第100話 炎の剣

 床を蹴り加速した竜夫は石像に接近。奴には、普通の刃ではほとんど通らない。創り出したのは、両手で振るうことを前提とした自身の身長の八割ほどもある巨大な刃。それを、全身の力を利用して振るう。


 だが、石像はいたって冷静に竜夫が創り出した巨大な刃を剣で防ぐ。甲高い音が響き渡る。


 竜夫の攻撃を防いだことによって発生したわずかな隙を縫うように、グスタフが接近する。左手に持った赤い剣には炎が纏っていた。その剣には、見える風景を歪ませるほどの熱量を誇っている。グスタフが剣を振るうと、赤い軌跡とともに、その熱量を持った炎の斬撃が放たれた。あたりの空気を貪りながら、石像へと迫る。


 自身への攻撃を認識した石像は、楯を構えつつ放たれた斬撃へと踏み込む。楯は唸るような挙動を見せ、炎の斬撃が当たると同時に衝撃波を発生させ、グスタフが放った斬撃を相殺。グスタフの放った炎の斬撃は完全には相殺しきれなかったものの、命なき石像にとってその程度はダメージにはなり得ない。身体の至るところを燻ぶらせながら、グスタフに向かって袈裟斬りを放った。


 石像の袈裟斬りをグスタフは黒い剣で防御する。石像の持つ腕力に慣れてきたのか、今回は体勢を崩されることはなかった。


 次の瞬間、下から木の根、空中に火の玉が無数に出現する。木の根は急速に伸びて石像に纏わりつき、空中に出現した火の玉は矢へと変質。石像はすぐさま衝撃波を放ちまとわりついた木の根を振り払った。しかし、木の根を振り払ってわずかに遅れたことによって、そのあとに続く炎の矢に対する反応が遅れた。石像の全方位を覆う無数の炎の矢が一気に襲いかかる。


 だが、それでも石像には致命傷にはなり得ない。剣と楯で襲いかかる矢を撃ち落とし、撃ち落とせないものは自身の被害が最小になるように受けてその猛攻を凌いでいく。


 炎の矢の猛攻の次に続いたのは竜夫だ。再び接近し、巨大な刃を振り下ろす。その斬撃は石像の肩口へと突き刺さった。だが、数センチほど食い込んだところで、竜夫の刃はせき止められた。石像は巨大な楯を叩きつけて、竜夫を迎撃。刃が食い込んでわずかに動きが止まったことにより、その楯による打撃は竜夫の鳩尾へと吸い込まれるように命中。その衝撃によって後ろへと弾き飛ばされた。竜夫を後ろに弾き飛ばした石像は、自身に食い込んだ刃を、衝撃波を放って吹き飛ばす。吹き飛ばされた刃はガラスが割れるような音を立てて崩壊した。


 竜夫を迎撃した石像は、再度攻撃を仕掛けようとしていたグスタフに先んじて動き出す。石像は剣を真一文字に振るう。その一撃は空気すらも両断する鋭さを持っていた。全身の力をくまなく利用した一撃。先んじて動かれてしまったグスタフはわずかに反応が遅れ、先ほどのように防御しきることは叶わなかった。三メートルほど後ろにずり下がる。


 全員、石像から離れたことによって、またしても睨み合いの状況へ。それぞれ石像を見据える。四人を相手にしていながら、こちらを押し込んでくるその強さはまさに英雄然としていた。そこには、わずかな隙すらも見いだせない。


 楯による打撃によって吹き飛ばされた竜夫は体勢を立て直して、石像を注視する。


 強力な再生能力を持つ石像は未だその力が衰えていなかった。それにもかかわらず、こちらはどんどんと消耗していっている。特に近接で前に出ているグスタフはかなり消耗しているだろう。このままだとまずい。それはもう明らかだ。だが、未だに石像を打開する手段は見つからない。ただ単純に強いというのは、このうえなく厄介だ。


 こちらの意思などおかまいなしに、石像は一切変わることなく剣と楯を構えて動き出した。石像が狙ったのは、一番近くにいた竜夫。一瞬で自身が持つ剣の間合いへと竜夫を引き込んでくる。石像は流れるような動作で剣と楯による連撃を放ってきた。


 竜夫は巨大な刃で石像の連撃をなんとか防いだものの、自身を遥かに上回る腕力によってどんどん押し込まれていく。


 竜夫に対し連撃を放っていたところに割り込むようにグスタフが近づく。グスタフは、最短最小の一切無駄のない動作で黒い剣による刺突を放った。狙うのは当然、首の後ろにある弱点。


 しかし、石像は自身が前に出れば、グスタフが後ろから首の後ろを狙ってくると予測していたのだろう。身体を翻しながら剣を振るい、グスタフの刺突を防ぐ。


 そのまま、今度はグスタフに攻撃を仕掛ける。力強く踏み込んで放たれたのは、突進突き。巨体から放たれるそれは、巨大な鉄塊が高速で迫ってくるようであった。グスタフはその突きを低い姿勢で前にステップして回避。間髪入れずに、黒い剣をすくい上げるように振るう。


 すくい上げるように振るわれたその一撃は石像の表面をわずかに切り裂くだけであった。


 懐に入られた石像は横にステップして距離を取る。四人と石像の距離は再度広がった。


 前に立つ石像は相変わらず力強く、そして悠然としていた。そこに、一切の油断はない。自身の前に立つ敵を排除すること以外、無駄なものが存在しないその機構は武骨ながらもどこか美しいものに見えた。


 どうする? と竜夫はまたしても心の中で問いかける。


 ただ単純に強いあの石像には、こちらが付け入ることができそうな部分はどこにも見当たらない。その在り方がシンプルであるがゆえに、能力の穴というものがほとんど存在しないのだ。


 くそ、と竜夫が心中で吐き捨てると同時に――


 石像が動き出す。剣と楯を構えて、竜夫へと向かってくる。


 竜夫は再び巨大な刃を創り出して、石像を迎え撃った。


 竜夫を自身の間合いに引きずり込んだ石像は、剣を振るう。剣は空を切り裂きながら、竜夫へと迫る。竜夫は両手に持った刃でそれを防ぐ。


 防ぐと同時に竜夫は踏み込み、巨大な刃を横に凪いだ。石像は楯でそれで防御。竜夫の刃は楯によって阻まれる。


 だが、防がれると同時に、刃にさらなる力を注ぎこんでそれを爆散させた。大量のガラスを割ったときのような甲高い轟音が響き渡る。その衝撃によって、石像は後退させられた。


 そこにグスタフが続く。自身が持つ剣の間合いに入り込んで、赤い剣による一撃。刃の爆散の際に生じた衝撃によって姿勢を崩していた石像にそれは命中する。石像脇腹あたりに赤熱する赤い刃が突き刺さった。


 しかし、それは致命傷にはなり得ない。先ほどの竜夫の一撃と同じように、グスタフの赤い剣は途中でせき止められたのだ。


 そこで石像は動き出す。赤い剣をせき止められ、動きを封じられたグスタフを狙って剣を振り上げた。


 だが、グスタフは冷静だった。腹部に突き刺さってせき止められた赤い剣を手放し、黒い剣を両手で持って、石像が振り下ろした剣を防御したのちに距離を取る。


 距離を取ったグスタフをリカバリーするかのようにまわりに無数の木の根と巨大な炎の玉が出現。刃のような木の根が回転して石像を斬りつける。石像を斬りつけた木の根はグスタフの炎の剣と同じく奴の至るところに突き刺さった。それらはすべて致命傷にはなり得ない。


 しかし、それは致命傷を狙うものではなかった。斬りつけた木の根はそのまま石像の身体へと巻きついたのだ。自身の身体に食い込んで巻きついた木の根によって、石像の動きは完全に封じられた。


 そこにロベルトが創り出した巨大な炎の玉が落ちてくる。太陽のようなそれは石像の頭数十センチ上のところで弾けて――


 周囲に圧倒的な熱と光を生み出した。光と煙によって、竜夫の視界は完全に閉ざされる。


 やったのか? そう思ったところで――


 煙の中から石像の剣が現れる。視界が完全に閉ざされていた竜夫は反応が遅れてしまう。竜夫は自身の手に刃を突き出させて石像の剣を防御。刃を突き出させた両腕に激痛が広がったが、致命傷は回避。距離を取ろうとすると――


 竜夫の肩のあたりに重量が感じられた。なにが起こった? そう思いながら竜夫が上を見ると――


「悪いな。肩を借りるぜ」


 そこにいたのは後衛にいたはずのロベルト。その手には、炎で形作られた大剣が握られている。ロベルトは竜夫の肩を蹴って――


 あたりに満ちる煙を切り裂きながら、楯を持つ石像の腕を両断した。


 間髪入れずに、グスタフが続く。接近したグスタフは、石像の脇腹に突き刺さったままの赤い剣を握り――


 それを力づくで押し込んだ。赤い剣は、硬いはずの石像の身体をバターのように両断した。上半身と下半身を分断された石像は動きが止まる。


「行け!」


 ロベルトの声が聞こえ、竜夫は巨大な刃を創り出し、身体を両断され崩れ落ちようとしている石像に接近して斜め後ろに回り込んで――


 石像の首の後ろ目がけて、巨大な刃を振るう。


 それは防がれることなく石像の首の後ろに命中し、そのまま首を両断した。硬い感触のあとにあったのは、肉のような柔らかい感触。確かな手ごたえが感じられた。


 煙が晴れていく。


 そこにあったのは、頭と腕と上半身と下半身に四分割された石像。それは完全に沈黙し、動き出す気配はまったくなかった。


「倒した……のか」


 竜夫は言葉を漏らす。


「ああ、その通りだ。よくやってくれた」


 竜夫の言葉に反応したのはウィリアム。後衛にいた彼も、かなり疲労しているようだった。


「だが、これで終わりじゃない。一度戻ろう。予定の時間をだいぶ過ぎてしまった」


 その言葉を聞いて、三十分後のもとの分岐路に戻るという約束をしていたことを思い出した。


「そうでしたね。行きましょう」


「帰りは俺が前を歩く。グスタフとタツオは疲れているだろうから、少しでも休んでおいてくれ」


 ウィリアムの言葉を聞き、竜夫たちはもと来た道を引き返し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る