第275話 雷と斬撃

「その勢いのよさは悪くない。だが――」


 仕込み杖を持つ男は冷静にそう言い、先頭を行くロートレクに合わせて踏み込んで斬り払う。その斬撃は空を斬るという表現が誇張ではないほどの鋭さを誇っていた。その斬撃によってロートレクは大きく後ろに弾き飛ばされた。


 ロートレクを弾き飛ばした男はすぐさま切り返し、横から迫ってきていたエリックへ向かって踏み込んだ。男の仕込み杖とエリックの大槌が激突。男が持つ仕込み杖は圧倒的に重さで優っているはずの大槌を容易く押し返した。エリックは押し返されることを予測していなかったのだろう。エリックはそのまま姿勢を崩される。


 二人を退けた男は止まらない。二人の背後から矢を放とうとしていたアレクセイへと迫る。アレクセイは矢を放つ。三本の同時発射。放たれた矢はまさに雷撃に等しい。


「…………」


 男は無言のまま、速度を落とすことなく雷撃のごとき三本の矢を回避。一本を弾いて軌道を逸らし、残りの二本をすり抜けるように避けた。その動きはもはや神域へと到達していると表現しても差し支えないもの。矢を回避されたアレクセイに男が迫る。


 しかし、アレクセイは冷静であった。矢を放ってできた隙を消し去るかのごとく加速して高速移動。振るわれた仕込み杖は空を斬った。距離を取り、再び矢を射る。今度は、わずかな間を置いた三連射。雷撃のごとき矢が再び男に迫る。


「自身の能力を応用した加速か。なかなか面白いことをする。だが――」


 わずかな間を置いて放たれた三本の矢を男は仕込み杖ではたき落とす。その動きは明らかに人智を超えていた。仕込み杖を持つ手が増えたと錯覚させるような動き。同時に三つの斬撃を放ったとしか思えないものであった。


「自身の能力で無理矢理加速させるのは負担が大きかろう。強化された肉体あれば多少の無理は利くだろうが――多用はできまい」


「…………」


 こちらがなにをしたのかひと目で見抜き、その弱点を看破した奴の洞察力は恐るべきものであった。奴の言う通り、電気を操る力を応用しての加速能力は身体に負担がかかる。多用しすぎれば、通常よりも強い肉体を持つティガーであっても再起不能になりかねない危険なものだ。できることならここぞという場面で使うべきであるが――


 この男を相手にして、そうしていられるとは思えなかった。奴は強い。いままで戦ってきたなによりも。そんなものを相手にして、出し惜しみなどしていられるはずもなかった。


「これならば予想以上に楽しめそうだ。さて、次はなにを見せてくれる? 遠慮の必要はない。汚い手段も、非道な手口も思う存分使うといい。そのすべてを退けてやろうではないか。せっかくこの世に蘇ったのだ。さらなる高みを目指すのであれば、その程度の試練は必要だからな」


 淡々と言う男の言葉には圧倒的な自信が感じられた。とてつもなく強固な強者の風格。三対一という通常であれば圧倒的な有利な状況であるにも関わらず、こちらが勝つ未来がまったくといっていいくらい見えないほどであった。


 それでも退くことなどできるはずもない。奴を打ち倒さなければ、自分たちに未来はないのだから。ここで退けばその場を切り抜けることができたとしても、一時しのぎにしかなり得ない。再び押し寄せる竜どもによっていずれ敗北することは確実である。未来を勝ち取るのであれば、なんとしてもここで勝利しなければならないが――


 この男をどのようすれば倒せるのか、それがまったく見えてこない。どのような手段を尽くしても平気な顔をして乗り越えてくるように思えてならなかった。


 どうする?


 他の二人もそう考えていることだろう。圧倒的な実力を持つこの男を倒しうる方法。だが、そのような都合のいいものが突然見えてくるはずもない。戦いの最中にそのような天啓が生まれることなど滅多にないのだ。それは、命を賭けた状況の中でしっかりと積み上げてきた者だけにしか見えないものである。いまこの時点において、その積み重ねがあるとは思えなかった。


「この……」


 苦々しい調子でロートレクが言い、両腕に雷を纏わせて男へと接近。先ほどアレクセイも使用した自身が持つ能力を応用しての加速。ロートレクの動きはまさに雷撃そのもの言ってもいいくらい鋭いものであった。距離を詰め、懐へと入り込んだ拳を放つ。雷によってさらなる加速をさせ、大砲のような威力と、人智を超えた速度を両立させた渾身の一撃。


 しかし、それだけの鋭い動きを見せてもなおこの男は揺るがない。ロートレクがどのように動くのかはじめから把握していたかのように加速された拳を防いだ。よろめかせることすら叶わなかった。ロートレクの渾身の一撃を容易く防いだ男は何事もなかったかのように反撃。仕込み杖が振るわれる。軽く振るわれたようにしか見えなかったのに、踏み込んでいたロートレクを押し返す。


 押し返されたロートレクとすれ違うようにしてエリックが接近。雷を纏った大槌を振り下ろす。高高度から巨大な鉄塊を叩きつけたかのような重撃。ロートレクを打ち払ったあとにできた隙を狙ったものであったが――


 奴の時間だけが急に飛んだかのごとく、ロートレクを打ち払ってできていたはずの隙が消えたかのように、男は仕込み杖でエリックの重撃を受け止める。わずかな後退すらもしなかった。大槌を受け止めた男は前蹴りを放ってエリックを押し戻してよろめかせる。あの細い身体のどこにそれほどの力があるのだろう? 想像もつかなかった。そのままエリックを狙うかのように思えたが――


「後方からの射撃というのは厄介なものだ。先に処理するのが妥当であろう」


 男はよろめかせたエリックではなく、その背後にいるアレクセイを狙ってきた。押し返されたロートレクとよろめかせたエリックを飛び越えてアレクセイへと接近。ノコギリのような刃を持つ仕込み杖が振り下ろされた。


 アレクセイは後方で矢を射る自身を先に狙ってくることを予想していた。能力による加速はせずに、後ろに飛んで仕込み杖を回避し、矢を番えて放つ。それは、男の身体へと吸い込まれるように向かっていく。


 だが、再び時間が飛んだかのごとく一瞬で体勢を整え、本来であれば奴の身体を貫いていたはずの矢を弾き飛ばした。弾き飛ばすと同時に地面へと着地し、水流のごとき澱みのない動きで後退したアレクセイを追撃。


 アレクセイは能力による加速を使用して高速移動。追撃を避けて距離を取る。能力の応用による無理矢理な加速によって身体が悲鳴を上げた。四肢に筋肉が切断されるような痛みが走る。


 そこで姿勢を崩されていたロートレクとエリックが復帰。偶然、男を囲むような陣形となった。三人のうち、誰か一人が死角を取れるような形。死角を取れるのはわずかなものではあるが、戦いにおいてそのわずかな時間であっても圧倒的な優位となるものであるが――


 囲むような状態になってもなお、この男を倒しうる風景は見えてこない。死角を突いてもなお、平気な顔をしてこちらを上回ってくる未来しか見えなかった。


 圧倒的に優位な状況のはずなのに、こちらの状況ばかりが厳しくなっているように思えてならない。いまの状態が続くのであれば、先に消耗しきるのはこちらであろう。三対一の優位が崩れたら、こちらの敗北は約束されている。


 くそ。アレクセイは心の中で悪態をつく。もう一人――仲間であるアンドレイがいればまだ状況は変わっていたかもしれない。だが、そのようなことを考えたところでどうにかなるわけでもなかった。どうにかして、いまの状況で奴を打ち倒さなければならない。


「囲まれるというのは嫌な状況でもあり、心が躍る状況でもある。せっかく誰かしらが死角を取れる状況になったのだ。責めるのが筋ではないのかね?」


 その言葉は余裕に満ち溢れていた。奴には、囲まれてもなおそれを突破できる自信があるのだろう。奴の実力的に、一人でも欠けたらこちらが敗北するとなると、そう気軽に動くことはできなかった。


 そのまま睨み合いが続き――


 人と竜の戦いはさらなる混沌へと進んでいった。

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