第210話 奴隷と矢の雨

 接近した竜夫に対し、奴隷兵士は緩慢な動作で動き出した。その動きはいままで戦ってきた歩兵たちに比べると明らかに鈍いものであった。奴隷兵士は不相応に大きな剣に振るわれるようにして竜夫の刃を防いだものの、背後へと弾き飛ばされる。


 奴隷兵士を背後へと弾き飛ばした竜夫は左手に持つ銃を撃ち追撃。放たれた弾丸は体勢を崩した奴隷兵士へと命中する。弾丸は胸を貫通し、奇怪なうめき声をあげて奴隷兵士は倒れたのちに爆散。


 やはり、いままでの歩兵よりも明らかに戦闘力は劣っているが――


 竜夫が二体目の奴隷兵士を倒した直後、背後から気配が感じられた。三体目の奴隷兵士。今度の個体が持っているのは大きな剣ではなく、薪割りに使うような手斧。錆びて切れ味の悪そうなそれはいかにも見た目通りみすぼらしいものであった。鳥のような鳴き声を上げながら、奴隷兵士は手斧を振り回してくる。


 竜夫は刃を振るい、奴隷兵士の手斧を刃で弾いて防ぎ、反撃。奴隷兵士の手斧を持っていた腕を切り落とす。そこに背後へ離脱しつつ、銃弾を放つ。胴体を撃ち抜かれ、奴隷兵士は耳障りな断末魔を上げたのち爆炎をまき散らして消滅する。


 三体目を倒した竜夫に息を吐く暇すらも与えずに、上空から無数の火矢が降り注ぐのが見えた。あたりを包む炎と同じ色の火を纏う矢。雨のように降り注ぐ火矢を竜夫は横に移動し、背後にステップして次々と回避していく。


 火矢の雨を回避しているところに、再び奴隷兵士が現れる。左右から二体。奴隷兵士は降り注ぐ矢に射抜かれる危険を顧みることなくこちらに近づいてきた。近づいてきた奴隷兵士たちは、わずかな時間差をつけて手斧と大剣を振り回してくる。


「……ちっ」


 竜夫は小さく吐き捨て、火矢の雨が降り注いでいなかった大剣を持つ奴隷兵士の上へと跳躍して離脱。二体の奴隷兵士はぶつかり、そののちに降り注いだ矢の雨に射抜かれて動きを止めた。爆炎をまき散らして消滅する。


 あの奴隷兵士は、歩兵よりも明らかに戦闘力は劣るものの、数が多い。それだけならまだしも、建物の上からこちらに火矢の雨を打ち込んでくる弓兵たちもいるのが非常に厄介だ。奴隷兵士たちに気を取られていると、弓兵の火矢に射貫かれかねないし、かといって弓兵が打ち込んでくる矢ばかりを気にしていると、無数に出てくる奴隷兵士たちに足もとを掬われかねない。


 竜夫は、建物の上にいる弓兵たちの位置を確認する。先ほど確認できた三体の他にもう一体逆方向にいるのが確認できた。それらは、いま自分がいるこの場を取り囲むような形で配置されている。


 できることなら、建物の上にいる弓兵を先に始末したいところだ。だが、距離があるうえに高い位置を陣取っている現状、そうやすやすと処理することは難しかった。なにより――


 あたりを満たす炎の中から奴隷兵士が出てくる。今度は四体。手斧と大剣が二体ずつ。

 先ほどの歩兵と違い、この奴隷兵士はどうやら次々と出てくる性質を持っているらしかった。どこからか生み出している個体がいるのか、それともこの元凶を生み出した敵が近くにいて、それがこいつらを生み出しているのかはわからない。どちらにせよ、無尽蔵に湧き出てくることにかわりなかった。


 四体の奴隷兵士が散開し、獣じみた動きをしてこちらに迫ってくる。竜夫は一体目に刃を突き刺したのちに、そいつを放り投げて、直後にこちらへ向かってきた二体目と一緒に吹き飛ばし、三体目に近づかれる前に銃弾を叩き込み撃破し、四体目には刃を投擲してその身体を引き裂いた。


 身体を刃で貫かれて投げつけられた一体目は二体目と共に燃える建造物の壁に激突したのちに爆発して消滅。四体を処理。だが――


 そこに再び火矢が降り注ぐ。急所に当たらなかったとしても、あの火矢がまともに当たってしまえば身体に引火して致命傷となりかねなかった。当たるわけにはいかない。そう判断した竜夫は回避に徹し、火矢の雨を避け続ける。


 火矢の雨が降り注いでいる間も、奴隷兵士たちは次々と炎の中から現れてくる。奴らは数えるのも億劫になるくらいの数。消耗を一切気にすることなく行われる物量作戦。採算さえ考慮しなければ、数的に劣る相手を倒すのにもっとも適した手段である。


 竜夫は刃を振るい、銃を撃って次々と現れる奴隷兵士を倒し、留まることを知らずに降り注ぐ矢の雨を回避し続ける。


 このままではまずい。敵の処理をする竜夫の頭にそれが過ぎる。こちらの消耗と相手の消耗のどちらが早いか、それは言うまでもなく明らかであった。


 この状況を打破するには、まずは奴隷兵士の供給源か建物の上からこちらを狙ってくる弓兵のどちらかを処理しなければならない。


 奴隷兵士の供給源は、敵の能力の正体の全貌が不明である以上、難しいように思えた。アースラに頼めばわかるかもしれないが、無数の敵と戦いながら奴とのコンタクトを図るのは少しばかり危険だ。アースラとのコンタクトを図るのなら、少しでも状況が好転していないと難しいだろう。


 しかし、弓兵の処理も簡単ではなかった。奴らはこちらを取り囲むような形で位置的に有利な上を陣取っている。弓兵のいる場所に無理矢理駆け上がろうとすれば、他の個体に狙い撃ちにされるだろう。


 こちらの銃撃で、弓兵を始末することは可能か?


 それも難しい、と否定した。下に位置するこちらから建物の上にいる弓兵を狙い撃つには邪魔なものが多すぎる。そもそも、こちらが通常で使っている銃は離れた距離にいるものを撃てるような代物ではなかった。無論、能力を駆使すれば離れた弓兵にも攻撃できるライフルの類を創ることも可能だろうが、創ったところで無尽蔵に湧き出してくる奴隷兵士どもが狙いをつけている時間をくれるはずもなかった。


 考えれば考えるほど、先ほどよりも遥かに嫌な状況であった。数というのはとてつもない暴力である。


 竜夫はさらに奴隷兵士を撃破。だが、倒しても倒してもその数が減る様子はなかった。終わりが見えない戦い。それは、想像以上にこちらを消耗させるものであった。


 なんとかして、この状況を打破する手立てはないか? 敵を処理し、火矢の雨を回避しながらその方策を考えていくが――


 降り注ぐ火矢が、無尽蔵に湧き出てくる奴隷兵士が、こちらに考える間すらも与えてくれない。目の前にあるものを処理することで精一杯であった。このままではまずいことは明らかであったが、どうにかできる手立ては一向に思う浮かぶことはない。


 やはり、危険を承知で弓兵の処理をしに行くか? 竜の力によって強化された身体であれば、あの火矢を食らっても一発くらいなら耐えられるかもしれないが――


 くそ。状況は刻一刻と悪化していく。早く、どうにかできなければ、やられてしまう。その思いが、竜夫の気をどんどんと逸らせていった。


 落ち着け。そう自分に言い聞かせる。戦いにおいて、焦りは禁物だ。焦りは目を曇らせ、その手を誤らせる。目の曇りと手の誤りは戦いにおいてもっとも危険なものである。そうなった結果、致命的な間違いをしてしまう可能性は大いにあるのだから――


 竜夫はなおも火矢を避け続け、奴隷兵士を打ち倒し続ける。


 想像を絶する物量との戦いに終わりは見えそうになかった。

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