第104話 不吉の幕開け
タイラーたちが進んでいった先には、言いようのない不吉さが感じられた。比較的消耗していないウィリアムが竜夫たちを先導しながら、その先を進んでいく。四人の歩く足音だけは響いている。他に音が聞こえてこないせいか、足音はやけに大きく響いているような気がした。
いまのところ、進む道に不審なものはなにもない。自分たちが進んでいった方向とほとんど同じだ。暗く、どこか恐ろしい雰囲気に見えた道。
それでも念のために用心して進む。もしかしたら、タイラーたちが見落とした罠があるかもしれないからだ。足もとを適宜注意し、壁にはできるだけ触れないようにする。助けに行って、助けに行ったほうが罠にかかって窮地に陥ってしまったら、これ以上に情けないことはないだろう。その確率を少しでも減らすために、余計なものには触らない用意する。変なもの、あるいは不審なものを見つけたら、まずすべきなのは他のメンバーへの報告だ。
竜夫はそっと後ろを覗き見る。
後ろを歩くロベルトも特に変わった様子は見られなかった。後方から、なにか追いかけてくる気配もない。いまのところは、大丈夫だ。
だからといって、油断をするわけにはいかない。この道か、あるいはこの道を進んだ先で、タイラーたちの身になにかが起こったのだ。それは、自分たちが遭遇したような強力な敵かもしれないし、パーティーを一気に崩壊させるような凶悪な罠かもしれない。ここは人の手がまだ入っていない場所であり、超常の力を以て高度な文明を作り上げた竜たちによって作られた場所なのだ。人智を超えたなにかが起こっても不思議ではない。どんなことも起こりうると覚悟しておくべきだだろう。それができなければ、この場所に飲まれて死ぬだけだ。
嫌な汗を滲ませながら、竜夫たちは不吉な空気に満ちた道をさらに進んでいく。
やはり、罠が発見された痕跡も、罠が発動した痕跡もなにもない。彼らの服の一部や持ち物、血液なども付着していないので、恐らくこの時点ではまだタイラーたちの身になにかが起こっていないはずである。だが、そのなにもないところが、どことなく不穏で不吉だ。
竜夫は横を歩くグスタフを見る。顔を見る限り、たいぶ体力が回復してきたように見えたが、自分と同じようにこの場に満ちる不穏で不吉な空気をはっきりと感じ取っているようであった。
もし、タイラーたちがあの石像レベルの敵と遭遇していたら、どうする? 竜夫はあたりを警戒しつつ、黙したままそれを自身に問いかけた。
自分はまだ戦える。後衛にいたウィリアムとロベルトも比較的まだ余裕はあるだろう。しかし、自分と同じく前衛にいたグスタフはかなり消耗しているはずだ。もしも、タイラーたちが負傷して、動けない状態になっていたら、最低でもこちらの誰か一人はその救護に当たらなくてはならない。そうなると、戦える人間が一人減ってしまう。タイラーたちの中で戦える状態の人間が一人でもいればまだなんとかなるが、そうである保証はどこにもない。そうなったら、戦闘要員が減ったうえに、救護に当たっている人間を守りながらの戦闘になる。先ほどよりも遥かに厳しいものになるだろう。果たして、やれるだろうか?
そこまで考えて、竜夫は首を小さく横に振る。
これも同じだ。やるしかないのだ。できなければ、そこで道が閉ざされるだけに過ぎない。
いままでなんとかなったのだから大丈夫だ、と言い聞かせるも、脳のどこかに、今回もそうなるとは限らないと思う自分がいる。自身の楽観を否定するその不安は、毒のように蝕みながら脳内に広がっていく。
その毒のようななにかに蝕まれながらも、竜夫たちは進んでいく。まだ、進む先にはなにもない。自分たちが進んだ先がそうだったように、ただ暗くなだらかに続く道が広がっている。
できることなら、このままなにもなくてほしい。そう思うものの、なにもなかったのなら、タイラーたちが約束の時間を忘れて戻ってこないなんてことはないはずだ。だから、この先には間違いなくなにかがある。なにかがあるとわかっているのに、それがまったく見えてこないというのは精神を強く消耗させた。未開拓区域の開拓を仕事としているウィリアムたちはこれに慣れているだろうが、慣れているからといって負担にならないわけではない。慣れているのだとしても、この状況は確実に彼らを蝕んでいるだろう。
そこまで進んだところで――
前を歩くウィリアムが足を止める。その先には――
白い霧のようなものがその先を塞ぐように存在している。
「これは……」
竜夫たちの十数メートル先に見える白い霧は、明らかに自然に発生したものではない。
「戻らずの霧だ」
竜夫が漏らした言葉に対し、グスタフが答える。
「あの霧の先は、入ることはできるが、出ることはその霧を発生させている原因を排除しない限りできなくなる。竜の遺跡にはよくある罠の一つだが――タイラーたちが戻ってこないのは、あの霧のせいだろう」
静かな言葉で、だけどはっきりとした口調でグスタフが言う。
「ということは、あの先にはなにかがある?」
「ああ。罠の類か、敵かはわからないが、なにかあるのは間違いない。どうする、ウィリアム? 全員で行くか、それとも誰かが霧の外に残るかだが、俺は、お前の判断に任せよう」
グスタフがリーダーであるウィリアムに視線を向けた。
「ロベルトとタツオはどう思う? 意見を訊かせてくれ」
「俺は全員で行ったほうがいいと思う。向こうに敵がいて、タイラーたちが負傷していたら、その救護もしなくちゃあならないからな。いまの俺たちには、外に要員を置いておく余裕がないし、誰か残して入ったほうが全滅なんてしたら、それこそ危険だ。この先に行くのなら、全員で行ったほうが結果として安全だろう」
ロベルトは少し考えたのち、冷静な口調で言う。
「僕もそう思います。もっと人数がいるのなら誰か霧の外に残してもいいと思いますけど、たった四人でチームを二つの分けるのは危険かと。それに、ロベルトさんが言うように、あの先に僕たちが戦ったあの石像と同じくらい強い敵がいて、タイラーさんたちが重傷を負っていたのなら、二人だけじゃあ対処は出来ないと思います」
竜夫も、ロベルトの言った意見に同意する。
「俺もそう思う。あの先に行くのなら、みんなで行こう」
ウィリアムは明瞭な声で言って頷き、竜夫とロベルトの意見に同意した。
「じゃあ、入る前に誰がなにをするかを決めておこう。タイラーたちに重傷者がいた場合、誰が対応する?」
「俺がやろう。俺の力なら、傷の治療もできるし、わずかな時間しか経過していなければ蘇生もできるからな」
ウィリアムの問いに答えたのはロベルトだった。
「わかった。タイラーたちに救護が必要な状況だったら、戦闘は俺たちに任せて、そっちに専念してくれ」
「ああ。そっちは任せた」
ロベルトは明るい声でウィリアムの言葉に答える。その声は、彼が操る炎のように明るいものだった。
「じゃあ、戦闘は俺たち三人でやろう。もし、ロベルト一人で救護できない状況だったら、ウィリアムもそっちに行ってくれ」
「それは構わないが――大丈夫か? タイラーたちが遭遇した相手があの石像と同じくらい強かったら、厳しくないか?」
「そうなっても、なんとかするさ。俺には怪我人に救護はできんからな。それに、いまはタツオがいる。なんとかなるさ」
グスタフは、竜夫を見る。
「はい。僕も怪我人の救護は出来ませんから、もし必要なのであれば、ウィリアムさんもそっちに行ってください。自分にできることをやりましょう」
「……そうかわかった。じゃあ、ロベルト、一人じゃ対応しきれない状況だったら、俺もすぐにそっちに行く。構わないか?」
「ああ。でも、無理はするなよ。自分が抱え込める以上のものを抱え込んでも潰れるだけだからな」
「ははっ、大丈夫さ。俺だって自分の限界がどれくらいかわかってるからな」
ロベルトの言葉に、明るい声で答えるウィリアム。
「それじゃあ、話も決まったし、さっさと行くか」
ウィリアムはそう言って、十数メートル先にある白い霧に包まれた場所に目を向ける。
「じゃあ、戦闘要員の俺とタツオが先に行こう。後方はお前らに任せた」
グスタフはそう述べたのち、前へと躍り出た。竜夫もそれに続く。
「それじゃあ行くぞタツオ。準備はいいか?」
「……はい」
グスタフの問いに竜夫が答えたのち――
二人は同時に、地面を蹴り、白い霧に包まれた先へと踏み出した。
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