3章 空へ

第304話 覇権

 帝国元帥ヴィクトール・ヴィドゲンシュタインは、いま自身が中座する『棺』の執務室から地上を見下ろした。そこに存在しているのは、『棺』の浮上によって中心部に大穴が空き、崩壊した帝都。


「復活した我らの素体として有用な人間が多く失われたのは損失であるが、問題はあるまい。何事にも犠牲は必要だ。なにより、人間の繁殖力というのは目に見張るものがある。放っておけば勝手に増えていくだろう」


 すべては計画通り。いまのところ自身が企てた計画通りだ。


 とてつもなく長い時間はかかったが、我々の目標は達成しつつある。滅びを予言された我らの復活。その悲願は、手が届く場所まで来ているが――


「他国の状況はどうなっている?」


 ヴィクトールは首席補佐官のジェラール・バロウへ話しかけた。ヴィクトールの声を聞き、ジェラールはすぐに反応する。


「大陸主要国の共和国、連合王国、連邦の中枢には我々が入り込み、掌握している状況でございます。主要国以外のいくつかの国々については浸透しきっているとは言えない状況ですが、『棺』が浮上し、主要国を我々が掌握している以上、その制圧も時間の問題でしょう。大戦によって疲弊した小国のほとんどは主要国と対立できるほどの国力は有しておりませんから。圧力をかけ、動きを封じているうちに『棺』による制圧で問題ないかと思われます」


 ジェラールは澱みなく、淡々と言葉を紡ぐ。その言葉を聞き、ヴィクトールは「よろしい」と短く返答。そこには不満はない。すべては自身が打ち立てた計画通りに進んでいる。


「大洋を隔てた合衆国と島嶼連合については、こちらの大陸の制圧を優先した関係上、完全に掌握できるほど我々の手が入り込んでいる状態ではありませんが、いくつかの部門において中枢に近い部分まで入り込んでいます。いまの状態でも時間稼ぎくらいはできるでしょう。合衆国については慎重にことを運ぶべきかと思いますが、島嶼連合については情勢がまだ完全に固まっていない新興国のため、中枢に入り込み、掌握するのはそれほど難しくありません。こちらの大陸の制圧が終わり次第、合衆国の議会掌握を進めるのがよろしいかと思われます」


「合衆国制圧にあたってなにか障害となる人物、事象などはあるか?」


「議会にこちらの動きを不審に思っている者が幾人かいるようですが、彼ら自体に我らに対抗できるだけの力はありませんから、極論を言えば強行的な手段による解決は問題なく可能です。できることならこちらの主要国と同じように我ら手先を送り込み、根回しと地固めはしておいたほうがいいかと思われますが」


「どちらにせよ、こちらの大陸の完全掌握にはまだ時間がかかる。『棺』の浮上は合衆国も把握しているはずだ。遅かれ早かれ合衆国に『棺』による制圧は必要になってくる。取れる手段は多いに越したことはない。こちらの掌握が終わるまで、合衆国中枢への浸透作戦は進めておけ」


 ヴィクトールの命令を聞き、ジェラールは「了解いたしました」と簡潔に返答する。


「わかっているとは思いますが、いま我らの障害となり得るものは合衆国でも島嶼連合でもありません」


「ああ。あの異邦人どもだろう?」


 あの婆と異端者の力を得た異邦人ども――いまこちらを脅かしうるのはそいつらだけだ。たった二人ではあるが、侮るものではない。なにしろ奴らはこれまでこちらが放ってきた刺客をすべて退けているのだ。万が一、ということも否定しきれない。


「奴らの動向は?」


「異邦人どもがいたと思われるカルラに放った刺客はやられました。それと同時に進めていたティガーの移送を行っていた要員もやられてしまったようです。ティガーに関しては充分な数は確保できましたが、異邦人どもを放っておくわけにはいきません。このままではいずれ、我らの目的を阻むものとなるでしょう」


「そうだな。では、どうする? 再び奴らを始末するための刺客を送るか? 何度も送った刺客を退けられている以上、同じような手段を取るべきではないと思うが」


 たった二人でしかないとはいえ、戦力としての奴らは相当なものだ。いままでの状況を考えれば、生半可な要員では簡単に退けられてしまうのは目に見えている。


「そうですね。あの異邦人どもを始末するための要員をまた送るのはあまりいい手段ではないでしょう。無論、異邦人どもは二人だけですから、戦力を逐次送り続けていれば、いずれ限界を迎えるでしょうが、もっと手っ取り早くかつ効率的に始末できる手段があれば、そちらを取るべきです。いくら我々が器になるものがあればいくらでも復活が可能であると言っても、非効率に物事を進めていくのは好ましくありません」


「では、なにかいい手段はあるか?」


「そろそろ、この帝都に残っていた人間への転写が完了します。であれば、こちらから出向いてもいいでしょう。どちらにせよ、『棺』による大陸全域を対象とした大規模制圧作戦を行う必要がありますし、『棺』には通常兵器も搭載しておりますから」


「いいだろう。帝都の制圧が終わり次第、『棺』を稼働させ、異邦人どもが潜んでいるカルラへと進軍しろ。進軍の開始まで、どれくらいかかる?」


「余裕を考えるのであれば十日というところでしょうか。早めろというのであれば、早めるのも可能ではありますが」


「いや、いい。無理に早めた結果、こちらの足もとが掬われるという可能性もあり得るだろう。その代わり、十日で万全の状態にしろ。奴らさえどうにかできてしまえば、我らを阻めるものはない」


「了解いたしました。そのように指示を出します」


 ジェラールはそう言ったのち頭を下げ、執務室をあとにする。


 あと少し。あと少しで我らの復活を果たせるのだ。避けようがないと予言された滅びを否定するために賭けたすべてが戻りつつある。


 それを果たすために、もはや進み続けるよりほかに道はない。


 ヴィクトールはもう一度地上を見下ろしたのち、執務室にある自身に机へと戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る