第274話 変転
二本の剣を携えたグスタフが圧倒的な存在感を持つ黒衣の男に接近。剣の間合いで黒衣の男を捉え、左手に持つ赤い剣を振るう。音もなく燻ぶる赤い剣は鮮やかな軌跡を描きながら黒衣の男へと迫る。
「悪くない。紛いものとはいえ、なかなか侮れないものだ」
黒衣の男は感心するようにそう言い、身に纏う黒衣を翻しつつ、どこからともなく剣を引き抜き、グスタフの一撃を防ぎ、打ち払った。
「……っ」
虫を払うかのように振るっただけなのに、グスタフはいともたやすく数歩分後方へと押し返された。それはいままで戦ってきた数多くの敵よりも重く強いもの。ただそれだけで、いま自分たちが戦おうとしている敵の強大さを理解させる。いま目の前にいるこの存在は、これまで戦ってきたなによりも強い。
グスタフを打ち払った黒衣の男は力強く大きく踏み込み、距離を詰め、剣を振り下ろしてきた。真上から強襲するそれは否が応でも自身の死を予感させるほど鋭く、そして禍々しいものであった。
グスタフは自身に迫りくる死を横に飛んで回避。地面へと振り下ろされた剣からの衝撃が伝わってくる。それは容易に受け止めようとすれば剣ごと自身の身体を両断させられると予感させるものであった。
グスタフが横に飛ぶと同時に、剣を振り下ろした黒衣の男のまわりに火種が出現。ロベルトが生み出した火種。それを見たグスタフは後ろへと退避。その直後、火種は弾き飛び、巨大な爆炎へと変化し黒衣の男を一気に呑み込んだ。
普通の敵であれば、これで終わりだろう。だが、警戒を解くことはできなかった。あれだけの力を持つ存在がこの程度でやられてくれるはずもないと思ったからだ。そもそも、この程度でやられるのであれば、タイラーたちが圧倒されるはずもなかった。
「所詮は人間と思っていたが――思っていた以上にできるようだ。これは考えを改めないといかんな」
その言葉が聞こえると同時に、黒衣の男を呑み込んでいたはずの爆炎が吹き飛ばされる。爆炎に包み込まれていたはずの黒衣の男は無傷であった。それどころか、身に纏うその黒衣すら傷一つついていない。
「できることなら貴様らの力を我が物にしたいところであるが――お前らティガーは復活せし我らがさらなる前進をするために必要となるものだ。であれば、私的に利用するわけにもいくまい。それだけは実に残念であるが、まあいいだろう。いずれ似たようなものは手に入る。いますぐ求める必要もあるまい」
黒衣の男の手には、先ほど握られていたはずの剣が消えていた。先ほどの攻撃で破壊されたのか、それとも自ら手離したのか。
「…………」
それを見てグスタフは戦慄を覚えた。いつどのタイミングで行動を起こし、ロベルトが放った爆炎を防いだのかが見えなかったからだ。火種が発生した瞬間、奴は振り下ろした剣をこちらに回避され、わずかながらに隙が生じていたに他ならなかったのだから。
「ジニーはどこにやった」
ウィリアムが黒衣の男へと問いかける。
「残念だが、知らんな。そもそも、私にはお前らの区別などつかん。名前を言われたところで、どこの誰かなど知ったことではない。だが、私が移送した人間の中に、お前らと似た気配を感じるものはいなかったな。恐らく別口だろう」
仇討ちできなくて残念だったな、と黒衣の男は言い添える。
「あんたらは、さらったティガーたちをどうしている?」
グスタフが続けて問いかける。その言葉からは、普段では見られない激しい感情があるように思えた。
「さあな。私が請け負っているのはティガーとやらを移送することだけであって、移送したあとどうなったかなど知ったことではないが――安心しろよ人間。どういうことになっていたのだとしても、復活せし我らの礎となれるのだ。貴様らにとって、それはなによりも光栄であろう?」
その言葉を聞き、グスタフの脳に衝撃が走った。目の奥が焼けるような感覚。
「貴様らの仲間がどうなったか知りたければ私を倒し、その先を求めるがよかろう。お前ら人間にそれができるかどうかは知ったことではないが」
黒衣の男は淡々と言葉を紡ぐ。そこには一切の感情が感じられなかった。それが意味するのは、奴にとって人間とはその程度の存在に過ぎないのだろう。怒りも悲しみも愉悦すらも感じない存在。それが、いま目の前にいる黒衣の男が人間という存在に対して抱いているものであった。
「さて話は終わりか人間? 生憎私はお前らとゆっくり会話をしている場合ではなくてな。個人的には時間を食うほうが都合がいいのだが、仕事としてこれを請け負っている以上、無駄な時間を使うのはあまり褒められたことではないのでな」
精々足掻いてみせろ人間。黒衣の男がそう言い放つと――
一瞬にして一番近くにいたグスタフへと接近。黒衣を翻しながら拳を叩きこんでくる。グスタフはとっさに剣で防御したものの、反応が遅れ姿勢を崩される。
姿勢を崩されたグスタフを援護するために、ロベルトが黒衣の男へと向かって火球を放つ。人間の頭ほどある大きさの火球が三つ。
「甘い」
グスタフの姿勢を崩した黒衣の男は向かってくる火球に対し黒いなにかを放つ。それは三つの火球を呑み込んで巨大化し、ロベルトへと向かっていく。
「させるか!」
ロベルトの向かっていた黒いなにかは、地面から生えてきた樹木によって遮られる。それは、ウィリアムによって生み出されたもの。
だが、黒いなにかを受け止めた樹木はがりがりと音を立てながら削り取られていく。それは、あらゆるものを食らいつくす獣のようであった。黒いなにかはウィリアムが生み出した樹木の壁を食らいつくすかのように削り取った。ロベルトは障壁を突き破って向かってきたそれを横に飛び込んで回避。放たれた黒いなにかは、そのまま奥へと飛んでいき、しばらくしたところではじけて消える。弾けて消えたそれはいくつかの建造物の壁を呑み込んだ。
体勢を立て直したグスタフが距離を詰め、剣を振るう。右手に持つ黒い剣が振り下ろされた。
だがそれは届かない。黒衣の男が持つ黒い光を放つ剣のような形をしたものによって防がれたのだ。グスタフの振り下ろした黒い剣をいともたやすく打ち払い、後方へと弾き飛ばした。
黒衣の男は後方へと弾き飛ばしたグスタフに追撃。先ほどロベルトに放った黒いなにかを放ってくる。得体の知れないそれに危険な気配を感じたグスタフは左手に持つ赤い剣から炎を放出させて高速移動しそれを回避。その直後、加速のために放出させていた炎を黒衣の男に叩きつける。炎の奔流が黒衣の男を呑み込む。
しかし、炎の奔流はすぐさま掻き消えた。それと同時に黒いなにかが地面を広がり、伝ってくる。地面を伝ってくるそれからは呪いのような嫌なものが感じられた。地面を伝うそれが三人を呑み込もうとしたところで――
足もとから発生した樹木によって押し上げられてそれを避ける。地面を伝う黒いなにかに触れた樹木はすぐさま弾けて消えた。
宙に飛びながらロベルトが無数の火種を黒衣の男の周囲に展開。生み出された火種から熱線を放つ。それは、黒衣の男の全身に風穴を開けるはずであったが――
黒衣の男のまわりに出現した黒いなにかによってそれはすべて防がれた。それは急速に大きくなって火種もろとも呑み込んだ。
「…………」
奴が生み出しているあの黒いものは一体なんだ? あらゆるものを呑み込む闇のようなもの。あれが、奴が持つ力なのか?
「ふむ。すぐに終わってしまうかと思ったが、意外にも健闘しているようだ。なかなか見事な連携だ。我らなきあとの世界が貴様らによって埋め尽くされることになったのも頷ける」
こちらの猛攻を受けてもなお、黒衣の男は無傷で、わずかな疲れすらも見えなかった。
「これがいつまで保つかが見ものだな。精々足掻き、呑み込まれて消えるがいい。貴様らの運命はすでに決まっている」
黒衣の男の静かな言葉とともに、無数の黒い球が出現し、それらは全方位へと一気に放たれた。
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