第214話 猟犬と砲兵部隊

 前に出ていた六体の小さな狼は散開し、こちらを囲い込んだ。狼どもは凍った地面に足を取られることなく、軽やかに動いていた。鳴き声を上げたのちに、襲いかかってくる。


 迫ってきた一体目の牙を大成は直剣で弾いて防いだ後に反撃。それは狼に命中したものの、仕留めるには至らなかった。斬られた狼は血を流すことなく、そのまま離脱。


 攻撃を受けた一体目と入れ替わるようにして、二体目と三体目が襲い来る。大成は左にいた狼に接近しつつ、自身に向けられた牙を防御し、直剣で斬りつけた。今回は狼に直撃し、見事に両断され、そのまま地面に墜落してすぐ消滅する。


 逆方向からもう一体狼が向かってくる気配が感じられた。大成は油断することなく三体目の攻撃を防ぐ。しかし、反撃することは叶わなかった。こちらに攻撃を防がれた狼は先ほどの個体と同じくすぐさま離脱する。


 狼たちの猛攻は止まらない。今度は三方向からの攻撃。最初に巨大な狼が行ってきた、自身の身体そのものを刃に変化させて行う一撃。あたりに満ちる冷気を切り裂きながら、一気に三つそれが迫ってきた。


 大成は上に飛び、三方向から迫ってきたそれらを回避。刃状に変化した狼たちは互いに衝突することなく器用にすり抜けていく。


 飛んでいた大成に迫ってきたのは、他の小さな狼を呼び出した巨大な個体。人の身体など容易にかみ潰せそうな巨大な牙が大成に向けられる。


 大成は空中でなんとかそれを弾いて防いだものの、敵の巨体に圧されて姿勢を崩された。そこを逃すことなく、他の個体が再び身体を刃状に変化させて迫ってくる。対角線上に、右斜め前と左斜め後ろから。迫ってくるそれはギロチンのような大きさであった。まともに命中すれば致命傷を負いかねない。氷室竜夫との戦いで消耗した現在、ここでそれを失うわけにはいかなかった。


 大成は直剣を鞭状に変化させて伸ばし、建物に突き刺してそのまま収縮させて高速移動し、迫りくるギロチンの刃のごとき形状に変化した狼を回避。建物へと張りつく。


 冷気を切り裂きながら飛んできた狼たちは回避されたのちしばらく進んだところで、もとの形態へと変化して地面に着地。獰猛な相貌が向けられる。


 建物に張りついた状態で、大成はまわりを見渡す。


 先ほど回避した二体以外の狼もこちらの様子を獰猛な目を向けて窺っていた。向けられているその目は非情なる狩人のよう。


 小さな個体五体と、大きな個体一体の計六体。六対一。はっきり言ってかなり厳しい状況だ。しかも相手はただでさえ人間よりも身体能力に優れた動物形態。そのうえ集団での狩りを得意とする狼に似た性能も持っている。厄介という以前の問題であった。


 くそ、と大成は心の中で吐き捨てる。どうやらこの街を地獄へと変えた奴が生み出せるのは人型以外のものも呼び出せるようだ。


 そのとき、であった。


 正面から、爆発音のようなものが響き、こちらへと向かってなにかが飛んでくるのが見えた。建物に張りついていた大成はすぐさま凍結した建造物に突き刺していた直剣を引き抜き、壁を蹴ってその場から離脱する。その直後、先ほどまでいた位置に爆音とともに巨大で鋭利な氷の柱がいくつも生み出された。


 着地した大成はすぐさま爆発音が響いた方向へと目を向ける。その先には、こちらへと向けられた大砲らしきものと、それを操作する兵士の姿が見えた。どうやら、いまの奴が放ったものらしい。


 大砲とそれを操作する兵士たちの位置はかなり遠い。少なくともここから五十メートルはあるだろう。集団戦に優れた狼たちをすり抜けながら、そこに向かうのは明らかに不可能であった。


 他の兵隊が砲弾らしきものを詰め、次の発射の準備をしているのが見えた。だが、これだけの距離が離れていては止められるはずもない。


「ちっ……」


 大成はそう吐き捨て、鞭状に変化させた直剣を駆使して建物の上へと移動。位置的に下の場所にいたのでは、建物の上にある大砲の格好の的である。機動力に優れた狼どもを相手にしている状態でちょっかいを出されていてはどうしようもない。幸い、大砲である以上、そう簡単に動かすことはできないはずである。であれば、大砲の死角になる位置へと移動して、仕切り直しをしたいところであるが――


 それをやすやすと、機動力に優れる狩猟者たる狼どもが許してくれるはずもなかった。狼どもは軽やかな動作で建物の上へと駆け上がり、大成を追尾。間髪入れずに散開し、襲いかかってきた。


 三体が刃状に変化し、わずかな時間差をつけて迫りくる。一体目と二体目を飛び込んで回避し、三体目を直剣で弾いて防御。なんとか凌いだものの、狼の身体そのものが変化した刃は非常に力強く、大成は押し負けてしまう。


 そこに残りの三体が追撃を仕掛けてくる。


 大成は姿勢を崩されていたものの、一体目を直剣で弾いて防ぎ、二体目を斬りつけて軌道を逸らし、三体目の後ろへとステップして回避。


 なんとか凌いだところに、大砲が放たれるのが見えた。離れていても耳を打つ轟音が響き渡り、砲弾が放たれる。放物線を描きながら砲弾はこちらへと正確に飛んできて着弾し、その場所に鋭い氷の柱をいくつも作り出す。大成は後ろへと大きく飛んでそれを回避したものの、あれが直撃したら、ひとたまりもないのは明らかであった。確実に命を一つ失う。それだけはなんとしても避けなければならなかった。


 後ろへと大きく飛んだ大成は建物の下へと着地。これで前にいた大砲は死角に入ったはずだが――


 当然のことながら、すぐさま上にいた狼どもが追撃してきた。刃状に変化した個体は二体が降り注いでくる。


 大成は転がるようにして降り注いでくる狼を回避。次に来るはずの狼どもの追撃に備えた。


 その瞬間、横方向から爆音が響き渡った。反射的にその音が聞こえてきた方向とは逆方向へと飛び退く。


 音が響き渡った方向にいたのは、こちらに向けられた大砲と、それを操作する兵士たちの姿。先ほど見たものと同一の構成であったが、この短時間で別の場所に移動したとは思えなかった。恐らく、別の部隊だろう。


 息を吐く暇すら与えず、他の狼どもが刃と化して降り注いできた。凍りついた建物の表面を削りながら、残りがこちらへと迫りくる。大成は飛び、退き、転がり、鞭状に変形させた直剣を伸縮させることによる移動を駆使してなんとか回避を続けるが――


 大砲と狼どもによる猛攻で、防戦一方だ。このまま防戦一方のままではまずい。こちらの体力は有限である以上、これが続けば続くほど、敵の攻撃を凌ぐのが厳しくなっていくのは明らかであった。


 なんとかして、打開策を見つけなければならないが――


 遠くから大砲で狙われているところに、集団での狩りに優れた狼形態の敵を相手にするのは誰がどのように見ても劣勢であることは明らかであった。


 直剣を構えながら、どうする? と自己に問いかける。


 だが、この状況を打開できそうな手立ては見つからない。なんとかして、いま目の前にいる狼どもを減らせればいいのだが――


 六体に猛攻をかけられると、それすらもままならないのが現実である。


 それに、別の箇所にも砲兵がいたことを考えると、いまわかっている二ヶ所以外にも配置されている可能性が高いだろう。どこにいても狙われると思っておいたほうがいい。


「なあ、ブラドー」


『なんだ?』


「いまのこの状況、なかなか詰んでないか?」


『狼に集団で狙われているところに、大砲で撃たれているわけだからな。否定はできん』


 追い詰められてもなお、ブラドーの声は冷静であった。


『しかし、この状況でもやらなければならんのだろう? お前に諦められるのは俺としても困る。できることなら、なんとか突破して欲しいところだが』


「……なにか、この状況を打開できそうな策とかある?」


『残念だが、いまのところはないな。あるのなら黙ってなどいない。お前を陥れることで俺が得することなんてないんでね』


「そりゃ――そうだよな」


 聞くまでもなくわかっていたことだが、淡々とした口調でそれを突きつけられるとなかなか厳しいものがある。


 どうやら、このあまりにも厳しい状況であっても、やらなければならないらしい。そうしなければ、今回も生き延びることはできないのだろう。


 凍結した地面に突き刺さっていた狼どもが元に戻って着地する。当然のことながら、奴らから疲れなどまったく感じられなかった。


「でもまあ、こういうのは慣れているさ。俺が生きていたところは、そういうところだったんだから」


 視界の隅で、遠くにいる砲兵たちの様子を見る。どうやら、まだ二発目を撃つ準備をしているようであった。


 奴らが動き出す前に、一匹でも狼を仕留めなければこの状況をどうにかできないだろう。そう判断した大成は、一度直剣を握る力を強めたのち――


 凍った地面を蹴って、前に進み出た。

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