第167話 破壊手段

 自身へと向かってくる無数の鎖を竜夫は向かい受ける。最初に迫ってきた鎖に刃を当てた。金属同士が激しくぶつかり合ったような音があたりに響き渡る。


「く……」


 たった一本でも、鎖は想像以上に重たかった。だが、一本だけならなんとか、いまの状態でも太刀打ちできるが――


 彼の力によって弱体化したいま、それをいつまで続けられるかは不明瞭である。戦闘が長引いて不利になるのは間違いなくこちらだ。


 迫ってきた二本目の鎖を弾く。巨大な鉄の塊を思い切りぶつけられたかのような重さと衝撃が腕を襲い、わずかに後ろへと弾き飛ばされる。


 とにかく、いち早く奴を倒しうる手段を見つけなくては。あの想像を絶するほど重く硬い鎖の集合体を破壊しうる手段を、見つけなければならない。


 三本目の鎖に刃を打ち当てる。三度、想像を絶するほどの重さと硬さを誇る鎖と衝突した刃は音を立てて砕けた。竜夫は砕けたそれをすぐさま捨て、再び刃を創り出して構える。


 四本目と五本目が襲い来る。斜めと横からほぼ同時に迫るそれを、刃を当てて弾くことは不可能だ。そう判断した竜夫は前に飛び、二方向から挟み込んできた鎖を回避。背後で鎖同士がぶつかり合う音が響き渡った。


 このまま攻め手を欠いていたのではこちらが削られる一方だ。やはり、あの重く硬い鎖に対抗できる攻撃手段がなければ、この状況を打開するのは不可能と言えるだろう。その手段は、いまの自分にあるのか?


 そう思いながら竜夫は刃を消して大砲を創り出し、十メートルほど離れたところから鎖を放っている男に向かってそれを放った。


 轟音が響き、竜夫の身体は反動で後ろへと飛ぶ。放たれた砲弾は男へと命中し、爆発。あたりを揺るがすような爆音と衝撃と熱と煙が巻き起こった。それから着地する。


「……ほう」


 着地した竜夫の耳に聞こえてきたのは、煙を掻き切るような男の声。砲弾の爆発で巻き起こった煙が晴れる。重く硬い鎖の集合体である男の姿は健在だった。その身体は、ほとんど傷ついていない。あれだけの爆発と衝撃にさらされたのにも関わらず。


「驚いたな。そのような攻撃手段も持っていたか。脅威といえば脅威であるが、その程度では俺の身体を傷つけることはできん」


 冷静に冷酷に、男は言葉を返してくる。その言葉は傲りでもなければ大言壮語でもない。ただ純然と事実を告げている。


 この大砲で傷つかなかったとなると、やはり奴の鎖は竜の遺跡にいた巨大な竜石の結晶に匹敵する強度を持っていると見て間違いない。


 嫌な事実ではあるが、予想通りでもある。できることなら、いまのでやられて欲しかったというのが正直な感想ではあるのだが。


 であれば奴の身体は、生半可な手段では傷つけられない。巨大な刃を創り出して爆散させても、恐らく同じだろう。


 やはり、力任せでは奴が誇る強度を上回る威力を生み出すのは難しい。そうなってくると、強度を無視できるような手段があればいいのだが――


 とはいっても、以前のように敵の身体に直接触れてそこに割り込ませるような形で刃を創り出して攻撃するという手段はとれないだろう。正確に言えば、可能ではあるが、実行がとてつもなく難しい。奴は竜石の結晶とは違い、動くのだ。それも、とてつもない速さで。俊敏に動き回る相手を直接手で触れるのはそもそも難しく、なにより素手で触れようとすれば、最悪の場合、腕をミンチにされかねない。そんなものに素手で触れるべきではないだろう。


「で、次はどうするつもりだ? 貴様がいた異世界での兵器でも創り出すか? いいだろうやってみろ。どうせこの身体は頑丈なくらいしか能がないからな。この身体ももとより貴様を潰すための捨て駒に過ぎん。ここでやられたところで、俺自身にはなんの影響もない」


 異世界の兵器。その言葉を聞いた竜夫は考える。


 現代兵器で奴の身体を傷つけることは可能だろうか?


 小火器では当然のことながら、傷つけることは無理だろう。先ほどの大砲で傷つかなかったことを考えるに、携行できるサイズの重火器でも無理だ。そうなってくると、人が携行できないサイズの兵器になってくる。車に設置するような機関砲や、戦車砲に匹敵する貫通力を持った大砲などだろうか。他にあるとすれば、ミサイルなどのレベルになってくる。そんなものまで創れるのかどうか不明であるし、なにより――


 そのような現代兵器を使えば、間違いなく街に影響が出る。ミサイルなんかを使ったら、そうなってしまうのは確実だ。


 たとえ、いまここに人がいなかったとしても、この場所にずっと人がいないわけではない。この場所から人を遠ざけている『なにか』の影響が消えれば、ここにも人が戻ってくるはずだ。そうなったとき、見知らぬ彼ら彼女らはなにを思うだろう? それを考えると、ミサイルを創り出せたとしてもこんなところで放つわけにはいかない。街中で大砲をぶっ放しておいていうようなことではないとはわかっているのだが。


 とにかく、大規模な兵器を使うわけにはいかない。使うのなら、被害が出ても最小限に抑えられる場所までおびき出すかだろう。大きな都市であるこの街に、大規模な兵器を使用して被害が小さくなる場所などない。数キロ、数十キロ離れなければならないだろう。奴がそんなところまでアホみたいについてきてくれるとは思えない。


 となるとやはり、火力に関係なく、奴の身体の損害を与えられる手段でなければ。


 そんなもの、あるのか? 竜夫は敵を警戒しながら頭を全力で走らせる。


「どうした? 恐れているのか? まさかそんなことはあるまい。ここで恐れるようであれば、俺に逆らうなどしなかったはずだからな。なにを考えている? 言ってみろ。多少の無礼は許してやる」


 男はそう言って、金属同士を擦れ合わせたような音を響かせながら一歩前に踏み出してくる。そこから見えるのは余裕だ。それは間違いなく、他人の身体を思うままに操り、自身は一切傷つくことはないからこそあるものだろう。


 そこまで考えたところで――


 ふと思いつく。


 奴の身体を傷つけるに足る手段を。


 これならば、できるかもしれない。火力に関係なく奴の身体を傷つけることができるはずだ。


 問題があるとすれば――


 自分の能力でそれを創り出せるかということと、創り出したそれを自分に操るだけの技量があるかということ。果たして、できるのか?


 そう問いかけて、心の中で首を振ってすぐに否定する。


 できなければ、道は閉ざされてしまうだけだ。なにがどうあろうと、できなければ先には進めない。みずきを守ることも、もとの世界に戻ることもできなくなる。


 やるしか、ない。竜夫はそう決意し、目の前に立ちはだかる巨大な鉄の塊のような男に目を向ける。


「貴様を見るに、まだ諦めていないようだ。つくづく不快な奴だ。さっさと潰れればいいものを。叩いても潰れない虫ほど不愉快なものはない」


 そう言うと、男の身体から無数の鎖が飛び出してくる。


 竜夫は大砲を消し、刃を創り出し、前へと踏み出した。


 迫る鎖に刃を当て、弾いていく。一本二本三本。前に進む。四本目五本目六本目を紙一重で回避し、さらに距離を詰める。


 弾いた三本の鎖が背後から飛来するのが感じられた。横に飛び、刃を当てて弾き、宙に飛んでそれを回避し、さらに距離を詰める。


 迫る鎖はなおも止まらない。弾いて飛んで踏み込んで致命傷だけは回避していくも、その身体は徐々に傷が増えていく。だが、それでも着実に距離を詰めていった。あと三メートル。


 そこまで迫ったところで、竜夫は手に持っていた刃を投げつけた。投げつけた刃は男へと迫り――


 それは当然のことながら、男の身体を傷つけるものではない。男は竜夫が投げつけた刃を一切防御することなく、その身で受け止める。


 だが、投げつけられた刃を受けたことにより、男はほんのわずか、一瞬だけ動きが遅れた。竜夫は、その隙を逃さない。さらに前へと踏み出す。あと、一メートル半。


 徒手となった竜夫は、そこで男の足もとへあるものを投げつける。それは、男の足もとで弾け――


 強烈な閃光と音をまき散らす。閃光手榴弾。たとえどこまでも頑丈な身体を持っていようと、強烈な音と光の爆弾は防ぎようがない。それにより、襲いかからんとしていた無数の鎖は動きを止め――


 竜夫はさらに前へと踏み出した。一メートルを切る。そこはもうすでに、竜夫の間合いであった。


 竜夫は刃を創り出し――


 それを振るい――


 その刃は、斬れるはずのない男の身体を両断した。

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