第101話 忌み嫌われるもの

 呪われた血を持つそいつはどこまで行っても忌み嫌われていた。


 彼らは、生まれながらに多くの力を持つ強大な存在だ。自然を操り、超常を創り出す彼らは、この世界でもっとも進んだ文明を築き上げ、それはまさに神のごときと言っても過言ではない。


 彼もまた、その強大な存在である。強大な存在であったからこそ、彼の持つ呪いはとてつもなく強力なものだった。


 同族殺しの呪われた血。それが、生まれながらにして彼が授かった力であった。彼に与えられたその呪いは、わずかばかりでも入り込めば、巨大な力を持つ彼らですらも蝕み、いずれ殺してしまうほど強い。故に、彼以外の多くは、彼を忌み嫌い、彼の呪われた血をあらゆる手段を以てそれを排除しようとした。


 だが、それは叶わなかった。同族殺しの呪われた血を持つ彼は強く、彼も同じく、あらゆる手段を以て自身を守ってきたのだ。


 自身を守るために、また一つ、また一つと、彼が持つ呪われた血によって屍が積み上がっていく。それは、多くのものを恐怖に陥れた。


 彼が悪かったわけではない。彼自身は善良であり、罪らしい罪など犯していなかった。彼が同族の屍を積み上げたのは、ただ自分の身を守りたかっただけに過ぎないのだ。彼が悪かったなど、言えるはずもない。


 彼は、自身が授かった力を嘆いた。


 どうして、手に入れた力がこんなものだったのだろう、と。


 こんな力でなければ、忌み嫌われることなんてなかったのに、と。


 自身を追う刺客の屍を一つ積み上げるたびにそう思った。その嘆きは、善良だった彼を摩耗させ、いつしか彼はそれを失い、あらゆるものを憎み、嫌い、皮肉り、嫌悪するようになった。


 それは、悲劇だったかもしれない。


 あるいは、喜劇であったかもしれない。


 それは、どちらであっても彼が授かった力が呪われていたからこそ招いたものだ。力というものは、時としてその在り方すらも歪ませる事例と言えるだろう。


 彼はいつしか、自身を守ることすらも疲れ、追うものたちによって捕らえられ、冷たい牢の中で過ごすことになる。彼は、自身を含めたあらゆるものに呪詛を吐きつけながら、冷たい牢の中で長い時を過ごしていく。彼は冷たい牢の中で繋がれて、はじめて平穏を得た。


 牢の中で繋がれることに、不満はなかった。長い間追われ続け、摩耗した彼は自身の不当を嘆くこともできなくなったのだ。


 彼以外のものが、どうして彼を殺さなかったのかは不明だ。彼の呪われた血が、なにかに使えると思ったのかもしれない。だが、それはどうでもいいことだろう。その真実は、彼に知らされることはなかったのだから。


 呪われた血を持つ彼は、今日もどこかで呪いを吐きつける。自分自身へ。自分以外のすべてのものへ。その呪いは、彼の身に宿した呪いと同じく、消えることはない。


 それは、なんて――



 覚醒したケルビンの目に入ったのは、見慣れない天井だった。一瞬だけ戸惑い、それからすぐにどうして自分がここにいるのかを思い出す。


 ここはローゲリウス新市街にある宿。中流以上のそれなりに裕福な人間が泊る、それなりの場所だ。


『目を覚ましたか』


 起き抜けに、ブラドーの声が響く。


 時刻は朝の九時前。少しばかり寝坊したようだ。だが、急ぐ必要はない。ヒムロタツオを始末するまで、この街に滞在することになるのだ。それを見越し、昨日この宿に来たときに、すでに一週間分の宿泊料を払ってある。


「ああ。おかげさまで」


 ブラドーの言葉にそんな言葉を返したのち、ケルビンは歯を磨き、顔を洗い、寝間着から着替える。


「で、ヒムロタツオはここにいるのか?」


 ケルビンはブラドーに問いかける。


『ああ。恐らくな。ここに残っている奴の力の残滓はまだ新しい。だが――』


 ブラドーはそこで一度言葉を切り――


『すぐに奴を見つけるのは難しいな』


「どうしてだ?」


 ケルビンは朝食代わりに部屋の備えつけてあった菓子をつまみながらブラドーの言葉に返した。


『帝都ほどじゃないが、この街も奴らの気配に満ちているようだ。ふん、忌々しい』


「この街にも竜の力を持った人間が多数いるのか?」


『ああ。どういうことになっているのかはわからんがな。どうやらそうらしい。ヒムロタツオを見つけるのは難儀しそうだ。この街も広いようだからな』


 どこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだと吐き捨てるブラドー。違う街にきても彼は相変わらずだ。あらゆるものを憎み、嫌い、そして皮肉っている。


『……どうかしたか?』


「いや、なんでもない。ところで、ヒムロタツオはどこに潜んでいると思う?」


 先ほどブラドーが言ったように、この街は広い。なにしろ帝国第二の都市なのだ。ある程度あたりをつけられないと、見つけるのは非常に困難だろう。


『さあな。それを見つけるのがお前の仕事だろう。それとも、俺の意見を求めているのか?』


 ブラドーの言葉に、ケルビンは「まあね」と返す。


『……俺たちがいるほう――新市街だったか――こちらのほうは、奴の力の残滓は薄いな』


「となると、ヒムロタツオは旧市街のほうに潜んでいる?」


 旧市街のほうは新市街とは違い、区画整理が進んでおらず、かなり込み入っている場所だ。潜むのなら、そちらのほうが見つかる確率は小さい。それに、旧市街は他国から出稼ぎに来ている竜の遺跡の発掘者たちも多くいる。あそこなら、異邦人であるヒムロタツオも浮くこともないだろう。


『その確率は高い――が、確定するにはまだ早いだろう。追うこちらの裏をかいて、新市街に潜んでいる可能性も充分にある。動き回って奴の力の残滓を追ってみるしかあるまい』


「この街に来てもやることは同じ、か」


 やれやれとケルビンはため息を漏らした。


 やはり、追加料金を払って情報屋にヒムロタツオの行方を調べてもらうほうがよかっただろうか? それを断ったことに、少しだけ後悔する。


『そうだ。俺は奴の力の残滓を追うから、お前は奴に察知されない程度に動き回れ』


「そうだね。やるだけやってみよう」


 どうせやらなければならないのだ。やってみるよりほかにない。菓子を食べ終えたケルビンは立ち上がった。


「ところでブラドー。一つ訊いてもいいか?」


『なんだ?』


「俺はヒムロタツオに勝てると思うか?」


『知らん。奴に勝てるかどうかは、お前次第だ。俺がどうこうできることじゃない。だが、俺の力は奴にも有効だ。倒せない理由はない』


「……そうか」


 事前情報を見る限り、ヒムロタツオの戦闘能力は非常に高いのは明らかだ。そうでなければ、あの歴戦の暗殺者であるあの三人を打ち倒せるはずもない。


 覚悟が必要だ。ケルビンは黙したまま気合いを入れる。


 それに、自分にはどうせ守るものなどないのだ。仮に死んだところで、なにかあるわけでも――


『どうした。なにを突っ立っている?』


 ブラドーの声が聞こえて、ケルビンは我に返った。


 何故、自分には守るものなんてないと思ったのだろう? ずっと二人で生きてきた妹がいるというのに。


「いや、なんでもない。気にしないでくれ」


 ケルビンは首を振って、先ほど自分が抱いた疑問を振り払った。


「ここにいても仕方ない。さっさと行こう」


 ケルビンは机に置いてあった部屋の鍵を拾ったのち、歩き出した。

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