第115話 操るもの

 竜夫は左手に大砲を創り出し、構える。そのまま砲身を結晶に叩きつけてゼロ距離発射。ゼロ距離で放たれた砲弾は結晶に衝突して爆発し、轟音と衝撃が広い空間全体を揺るがすかのように響き渡った。放った竜夫自身も反動で後ろへ大きく吹き飛ぶ。


 だが、ゼロ距離から子供用のボーリングの玉ほどある砲弾をぶつけられたのにもかかわらず、結晶は破壊されるどころかまったく傷ついてすらいなかった。


『素晴らしいな。さすが我が主たちの脅威となるだけのことはある。貴様ほどの者を相手にするのなら、私としても出し惜しみをするわけにはいかんな』


 そんな声が響いた直後、壁の方向が煌めくのが見えた。竜夫はすぐさま反応したものの、回避しきれなかった。放たれた光の筋は、竜夫の腕を掠めその皮膚と肉を焼き切った。焼き切られた箇所は一切出血することなく、ただ傷口だけを作り上げる。


『これにも反応するとは、さすがだ。では、これはどうかね?』


 この場所にある壁がいくつも同時に煌めいた。煌めくと同時に、光の線が放たれる。わずかな時間差をつけて放たれたそれは竜夫の身体を焼き切って貫通せんと襲いかかった。竜夫は一発目を後ろにステップして回避。横から襲いかかった二発目は足を掠める。逆方向から三発目。回避できない。わずかに身体をずらし、致命傷を避ける。光の筋は、竜夫の足を貫通。鋭い痛みが広がった。やはり、出血はなし。五発目と六発目がわずかな時間差をつけて前と左斜め後ろから迫る。竜夫は左斜め前に飛び込んで放たれた二発の光の筋を回避。それは服を掠め、焦げる匂いが漂った。


『ほう、受けながらも致命傷だけは回避するか。その判断ができるとは非常に素晴らしい。その勇気には敵ながら敬意を送ろう』


 その声は相変わらず淡々としていたものの、わずかながらに感情があると思えるものだった。機械のような冷徹さを持ってはいるが、感情は一切ないというわけではないようだった。


「そりゃどうも。できることなら、このまま見逃してほしいところだ」


『残念だが、それは不可能だ。私の任務は、ここに侵入した我が主たちに不敬を働く不届き者を始末することだ。私はそのための存在する装置である。ここで貴様を見逃すことは、私が我が主たちに反旗を翻すことに他ならない。である以上、見逃すことはできん。なにより、貴様は我が主たちに仇をなす存在だ。見逃すことなどできまいよ』


 結晶の中にいる『なにか』は不気味に蠢きながら、淡々と冷徹に、しかしはっきりとした声を響かせる。人と同等の、あるいはそれ以上の知性を持ちながら、自身のことをただの装置であると迷いなく言えるその在り方は底知れない恐怖を感じさせるものだった。


『それとも、先ほどの奴らのように、私の駒になってくれるのかね? 戦力としては非常に素晴らしい限りだが――いささか危険だな。現段階では不確定要素が大きすぎる。貴様に奴らと同じく我が力が通じるとは限らんからな。仮に貴様を我が戦力として利用できたとしても、肝心なところで正気に戻られてしまってはこちらとしても叶わん』


 物事というのはいつになってもうまくいかんものだな。などと機械的な口調の声を響かせる。


 そんな声を聞きながら、竜夫は結晶の中にいる『なにか』を注視する。


 やつを守護するあの結晶は、生半可な力では傷すらつけることすらできないだろう。それは、大砲をゼロ距離で放ってもわずかな傷すらつけられなかったことからも明らかだ。まともな手段では、傷をつけることすらもままならない。


 やつを倒すのならば、なにか手段を考えなければならないだろう。あの結晶のあまりにも無慈悲な強度を誇る結晶を破壊する方法、もしくはその強度をすり抜け、やつに直接干渉する方法が必要だ。


 どうする? 竜夫は敵の様子を窺いながらそれを模索する。


 いくら硬いといっても、完全な無敵ではないはずだ。完全な無敵でないのなら、倒す手段は必ずある。それは、一体――


 しかし、その手段は現段階ではまったく見つからない。


『どうした? 仕掛けてこないのかね? 私には貴様の攻撃を受け止める程度の狭量はあるぞ。遠慮などする必要はない。我々は、互いに滅ぼし合うしかない敵同士なのだ。存分にやり合おうではないか』


 結晶の中にいる『なにか』は機械的な堂々とした声を響かせる。その声は平坦ながらも明らかに余裕だ。やつは、自身を守る結晶の強度に相当の自信があるのだろう。そうでなければ、そんな言葉を言ってくるはずもない。その余裕さをへし折ってやりたいと思うものの、いまのところ考えられる手段ではやつを守る結晶に傷をつけられないのも事実だった。


 なにか、なにかないのか? 竜夫は自身がとれそうな手段を模索する。だが、それは見つからない。とてつもなく硬いというのは、どこまでも厄介だ。シンプルで直接的なものほど、強力な場合は対処が難しくなる。


 もう一度近づいて、今度は手で触れて、自身の身体から刃を突き出させてみるか?


 いや、駄目だ。自分の身体から突き出させても、相手が誇る強度を無視できるわけではない。痛みに耐えて行っても、傷一つつけられないまま終了するのは目に見えている。


 放つ弾丸の性質を変えてみるか? 貫通力に特化した弾丸を放つのは?


 これも駄目だ。確証はないが、弾丸の性質を変えた程度で貫けるのなら、大砲のゼロ距離発射で破壊できていただろう。そうでなかった以上、試してみる価値はない。もしかしたらに賭けるには、勝算が小さすぎる。勝算が小さすぎる賭けなど、大抵は勝てっこないのだ。何百倍、何千倍の倍率の万馬券が多くの場合当たらないのと同じように。


 やつを守る結晶に、なにか弱点はないのだろうか? 菩提樹の葉がついていたジークフリートの背中のように。あるいはアキレウスの踵のように。どこかに一点だけ、弱点があったりしないのだろうか?


 ないと断定することはできないが、あったとしてもそれなりの対策は講じているだろう。やつ自身が言っていたように、結晶の中にいる生物ともつかないあれは、その見た目通り本体は極めて脆弱なのだ。その脆弱さを補うために、やつのまわりは非常に硬い結晶に覆われているのだから。自身を守る生命線といえるものに、わずかなものであっても弱点を残すとは思えなかった。あったとしても、戦いの中でそこを突くのが難しい程度にはなっているだろう。もしくは、そこを突かれても自身に影響を及ぼさない位置になっているかもしれない。


 以上を踏まえると、やつを守る結晶にわかりやすい弱点があるとは考えにくい。


 やはり、真正面からぶつかり合うしかないのか? だとすると、やつを打ち倒すのは絶望的だ。なにしろ、こちらが取れる最大に近い火力を以てしても、傷一つつけられなかったのだから。


『来ないのなら、私からいかせてもらおう。侵入者を、我が主たちを仇なすもの打ち倒すのは私の使命である』


 そんな声が響く同時に、足もとから気配が感じられた。それを察知した竜夫はすぐさま反応し、その場所から飛び退く。その直後、一瞬前まで竜夫が立っていた場所に杭のようなものが突き出していた。あんなもので足もとから突きあげられたのなら、致命傷を負うのは確実である。


 しかし、足もとから突き出た杭を回避してすぐ、再び壁がいくつも煌めいた。無数の光の筋が、竜夫の身体をバラバラに切り裂かんと迫りくる。無数に襲いかかるそれらをすべて回避することができないと悟った竜夫は、自身への損傷が最小限になる位置を瞬間的に割り出し、そこへと飛び込む。足と右肩を光の筋で切り裂かれた。切り裂くと同時に傷口を焼くそれは、強烈な痛みだけを残して出血は一切伴わない。


 今度は頭上から気配。頭上から、無数の矢が降り注いできた。広範囲に降り注ぐ矢は、小さいながらも禍々しさを感じさせる。


 竜夫は手に持つ刃に力を注ぎ巨大化させ、それを防ぐ。降り注ぐ矢を防ぐと同時に、無理矢理力を流し込まれた刃はガラスのように砕けて消えた。


『そんなこともできるのか。なかなか器用なものだな。さすが我が主たちを脅かす存在だ。驚嘆というほかにない』


「そりゃあ、お褒めいただき光栄だね」


 淡々と述べる言葉に、竜夫は吐き捨てるような声を返す。


『だが、それはいつまで続けられるかね? 一分か、一時間か、それとも一日か? まあいずれにせよ、耐久戦となれば有利なのは私のほうだ。長い目で行こうじゃないか』


 そんなもの真っ平ごめんだと思ったが、耐久戦となれば相手が絶対的に優勢なのは間違いなかった。相手の土俵で戦ったら負けるのが確定している以上、それに乗る理由などどこにもない。


 だが、現状攻め手が欠けている以上、このままでは耐久戦となるのは誰の目から見ても明らかであった。


 どうにかして、この状況から脱却しなければ。竜夫は、目の前にいる敵を警戒しながらそれを考える。


 しかし、その回答らしきものはまったく見当たらない。


 先が見えない戦いは、まだ続く。

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