第238話 帰還と再会

 みずきたちがカルラという町に辿り着いたのは、陽が傾きかけたときであった。距離的にはそれほど離れていなかったはずだが、帝都とローゲリウスで起こった異変のせいでかなりの時間がかかってしまった。


「…………」


 子供たちが全員いることを確認し、みずきはほっと一息ついた。こうやって無事にここまでこられたのは、自分たちが滞在していたセーフハウスに脱出用の通路があったおかげだ。あれがなかったら、きっとここまで逃げ出すことはできなかっただろう。


「……大丈夫かな」


 みずきは少し前まで滞在していたローゲリウスでの発生した異変のことを思い出した。地獄のようにすべてが燃えている街に残った彼らのこと。三人は、無事にここまで来れるのだろうか?


 あのとき街がどうなっているのか直接目にしたわけではなかったが、それでもとんでもない事態が起こっていたことは理解できた。


 彼なら大丈夫だ。絶対に戻ってきてくれると信じてはいるが、それでも不安の種は消えてくれなかった。


「おねえちゃん」


 一緒に逃げてきた子供たちの一人が話しかけてくる。まだ十歳くらいの女の子だった。


「お兄ちゃんたち、大丈夫かな?」


 彼女はとんでもなく不安そうな表情を浮かべていた。それも無理もない。もともといた帝都で地面から巨大な建造物が浮かび上がって街が崩壊するという事態に襲われ、逃げてきた先でまた今度は街全体が燃えるなんて異変に遭遇してしまったのだから。


「大丈夫よ。ああ見えて、彼は強いんだから」


 彼女の不安をどうにか打ち消せるようなうまいことを言いたかったが、この程度のことしか言えない自分がもどかしかった。


「そういえば、クルトさんは?」


 あたりを見回すと、ここまで一緒に逃げてきたクルトの姿がないことに気づく。


「さっき、そこのお店に入っていったよ。ここで待っててって」


 女の子が指をさしたほうに目を向けると、そこには酒場があった。ここに知り合いがいるのだろうか? そんなことを思っていると――


 クルトが店の中から出てくるのが見えた。


「待たせたな。この店の主人に、あいつらがここに来たら、俺たちのことの居場所を教えてくれと言っておいた。これで、奴らがここまで逃げてきても、俺たちと接触できるはずだが」


 クルトも不安そうな表情を見せる。彼と出会ってからまだ一日も経過していないので、クルトがどのような人間なのか把握していないが、短い間に彼と子供たちに襲った出来事を考えれば、不安になるのは当然のことだろう。


「これからどこに行くんですか?」


「少し歩いたところに、家がある。ローゲリウスのやつよりも手狭で古いが、野宿するよりはマシだろう。今日のところはそこに行くつもりだが、この人数だと別のところを探さないといけないな」


 クルトはそう言ったのちため息をついた。彼の顔からは疲労に色が見える。短時間でこれだけの異変に襲われればそうなるのも当然だろう。


「それじゃあ、行くぞ。あと少しの辛抱だ。もうちょっと頑張ってくれ」


 クルトは子供たちに号令をかけ、歩き出した。子供たちはぞろぞろと彼のあとを追っていく。子供たちを先に行かせたことを確認したのちに、みずきもそれについていった。


 カルラという町は、ローゲリウスのような大都市ではなかったが、独特の空気感と活気が感じられた。人の数も多い。歩いている間、がっしりとした身体つきをした若い男幾人かとすれ違う。五分ほど進んだところで――


「ここだ。とりあえず入ってくれ」


 クルトはそう言って扉の鍵を開け、子供たちを促した。子供たちがぞろぞろと中に入っていく。全員入ったことを確認したのち、みずきも中に入った。


 家の中はローゲリウスのセーフハウス以上に埃っぽく古びていて、手狭だった。野宿よりはましだが、確かにこれだと、この人数では少し手狭すぎるかもしれない。


 最後にクルトが中に入り、扉を閉める。これで、とてつもなく長く感じられたローゲリウスからの脱出はこれで完了であったが――


 これから、どうなるのだろう? それほど長い時間ではなかったとはいえ、自分が住んでいた場所がすべて崩壊してしまうというのはとてつもない衝撃であった。きっと、災害で家を失った人たちは、いまの自分たちのような思いをしているのだろう。そんなことを思った。


「あんたも疲れただろ。少し休んだほうがいい。たいしたものはないが、腰を下ろすくらいはできるからな」


「クルトさんはどうするんですか?」


「とりあえず、買い出しに行ってくる。最低限の必需品と今日の飯が必要だからな」


「私も――」


「いや、あんたは休んでてくれ。手伝ってくれるのはありがたいが、買い出しは俺一人で大丈夫だ。このあたりの土地勘もないだろうし。なにかしてないと落ち着かないのなら、子供たちの相手をしててくれ。あいつらも不安で疲れているだろうからな」


 みずきの言葉を遮るようにしてクルトは言う。その言葉を聞き、みずきは少しだけ間を置いて「わかりました」と返答する。


「それじゃあ、俺は行ってくる。人数が人数だから、多少時間はかかるが待ってくれ」


 クルトはすぐさま家を出ていった。



 クルトか買い出しから帰宅してきたのは、すっかり陽が落ちたころであった。ローゲリウスに残った三人はまだ戻ってこない。


 時間が経てば経つほど、不安は大きくなっていく。考えないようにしていても、不意に嫌なものが頭を過ぎった。


 そんなとき、だった。


 扉がこんこんと叩かれるのが聞こえる。それを聞いたみずきは飛び上がった。そっと扉へと近づき――


 のぞき穴なら外を確認する。


 そこにいたのは、ローゲリウスに残っていた三人の姿。彼らがちゃんと生きてここまで来てくれたことを確認したみずきはすぐさま扉を開けて――


「……無事で、よかった」


 扉を開けて、すぐさまがっくりと膝が折れてしまった。その身体を、彼が支えてくれた。


「一応、終わったよ。そっちも無事でよかった」



(第3部1章 始まりの崩壊 完)

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