第305話 七難八苦
カルラの町を襲った未曽有の脅威はなんとか退けた。だが、それで苦難は終わったわけではない。竜と異形の大樹によって決して少なくない数の住人が消え、町の半分以上が壊滅したのだから。
せめてもの救いは、カルラの町と接続されている竜の遺跡内部に、もう一つの町といってもいい規模の探索拠点があったことだろう。竜の遺跡内部にある探索拠点は極めて広く、住人の多くを収容でき、さらには都市と遜色ない設備が整っている。避難場所としてこれほど恵まれた場所はないといってもいい。
とはいっても、竜の遺跡の内部の拠点はあくまでも探索を行う者たちの拠点である。半年以上から一年といった長期にわたって滞在する場合もあるものの、数年単位で滞在することは想定していない。カルラの住人達はもともと竜の遺跡と近い場所にあり、なんらかの形でそこへ足を運ぶことも珍しくなかっただろうから、しばらくは耐えられるだろうが、それでもいつか必ず限界は来るだろう。そのため、町の復興はいますぐにでも行うべきであるが――
この国を静かに侵略していった竜たちの脅威を考えると、現状、ここから出るのは危険だ。竜たちの目的は不明だが、奴らのやり口をみれば、人間など取るに足らないものと考えているのは明らかであった。根本的にその脅威を取り除けなければ、町の復興も叶わないだろう。なにしろ、この国はもうすでに竜によって乗っ取られたに等しい状況なのだ。それを考えると、竜どもがこの町の復興に手を貸してくれるとは思えなかった。
しかし、町の復興はいつかやらなければならないことである。竜の遺跡内部の拠点の設備が整っているのだとしても、外部と完全に断ち切られた状況でその機能を維持できるはずもない。このままの状況は続けば、いつか必ず破綻が訪れる。そのためには――
氷室竜夫は、ほのかに光を放っている竜の遺跡上部の壁面へと目を向ける。
この外の上空には依然として竜たちが現世に復活するために必要な装置である『棺』が浮かんでいるはずだ。あれをなんとかしなければ、竜たちの脅威を退けることはできない。いままで現れた竜たちは、あの上空に浮かぶ『棺』のどこかにある本体から人間に対しその魂を転写された存在だったのだ。元を断たない限り、器さえ用意できれば何度でも蘇ることができる。いままでのように現れる刺客を倒しているだけで状況が変えられるはずもなかった。なんとしても、あの『棺』を破壊しなければならないが――
問題はあの『棺』にどうやって入り込むかである。なにしろこれだけ離れた場所からでもはっきりと見えるほど巨大な建造物だ。恐らく、要塞のごとく固められていることは明らかだろう。侵入しようとするものを排除する防衛兵器の類を備えているのは確実だ。
一応、侵入できうる手段自体はある。考えるまでもなく、竜に変身することだ。いや、それしかないと言ってもいい。この世界に飛行機の類があったとしても、超常の力を持つ竜たちによって建造された要塞を潜り抜けることは間違いなく不可能だ。いや、そもそも竜に変身しても、あの『棺』に乗り込めることができるかどうかもわからない。奴らは恐らく、自分たちの力を基準にして迎撃システムの構築しているはずだ。であれば、こちらが力を解放して竜と化したとしても、その迎撃システムを突破できるかは怪しい。なにか、少しでも突破口となり得るものがあればいいのだが――
カルラの町を襲った脅威を退けてから五日経過したいまとなってもそれは見えてこない。早くなんとかしなければと思うのだが――
そこまで考えたところで、ふとこの町以外の場所がどうなっているのか気になった。『棺』の浮上によって帝都が壊滅したことを考えると、その影響は他の大都市にも波及していることは間違いない。
なにより、『棺』の浮上によってこれまで静かに動いていた竜たちが表立って動くようなっているはずだ。この町でティガーを有用な検体として攫っていたことを考えると、他の街にもそういった手が伸びていることは想像に難くない。本格的に動き出した竜たちによって完全に制圧されている街があったとしてもおかしくなかった。下手をすれば、ほとんどの都市が竜によって制圧されていることを考えられる。
そういった動向を調べられる手段があればいいのだが、この世界に自分がいた現代のようにインターネットのようなものがあるとは思えなかった。なにより、国全体が動乱に巻き込まれている状況である。そのような状態でも機能するような情報網などありそうになかった。恐らく竜どもは新聞社などにも入り込んでいるだろう。そのような状態で、正確な情報が手に入るはずもない。
考えれば考えるほど、厳しい状況であった。もはや盤面は竜たちによってほぼすべて支配されている状況だ。そして、そのような状況においては、一発逆転など不可能に等しい。一気に逆転する起死回生などできるはずもなかった。
だからといって、諦められるはずもない。竜どもをどうにかできなければ、どうすることもできないのだ。世界を守ろう、なんて大それたことを言うつもりはない。竜の力があったとしても、所詮は一人だ。一人でできることなんて、万能で全能でなければ限られている。できることは、自分のまわりにいる大事なものを守るくらいだろう。そもそも、それすらできるかどうかも怪しい。
考えれば考えるほど、嫌なものばかり湧いてくる。楽観的に考えたほうがいいとわかっているのだが、楽観的に考えられるような余裕などまったくなかった。
「タツオか。どうしたこんなところで?」
声が聞こえ、その方向に振り向くと、そこにはウィリアムの姿があった。この町の脅威を退けた英雄の一人。
「少し、考えごとを」
竜夫が言葉を濁しながらそう返答すると、ウィリアムは「そうか」とだけ言い、それ以上追及はしてこなかった。
「俺たちにできることがあれば遠慮なく言ってくれ。俺たちはお前らに助けられたんだ。少しでもその恩を返しておきたいからな」
ウィリアムの声は明るかったものの、そこからはどことなく疲れが感じられた。彼もこの町を襲った脅威を退けるために戦い、そのあとも休む間もなくこの町の復興のために動いているのだ。
「そちらはうまくいっていますか?」
「まだ、なんとも言えないな。なにしろ、この国全域が混乱している状況だ。これからどうなるかはまったくわからない。こういったことに関しては、俺よりもアレクセイのほうが上手かっただろうな」
その名前を聞き、少しだけ胸が痛くなった。この町を救うために、文字通り己のすべてを投げ出した人の英雄。彼がいなかったら、この町はきっといまのようになることすらできなかっただろう。
「アレクセイさんの葬儀はやるんですか?」
「無論、そのつもりだ。だが、それをやるのは復興の目処がついてからにしようと思ってる。たぶんあいつなら、俺の葬儀に金と時間を賭けてる暇と余裕があるなら別のことをやれ、って言ってただろうからな」
ウィリアムは遠くを見ながら言葉を紡ぐ。そこには、彼らの間にあったこちらには推し量ることができない『なにか』があるように思えた。
「確かに、そう言いそうですね」
アレクセイとの付き合いはほんの数日程度でしかなかったはずなのに、そう言っている姿が容易に想像できた。
「それじゃあ、俺はそろそろ行くとする。邪魔をして悪かったな。あまり、深刻になるなよ。深刻すぎるのは心にも身体にもよくないからな」
そう言ってウィリアムは足早に離れていく。彼の姿はすぐさま拠点内を行き交う人々の中へと紛れていく。
ウィリアムの言葉は正しかったが、楽観的になったからといってとてつもなく厳しい状況が変化してくれるわけでもなかった。
これから、どうするべきなのだろう? 竜夫はもう一度ほのかに光を放っている遺跡の上部へと目を向けたのち――
ゆっくりと息を吐いたのち、再び歩き出した。
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