第211話 それぞれの道

 この状況を打開するための鍵はどこにある? 竜夫は戦いながら模索を続けていた。


 建物の上から放たれる矢の雨を回避し、どこからか湧き出してくる奴隷兵士を斬り捨て、銃弾を放ち、打ち倒していく。数える気も起きないが、もうすでに数十は倒しているだろう。


 だが、それでもなお打開策は見えてこない。状況は刻一刻と悪くなるばかりだ。こんなところで足止めを食らっている場合ではないのに。


 炎に満たされた広場を動き回って矢を回避しつつ、際限なく湧き出してくる奴隷兵士どもの供給源を探していくが、それらしきものはまったく見えてこない。


 それらしきものなかなか見つからないのは、きっとどこもかしこも同じ色の炎に満たされているせいで極めて視認性が悪くなっているのも原因の一つなのだろう。集中し、感覚を研ぎ澄ませばできるかもしれないが――


 無数の火矢が降り注ぎ、無尽蔵に敵が湧き出してくるいまの状況ではそれが許されるはずもなかった。


 とはいっても、このまま戦い続けても、敵の供給源や、建物の上にいる弓兵に接近する手立てが見えてこないのもまた事実。物量に圧されて、いずれこちらが力尽きてしまうだろう。それは、この地獄を生み出した奴の思惑通りに他ならない。そうなるのは、なによりも我慢ならなかった。


 竜夫は三本の小ぶりの刃を創り出して一度に投擲し、三体の奴隷兵士を打ち倒した。奴隷兵士は爆発して消滅する。


 竜夫の足はなおも止まることはない。動き続けなければ、この状況を打開するどころか凌ぐこともできなかったからだ。動き続け、どんどんと体力が消耗していく。まだ耐えられるだろうが、この状態をいつまで続けられるかはわからなかった。


 竜夫は動き回りながらあたりを見る。


 この場所は、狭く入り組んだ旧市街の中にある開けた場所。色々なものがあったはずであるが、どこもかしも燃えてしまっていた。


 奥の方に道が見える。アースラによって示された光点はそちらに続いていた。


 しかし、その行く先は炎と無数の奴隷兵士によって封鎖されている。傷を負うことを覚悟して無理矢理突破することも可能かもしれないが、こちらがあそこを狙ってくることは建物の上に陣取っている弓兵もわかっていることだろう。無理矢理そちらに行こうとすれば狙い撃ちにされ、火矢の雨を一心に受けることになる。


 引き返して迂回するか? さっき通ってきた道は、まだ炎によって塞がれてはいないし、元凶がいるところへ向かう道も、アースラが示したルート以外の道があるはずであるが――


 引き返したところで、どうにかなるとも思えなかった。奴隷兵士はゲームのように索敵範囲が決まっているわけではない。完全に撒くことができなければ、どこまでも追いかけてくるはずである。その状態で、別の敵と接触したらそれこそ致命的だ。


 退くことも前に進むことも困難な状況。本当に悩ましかった。なにか、手立てはないのか?


 竜夫は降り注ぐ火矢の雨を回避する。火矢が降り注ぐたびにあたりを支配する炎が強まっているようであった。このままだと、炎によって飲まれてしまう可能性さえあった。そうなる前に、なんとかしなければならないのだが――


 奴隷兵士の供給を断つ方法も、建物の上にいる弓兵を減らす手立てでも見えてこなかった。結局できるのは、自身に向かって飛んでくる火矢の雨を回避することと、留まることなく湧き出してくる奴隷兵士を処理していくことだけ。


 やはり、危険を承知でアースラに交信を図るべきだろうか? 奴ならば、奴隷兵士の供給源がどこにあるのか見つけてくれるかもしれない。


「アースラ、聞こえるか?」


 竜夫は動き回りながら、遠く離れたところにいるアースラへと話しかける。だが、その返答はなかなか返ってこない。


「おい、どうした。アースラ聞こえるか?」


 竜夫は再び呼びかけるが、反応は返ってこない。つい数分前に話したのにもかかわらず、反応が返ってこないとなると――


 奴の身になにかあったか、もしくはこちらの呼びかけに反応を返せない状況に陥っているかである。


 アースラの能力は戦闘向きではないが、非常に強力だ。遠くまで影響を及ぼし、多くの敵を幻惑し、煙に撒く。そうである以上、戦闘が始まってこちらへの反応を返すことができなくなっているとは考えにくかった。


 であるなら、奴の身になにかあった可能性が高い。奴は、かつての指導者であったハンナと同じく、自分自身に転写された竜の魂に呑まれないように必死に耐えている状況だ。普段の奴の顔色からして、それは想像を絶する苦痛であることは容易に想像がつく。そんな状態であるのなら――


 はじめてハンナと顔を会わせた際に、彼女が異常な痙攣を起こして話が中断されたことを思い出した。


 いまのアースラがあのときのハンナと同じような状況になっている可能性は充分にあり得た。そうであったのなら――


 考えたくないことであるが、炎に撒かれて死んでいてもおかしくなかった。であれば、奴に頼ることは――


 そこまで考えたところで――


『すみません。反応が遅れました。どうしましたか?』


 竜夫の視界に文字が浮かび上がる。それを見た竜夫はわずかに安堵した。


「こっちの状況はわかるか? わかるのなら教えてくれ。敵が無尽蔵に湧き出ている。そいつらの供給源を断ちたい」


 竜夫の言葉に、数秒の時間を置いて――


『わかりました。少し時間をください。捜してみましょう』


 文字が視界へと再び浮かび上がる。


「自分で言っておいてあれなんだが、お前大丈夫なのか?」


 いまの奴にとって竜の力を行使することは、相当に身体を蝕むことに他ならない。なにしろ、奴の中にいる竜は大成の中にいるのと違って、友好的な存在ではないのだから。


『どうでしょうね。大丈夫か大丈夫じゃないかと言えば、たぶん大丈夫ではないのでしょうが――だからといってやらないわけにはいきますまい。私はあなたが欠けてしまえば困りますからね。あなたは私が欠けても、なんとかできるかもしれませんが』


 軽口めいた調子の言葉をこちらの視界に浮かび上がらせてくる。こんな口を利けるから大丈夫だろう、と思えるほど楽観的な考えはできなかった。


「……いいのか?」


『ええ。あなた方二人は私にとって、竜たちによる侵略を止めるための最後の希望なのですから。私にはあなた方のように戦う力が欠けている以上、頼らざるを得ないのです。そうであるのなら、私はどれだけ危険であってもそれを侵すだけの理由がある。それが、我々の指導者であったハンナ殿の遺志でもあります。私は、彼女の遺志を継ぐために、竜の力を受け継いだのですから』


 ただの文字であるのにもかかわらず、そこからは力強さが感じられた。そう言われてしまうと、こちらも無理強いさせることもできなかった。


「……それじゃあ頼む。この状況を突破するために、敵の供給源を見つけてくれ」


 竜夫がそう言うと、『お任せください』と文字を浮かばせてきた。アースラがどのような状況であれ、もうすでに奴に頼るよりほかに道はなかった。彼を信じよう。あいつがこちらを信じてくれているように、こちらも奴のことを信じるのだ。


 炎は荒れ狂い、細菌のように奴隷兵士は供給され、建物の上からは火矢の雨が延々と降り続く。状況が変わったわけではなかったが、わずかなる光明が見えたことは間違いなかった。


 奴が敵の供給源を見つけてくれるとは限らない。見つけられたとしても、こちらが倒しにいけるかどうかも不透明だ。


 それでもなお、道が見えるというのは心強かった。であれば、それに向かって突き進むよりほかに道はない。


 炎の街の戦いは、その勢いをさらに増していく。

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