい案が出てくるはずもない。ここで出てきてくれるのなら、とっくの昔に出ているだろう。物事というのは基本的には積み重ねだ。なにも積み重ねていないところから、急に湧いて出てくることは滅多にないものである。
考えれば考えるほど、詰みに近い状況に思えた。『棺』の浮上をなんとか阻止できていればなんとかなったかもしれないが、浮上の阻止などできるはずもなかった。なにしろあれは、帝都の地下深くに隠されていたのだから。
この町での戦いを終えて五日。外は一体どのような状況になっているだろう? 竜たちが本格的に動き出した以上、その手は他の都市にも及んでいるはずだ。ここでの勝利はなんとか勝ち取ったものの、他の場所はどうなっていたのかは不明だ。いや、恐らく制圧されている場所はほとんどであろう。なにしろ竜は、人間を遥かに凌駕する力を持っているのだから。
思い詰めるのはよくないとわかっているのだが、事態を早急になんとかしなければどうにもならない以上、嫌でも考えてしまう。そして、すぐに同じ結論に帰結する。自分たち以外の戦力が必要であること、自分たちだけで突入を試みるのは無謀であることに。
「……くそ」
小さな声で大成は吐き捨てた。
やはり、自分たちだけで突入を試みるしかないのか? このままうだうだ考えているより、それをしたほうがいいのではないかと思える。
上を仰ぐと、間接照明のようなほのかな光が目に入った。それは、蛍光灯やLEDといった人工的な明かりとはまったく違う優しげに思える輝きを放っている。それを見ていると、少しだけ心が落ち着くような気がした。
『いまの状況はお前一人が考えたとしてもどうにかできるものではない。諦めろというつもりは一切ないが、思い詰めるのは心にも身体にもよくないというのは覚えておけ』
「わかっている――つもりだけど、どうしてもな」
『とりあえずいまは気分転換でもしておけ。思い詰めたところで、どうにかできる問題でもないからな。なにか他のことをしていれば、なにか思いつくという可能性も否定できん』
「……そうだな」
大成は短くそう返答し――
遺跡の至るところにある優しげな光に目を向けながら歩き出した。
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