第269話 異質の刃
住民を避難させている最中に現れた男は、いままで遭遇したことがないと言えるくらい圧倒的なものが感じられた。
「…………」
アレクセイは、目の前に立ちはだかる男に目を向ける。
そこにいるのは、異国ものと思われる装束を身に纏い、杖を持った男。年齢は若いようにも年老いているようにも思えた。だが、これを引き起こしているのが竜であったのなら、恐らく見た目の年齢など意味をなさないだろう。竜は神のごとき超常の存在だ。人間の尺度など当てはまらない。
「お前らは……以前送り込んだ奴と似た匂いがするな。お前らの力は、同じものに由来しているのだろう。それはそれで悪くない。統一されているのは美しいものだからな。実用性だけを考えた美しくないものは、なかなかに醜いものだ」
ゆっくりとした動作で一歩前に出る。小さかったはずの足音が異様なほど高く、大きく聞こえた。
目の前にいるのはどう見ても人のようにしか見えなかったが、同時に人から外れた存在であることを強制的に認識させる。
……これが、現代に復活した竜か。仲間といたタイラーたちがやられてしまったのも頷けた。
「どうした? 来ないのか? それとも三対一で戦うのは気が引けるのかね? なに、気にすることはない。それぐらいでなければこちらも楽しめんからな。存分にかかってきたまえ。これは競技の類ではないのだ。どれほど汚い手段を使おうが、生き残ったほうが生になのだ。そういった義や公平さを重んじるのは喜ばしく、そして正しいが――正しいことをした結果、為すべきことを為せなかったのなら意味がないと思わんかね?」
男の言葉は、ただ聞いているだけなのにこちらを上から天井が落ちてくるような圧迫感があった。言葉だけではない。奴から放たれるあらゆるものが言いようのないなんらかの力が帯びているのだ。それも、とてつもなく強力な。
一人だったアンドレイがやられてしまったのも当然だろう。こいつと一人で戦って、勝ち目があるとは思えなかった。圧倒的な強者。それが、いま自分たちの目の前にいる存在だ。
「それとも、住人を避難させるのを優先したいかね? 私の目的はお前らティガーを我らの未来のために確保し移送することであるが――それ以外に関してはなにかせねばならないわけでもない。ここの住人の命を徒に奪っているのは奴の独断であって、私がそれに加担するのは本意ではないからな。いずれ我らに奪われるとはいえ、要するになんだ――気分の問題だというやつだ」
私以外の奴がどうするかはわからんが、無事にそれを続けられるかどうか保証はできんがね、と男は言う。
「その言葉が、信用できると思っているのか?」
男の言葉に返したのは仲間であるロートレクであった。仲間の中では一番若く、気性も荒い男であるが、その言葉からは畏れのようなものが感じられた。そんな男であっても、そう感じるほどの重圧感があの男から感じられるのだろう。
「さあな。信用するかどうかはお前たち次第だ。私が言うことでもなかろう。私としてはどちらでも構わんのだ。いまここで戦おうが、住民の避難を済ませたあとに戦おうが、私たちがお前らの脅威であることに変わりはないのだからな。お前らが生き延びるのであれば、私たちを打ち破るのは必須だ。そうではないのかね?」
その通りであった。避難を優先させようがさせまいが、この男を含めたこの町を脅かしている竜たちが消えてくれるわけではない。
どうする?
アレクセイはじりじりと焼けるような重圧感にさらされながらもそれについて思考する。
この男と心置きなく戦うのであれば、避難を優先すべきであるが――奴の言う通り、他の奴らがそれを許してくれる保証はない。
アレクセイはもう一人の仲間であるエリックへと目を向けた。
エリックもこちらを見て、小さく頷いた。どうやら、このまま戦うつもりらしい。それは、こちらとしても同感であったが――
三対一でどこまでやれるのだろう? 普通であれば三対一なら負ける可能性など万に一つもないと言えるくらい圧倒的に有利な状況である。
だが、奴は超常の存在である竜だ。人間や竜の力を限定的に得た人間とはわけが違う。タイラーたちの状況を考えると、こちらがやられる可能性があるのは非常に高いのは明らかであった。奴の持つ力が、こちらの能力と相性がよければいいが、確実にそうである保証はどこにもない。場合によっては、著しく不利になるという可能性もあるだろう。
「退かない、ということはここで私と戦ってくれるのかね? 実にいい。待つのは嫌いではないが、楽しみが訪れるのは早いほうがいいに越したことはない。存分にやろうではないか。お互いの生存を賭けて」
男は手に持っている杖を地面へと突き立てた。硬質な高い音が鳴り響き、同時に杖から細かいのこぎりのような刃が飛び出す。
「来たまえ。最初の一撃はそちらに譲ろう。どこからでも来るがいい。三人がかりで来ても構わんぞ」
そう言った男からは揺るぎない自信が感じられた。虚勢でもなんでもなく、奴は三人が同時にかかってきても問題なく処理できると確信しているのだ。そうでなければ、これほどの余裕と自信を抱けるはずもなかった。
前にいたロートレクが自身の武器である手甲を創り出し、一歩前ににじり出て――
そこから加速し、男へと接近。雷光のごとき踏み込み。男が持っている仕込み杖の間合いの内側へと入り込んだ。雷を纏った拳を叩きこむ。
「思った以上に速いが――まだ甘いな」
男は軽やかに一歩後退し、至近距離に入り込んだロートレクの拳を仕込み杖でなんなく防御し、弾き返す。流れるような動作で仕込み杖を振るい、反撃。その速度は、あまりにも異様であった。それはまるで、動作と動作の間の時間そのものが消えてしまったかのようであった。
「く……」
ロートレクは手甲をつけた両腕でそれをなんとか防いだものの、その異様すぎる速度に度肝を抜かれたようであった。
「ふむ、思った以上に楽しめそうだ。まさか人間とこのようなやり取りができる日が来ようとな。予想外の収穫というものはなかなかに喜ばしい」
エリックは大槌を両手に持ち、アレクセイは大弓を携えた。三人は目配せし――
その直後、三人は同時に攻撃を打ち放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます