第103話 不吉の先触れ

 誰かいるはずの場所に誰もいない。目の前に広がったその光景は、竜夫たちを不安にさせた。


「…………」


 誰もが黙したままタイラーたちがいるはずの分岐点を見る。何度見返しても、近づいていっても、その場所に人の姿がないのは、誰の目から見ても明らかであった。


 こちらが道を間違えた、ということはないだろう。自分たちが進んだ先は一本道だった。進んでいる最中、こちらにいた誰もが気づかないうちに別の場所に飛ばされた、という可能性は完全には否定しきれないが、転移の際に浮遊感を感じることを考えると、気づかないうちに別の場所に飛ばされるとは思えなかった。


 となると――


「向こうでなにかあった、か?」


 一番前を歩いていたウィリアムがそんな言葉を漏らした。それは竜夫を含めた、この場にいた四人全員が思ったことだろう。


「だろうな。あいつらが約束の時間を忘れて探索に没頭するとは思えない。どうする?」


 ウィリアムのあとに続いていたロベルトが問い返す。


「あと少し待ってみたいところではあるが、タイラーたちがなにか急を要する事態に襲われているのなら、すぐに救援に駆けつけたほうがいいだろう。もしかしたら、俺たちが戦ったあの石像と同じくらいの敵と遭遇しているかもしれない」


 ウィリアムの言葉を聞き、竜夫はつい数分前に倒した石像のことを思い出す。


 竜夫には、タイラーたちがどれくらいの実力を持っているのかはわからない。だが、仮に彼らの実力がウィリアムたちと同等と考えても、あの石像レベルの敵と遭遇していたのなら苦戦は必至だ。下手をすれば、敗北していてもおかしくない。あの石像はそれくらいの戦闘能力を誇っていた。


「タイラーたちが進んだ先が複雑になっていて迷っている、という可能性は?」


 ロベルトの後ろに続いていたグスタフが問う。


 そうだとすると、先に進むのは少し危険だ。救援にかけつけたこちらが迷って、ミイラ取りがミイラになる可能性は充分にあり得る。


「それも否定しきれないが――どうだろうな。この先が複雑であったとしても、タイラーたちも充分な実績と経験のある連中だ。迷わないようなにかしらの対策はするだろう。ただ入り組んでいるというだけで大幅に遅れるとは考えにくい。もし、迷っているのだとすれば、タイラーたちを迷わせるような仕掛け――幻覚を見せたり、感覚器官を狂わせたりするようなものがあるのかもしれない」


 だとすると、なんの対策をせずに進むのはさらに危険だ。助けに行ったこちらが迷って戻れなくなる可能性がある。


 竜夫はタイラーたちが進んでいった先に視線を向ける。そこは、自分たちが戻ってきた道と同じように静寂に包まれていた。その静寂さはどこか異様で、恐ろしい。なにかあるようにも、なにもないようにも思える。そこはかとなく不吉なものを感じさせた。


 だからといって、この場でずっと待機しているわけにもいかない。タイラーたちが遅れている原因は、こちらが遭遇したあの石像レベルの敵と戦闘をしているからかもしれないのだ。だとするとすぐにでも駆けつけるべきだろう。


 どうする? と竜夫は自身に問いかける。なにか、相手の状況がわかるものがあればいいのだが――


「タイラーさんたちと連絡を取る方法はないんですか?」


 竜夫の言葉にウィリアムは「いや」と言って首を横に振る。


「こんなことなら、通信機を買っておくべきだったか。くそ」


 ウィリアムは静かに悪態をついた。


 しかし、そんな悪態をついたところで、タイラーたちがこの場にいないという現実は変わらない。時間だけが無為に過ぎていく。


「やっぱり心配だ。タイラーたちが俺たちと同じようにあの石像と同じくらいの敵と遭遇している場合もある。その可能性が否定しきれない以上、彼らの身を案じるのなら、俺たちは救援に行くべきだろう」


 数十秒の沈黙のあと、ウィリアムは意を決したように言った。


「そうだな。俺もそのほうがいいと思う。タイラーたちの実力は信頼できるが、俺たちが遭遇したあの石像の強さを考えると、やばいかもしれないからな。二人はどう思う?」


 ウィリアムの問いにロベルトは同意し、竜夫とグスタフに問いてくる。


「俺も同意だ。もし戦闘なっているのなら、俺たちが行ったほうが生き残れる可能性は高くなるからな」


 グスタフもウィリアムに同意する。


「僕も行くべきだと思います。タイラーさんたちがなにか危険な状況に陥っていて、僕らが駆けつけることで助けられる可能性が高まるのならそのほうがいい」


 グスタフに続き、竜夫も同意する。


 やらずに後悔するよりも、やって後悔するほうがいい、なんて言うつもりはない。だが、自分たちの身を案じた結果、助けられるものを助けられなかったら、その事実は猛毒のように自分を蝕むだろう。竜夫は自身の失態のせいで失われた命のことを思い出した。これ以上、そんな猛毒に侵されたくはない。自分の手で助けられるのなら、一人でも多く助けたいと思う。その先が、危険ないばらの道だったとしても。


「全員賛成か。それじゃあ行こう。引き続き俺が前を進む。竜夫とグスタフは中衛に変更。ロベルトは後ろを頼む」


 ウィリアムの言葉を聞き、竜夫たちは移動して、陣形を変更する。


「この先には、戦闘以外にも、なにか危険な罠が待ち構えている可能性がある。充分に注意して進んでくれ。なにかあったら、すぐに報告を」


 ウィリアムはそこで言葉を切り、軽く深呼吸する。


「それじゃあ行こう」


 ウィリアムは短く言い、静寂に包まれた暗い道の先を進み出した。

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