第151話 不死

 青年が振るった直剣から放たれたのは、その刀身と同じ赤色をした禍々しき斬撃であった。赤い三日月のようなそれが竜夫に襲いかかる。


 しかし、放たれたそれは派手ではあるが直線的なものに過ぎない。軌道上にあるものを飲み込みながら向かってくる赤い斬撃を竜夫はわずかに身体をずらして紙一重で回避。身体のわずか数センチ先を通り過ぎていったそれは竜夫の肌を響かせた。


 巨大な斬撃を回避した竜夫の前に青年が現れる。大きく派手な一撃とともに距離を詰めていたらしい。それは読み通りだ。驚くには値しない。竜夫は、両手に持った刃を振り下ろした。


「……!」


 青年が攻撃とともに距離を詰めてくるのは読んでいたが、その先の行動は竜夫の予想外だった。


 目の前に現れた青年はこちらに背を向けたのだ。思いもしなかった青年の行動に竜夫は思わず瞠目したものの、振り下ろした刃は青年の肩口へと吸い込まれて――


 だが、その一撃は致命打にはなり得なかった。攻撃の瞬間、背を向けた青年の身体から鋭利な杭のようなものが飛び出してきたのだ。その予想外の攻撃に反応し、反射的に身体をずらしたせいで、竜夫が振り下ろした刃は青年の肩口にわずかに食い込んだだけに留まった。青年の身体から突き出された杭のようなものは竜夫の鎖骨の付近を貫通。鋭い痛みが肩を貫く。


「さすがだな。これでも致命打にはなり得ないか。大抵の奴はこれで仕留められるのだが」


 背を向けていた青年の声が聞こえてくる。それはこちらのことを讃えるような声であった。


 そう言ったのちに、青年は自らの身体から突き出していた杭のようなものを引き抜いた。心臓のあたりから大量の血が噴き出し、それは竜夫へも降りかかった。


 竜夫はすぐさまバックステップして距離を取る。


 青年の手には先ほどと同じく禍々しい赤色の刀身を持つ直剣が握られていた。先ほどと違うのは、青年の胸のあたり風穴が空き、大量の血を流していること。身体に空いたその風穴は、誰がどのように見ても心臓を貫いていた。にもかかわらず、青年は平然としている。それはまるで、心臓を貫かれた程度では死なないと言っているかのよう。


 竜夫をさらに驚かせたのは、その直後であった。青年の胸に空いた風穴が高速で再生していったのだ。まるで早回しをしているかのように。三秒とかからずにその傷は消滅。残されたのは、彼が着ていた衣服の穴だけ。


「……再生、能力」


 竜夫は呟く。


 心臓を貫かれても復活を果たすほどの再生能力を持っているのなら、頭に銃弾をぶち込まれて吹き飛ばされても復活できてもおかしくない。いま目の前で起こった出来事がなんらかのトリックによるものとは思えなかった。戦いの中でそんなトリックを行えるような時間も余裕もなかったはずだ。


「どうした。驚いているのか?」


 青年の平然とした声が聞こえてくる。


「そりゃあ、自分で心臓をぶっ刺して平然としている奴がいたら驚くだろうよ」


 青年の言葉にそう返しつつ、竜夫は考える。


 彼が持っているのが超常の再生能力であるのなら――


 どうやれば、奴を打ち倒すことができるのか? なにしろ奴は頭を吹き飛ばされようが心臓を貫かれようが復活できるのだ。本当に意味で、殺しても死なないのである。そんな相手を倒す方法などあるのか?


 竜夫は、青年に目を向ける。


 自身の手で自らの心臓を貫いた彼は悠然と立ちはだかっている。ダメージを受けている様子はまったくなかった。先ほどと変わっているのは、胸のあたりの衣服に穴が空いていることだけ。自分以外の誰かがいまの彼を見て、ほんの数十秒前に自身の心臓を貫いたとは思わないだろう。それくらい、彼の身体は綺麗に再生を果たしている。


「そりゃそうだ。それに関しちゃ俺も同意するよ。まあ、こうやって不意を突けるから便利ではあるが」


 青年はそう嘯き、極めて軽い様子で笑みを見せた。


「さて、続きをやろうか。俺も大事な手札を一枚切ったんだ。そろそろやられてくれないと、俺としても困るんだが」


 青年は先ほどよりも刀身が長く、大きくなった直剣を両手に持ち替える。自分が動くことはもちろん、敵が先に動いても問題なく対処できる隙のない構え。


 どうする? 竜夫は青年に目を向けたまま、考える。


 頭を吹き飛ばされても、心臓を貫かれても復活できるほどの再生力を持つ彼を打ち倒すことは可能なのか? 頭部や心臓を完全に破壊されてもなお蘇ることができるのなら――


 はっきり言ってそれは、不死ということに他ならない。不死の存在を殺す方法など、自分が持っている手札にあるのか――


 そんなもの、あるとは思えなかった。


 どうして目の前に現れる敵はこうも理不尽な能力を持っているのだろう? 無数の身体をどこかから操る奴が出てきたと思ったら、今度は殺されても復活できる再生能力を持った敵だ。竜夫は現在進行形で自身を襲う理不尽に嘆きたくなるばかりであった。


 だが、嘆いたところでなにも変わらない。こちらが嘆けば、いま目の前に立ちはだかる彼の理外の再生能力を失くせるのならいくらでも嘆くが、そんなことは現実で起こってくれるはずもない。


 不死身だろうがなんだろうが、この敵を打ち倒すことができなければ先がなくなるだけだ。そうなれば、自分はもちろん、みずきにも未来はなくなるだろう。自分が終わってしまうことも嫌だが、彼女が終わってしまうのはそれ以上に嫌だ。彼女だけでも生かしてもとの世界に戻したいと思う。だが自分のように竜の力を持たず、頼れる者もいないみずきがたった一人でこの異世界に残されてしまったら――


 そんなこと、想像すらしたくなかった。


 彼女を守るのなら、彼女の無事を祈るのなら、どうにかしてこの不死の敵をなんとかしなければならない。


 いままでと同じだ。ただそれが、いままで以上に難易度が上がっただけのこと。やらなければならないことは変わらない。


 なにか、弱点はないのか? 不死身といえば、吸血鬼であるが――


 平然と真昼であるいまを出歩いている彼が、吸血鬼であるとは思えなかった。吸血鬼でないのなら、銀の弾丸も十字架もにんにくも効くはずもない。そもそも、彼の再生能力は竜の力によるものだろう。


 であれば、吸血鬼のようなわかりやすい弱点などあるはずもない。では、どうする? このまま彼の再生能力に圧倒されて、やられるのを待つだけか?


 駄目だ、と心の中でそれを否定する。どれほど困難が襲い来ようと、諦めてしまったそれで終わりだ。自分だけならよかったかもしれないが、みずきがいるいまは――


 そんなこと、許されるはずもない。


 冷静になれ。竜夫はそう自分に言い聞かす。


 完全に不死身の存在などいるはずもない。この異世界にいた竜という強大な存在であっても同じはずだ。強大な存在であっても、生きているのなら必ず限界は存在する。完全無欠で万能な生物など存在しないのだ。


 であれば、その竜の力を持つ彼も同じである。竜の力は強大で強力であるが、完全無欠でも万能でもない。目の前に立つ彼が例外的に完全無欠で万能な存在であるとはどうしても思えなかった。いままで同じように、なんらかの限界や弱点が存在するはずだ。


 だが、それは見えてこない。


 どうする? と再び自身に問いかける。


 なにか、なにかないのか?


 殺しても死なない存在を殺す方法。もしくはその弱点。それさえ見えてくれば、道は開けるかもしれない。


 とにかく、前に進むしかない。なんの策もなく、後ろに下がってもジリ貧になるだけだ。


 戦いの中で、どうにか不死の存在である彼の限界や弱点を見つけるよりほかに道はない。


 竜夫は刃を構え直し――


 二人が踏み出したのは、同時であった。

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