第268話 救わなければならないもの

 これで一体どれくらい竜の遺跡まで避難させることができただろうか? 町に住人に片っ端から声をかけ、誘導していっているが、いまだに終わりが見えてこない。いまのところ、避難自体は順調ではあるが――


「……どうかしたか?」


 話しかけてきたのは仲間の一人であるグスタフだ。


「いや、特になにかあるってわけじゃあないんだが――なにか起こるような気がしてな」


 グスタフの言葉に対しウィリアムはそう返答する。


 住人の消失がなにを目的としているのかはまったく不明である。だが、狙っているのがこの町の住民である以上、これを引き起こしている何者かの邪魔であることは間違いない。ならば――


 邪魔をしているこちらに対してなんらかの動きを見せてくるのは必然だ。そうなったとき、どうするべきだろうか? 住民の避難を優先すべきか、それとも邪魔をしているこちらを排除しにやってきたものを撃退するかであるが――


「グスタフは、この状況をどう思う?」


「そうだな。どうなるかはわからんが、お前が思っている通り、このまま順調に避難が終わってくれんだろう」


 グスタフも同じく、なにかが起こるかもしれないと考えているらしかった。


「いま俺たちがやれることをやるしかない。なにより、こっちはジニーがやられてるんだ。仲間をやられてはいそうですかと言っていられるほど、俺の気は長くない。たとえ相手が竜だったとしても、それは同じだ」


 かつていたという竜が残した遺物が残されている場所の探索を生業としている自分たちが、竜と戦うことになるとはなんの因果だろう。無論、それなりの自信はある。こちらは十年以上も竜の遺跡の危険地帯に潜り続けて、いままで生き残ってきたのだ。タイクーンなどという大それた称号を得られる程度はやってきた。


 しかし、相手は自分たちがいままで戦ってきた数々の存在を生み出した竜である。かつてこの世界にいた、神のごとき存在。人の身でそれを相手にするのは、とてつもない誉れでもあり、不遜でもあった。


「竜相手に、どれだけやれると思うか?」


 ウィリアムは再びグスタフに問いかけた。


「さあな。実際に相手にしてみないことには判断できねえよ。でもまあ、いままで俺たちがやってきたどの仕事よりも難しいのは確実だ。なにしろ相手は竜だしな。だからといって、諦めるつもりはねえよ。俺たちにやれることをやるだけさ」


「……そうだな。すまない。少し気の迷いがあった」


 ウィリアムの言葉を聞き、グスタフは「別にいいさ。誰だってそういうときもある」と返してくる。


 結局のところ、それしかできないのだ。自分たちにいまやれることを全力でやるしかない。それで敗れたのなら、こちらが実力不足だったというだけのこと。起こりもしていないことを考えるのは厳禁だ。それがいいものであったとしても。


「おい。そっちはどうだ?」


 先ほど、避難の際に転んだ子供をおぶって遺跡まで運んでいったロベルトが戻ってくる。


「ああ。このあたりはあらかた避難は終わったはずだ。次に行こう。他の連中はどれくらい動いているんだ?」


「アレクセイたちと、タツオとタイセイ、あとタイラーたちも動いているのは聞いているが――それ以外はわからん。なにより事態が急だったからな。遺跡から出て動ける奴ら自体が限られている」


 効率を考えるのであれば、連絡を取りながら動くべきであるが――生憎、動きながら連絡を取れる手段などなかった。持ち運びができる無線機などがあったらよかったのだが、そのような都合のいいものなどありはしない。存在しないものを望んだところで、無意味だ。


「とにかく行こう。できるだけ多くの人を避難させないとな。そのうち――」


 そこまで言ったところで、あたりの空気が変貌するのが感じられた。明るい空を塗り潰すような、圧倒的な気配。それが、こちらへと近づいてくる。それをほぼ同時に感じ取った三人は、すぐさま戦闘態勢へと移行。


「ほう。すぐに俺の気配を察知したか。人間にしてはなかなかできるようだ」


 かつかつと、異様に響く足音を立てながら、接近してきたのは黒衣に身を包んだ若い男――のように思えた。何故かは不明だが、目の前にいるはずなのにやけに胡乱だ。いま目の前にいるこの黒衣の男が、タイラーたちと遭遇し、彼らを圧倒した奴なのだろうか? そうであるように思えたが――


「だが、俺の邪魔をするのはいただけんな。なんのつもりだ人間。答えてみろ」


 黒衣の男が放った言葉は、言葉そのものに質量があるのではないかと思えるほどの圧迫感があった。ただそれを聞いただけで、いま目の前にいる存在が尋常ならざるものであることを強制認識させてくる。同じ人間で、ここまで圧倒的なものを感じたことは一度もなかった。


 これが、竜か。タイラーたちがやられたのも頷ける。


「あんたが俺たちを脅かしているからだろう。俺たちがあんたの邪魔をしているのはそれ以外のなにものでもない」


 黒衣の男の言葉にいち早く返したのはグスタフだった。赤と黒の剣を持ち、前へと躍り出た。


「まったくもってその通りだ。俺たちはお前ら人間を脅かしているのは間違いないからな。だが、それがなにを意味するかわかっているだろうな?」


「わかってるさ。わかっていてやっている。あんたがどれほどお偉く強いかは知らんが、なにもせずやられるのは性に合わないんでね」


 ロベルトがグスタフに続く。これだけの存在を目の前にしてもなお、彼の言葉はいつも通りの軽快さを保っていた。


「俺も同じだ。相手がなんであれ、無抵抗のまま諦めるのは趣味じゃないんでね。諦めが悪く、馬鹿だからこそ、こんな危険なことを仕事にしてるんだからな」


 さらにウィリアムが続いた。できる限り虚勢を張り、強く言う。


「なかなか面白いことを言う奴らだ。それだけ言うということは、それなりにできるのだろう。どこまでやれるか見物だな」


 楽しませてみろ、と力のある言葉を放つ黒衣の男。


 こちらの認識では胡乱なのに、そこから放たれる言葉が圧倒的な存在感を持っているのはどうにもちぐはぐだ。感覚がおかしくなっていくような気がする。


「では、始めようか人間。どこからでも来るがいい。一対三だからといって遠慮することはない。それくらいの手心がなければ、遊技として成立しないからな」


「言われなくても、遠慮なくやらせてもらうさ」


 グスタフは黒衣の男に対しそう言い返し――


 二本の剣を携えたグスタフは、前へと踏み込んだ。

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