第94話 未開拓区域へ

「よし、それじゃあ行こう」


 ウィリアムが発した言葉に対し、みな各々が反応する。


 一緒に探索を行うのは自分も入れて八人。その構成は、ウィリアムのチームと別のチームのそれぞれ四人ずつ。別チームのリーダーであるタイラーは自分とそれほど変わらない年齢の男だ。どうやら彼はウィリアムのことを尊敬しているようで、一緒に仕事をできることを光栄に思っているらしかった。


 探索というので、もっと重装備をしていくのかと思ったら、彼らが持っているのは背嚢一つだけだ。ウィリアムいわく、大量に荷物を持っていると戦闘に際に邪魔になるからという話だった。


 竜夫たち八人はキャンプのある広場の奥に進んでいく。キャンプからほんの少し進んだだけで、天井が低くなり、設置してある明かりも弱くなり、一気に暗くなった。どことなく圧迫感がある。


 一番前をリーダーであるウィリアムとタイラー、背後をグスタフとタイラーのチームの青年、自分の真ん中の左翼部分内側の配置。ひし形の陣形だ。右隣にはロベルトがいる。


 しばらく進むと、先行するウィリアムとタイラーの姿が消えた。どうやら、この先にここの入口にあったような転移装置があるらしい。ウィリアムたちに続く。


 ウィリアムたちが消えた場所に近づくと、幾何学的な模様が刻まれているのが見えた。魔法陣のようなものが一面に刻まれている。明かりが限定されているせいか、外にあったものよりもはっきりと見えた。


 そこに足を踏み入れると同時に、身体をつかまれたような浮遊感が襲ってくる。だがそれも一瞬で終わり、次の瞬間に別の場所に出た。先行していたウィリアムたちの姿が見えて、少しだけ安心する。竜夫が数歩進んで転移装置から出ると、その数秒後に他の仲間たちも現れた。


「よし、全員いるな」


 ウィリアムが全員問題なくこの場所に転移されたことを確認する。竜夫も一応、見渡してみた。この奥まった場所に七人の男の姿が見えた。全員、問題なくこの場所に転移されているようだ。


「ここは、未開拓地域と隣接区域だ。だから、未開拓区域から敵が流れてくる可能性が充分にある。各自、警戒は解かないように」


 ウィリアムの言葉に全員が頷いた。緊張感があたりを支配する。


「それじゃ、行くぞ」


 ウィリアムとタイラーは身体を翻して、頼りないわずかな明かりによって照らされている先に進んでいく。後方に位置する竜夫たちも陣形を崩さないよう、そのあとに続いた。


 この場所に満ちる空気は明らかに、先ほどまでいた区域とは違っていた。なんとも言い難い危険な匂いに満たされている。ここが危険な場所というのは、間違いないらしい。竜夫たちは、危険な香りに満ちた仄暗い遺跡の中を進んでいく。


「なああんた」


 少し歩いたところで、竜夫はロベルトに話しかけられた。


「どうして竜の遺跡の探索になんて参加したんだ?」


 不意に尋ねられ、竜夫は言葉に詰まった。


「どうして、そんな質問を?」


 竜夫はロベルトに問い返す。


「あんたは、竜の遺跡で一発当てようとした金目当ての連中には思えなくてな。まあ、別に嫌だったら答えなくてもいいぜ。他人の事情には深く踏み入らないのがティガーの礼儀だからな」


 歩きながらそう言って、ロベルトは笑みを見せた。話しながらもあたりへの警戒は解いていない。


「いや、別に大丈夫です」


 竜夫はロベルトの問いに対してそう返答した。なにもかも言う必要はないが、だからとこちらの目的を黙っている必要もない。それに、こちらの目的がなにかわかっていたほうがウィリアムたちとしても動きやすいだろう。


「高純度の竜石が必要でして。これに参加すれば、もしかしたら手に入るかもしれないと聞いたので」


「なかなか難しいものを求めているな。確かに竜の遺跡内部には数多くの竜石の鉱脈があるが、高純度のものになると――どうだろうな。難しいかもしれん」


 ロベルトは淡々と述べる。やはり、高純度の竜石はかなり貴重らしい。それを聞かされて、あらためてそれが難しいことだと実感し、少しだけ不安に襲われた。


「そんな顔するなって。確かに高純度の竜石が取れる鉱脈は貴重だが、まったくないってわけじゃないしな。それに、今回探索する区域は、かなり大きな竜石の鉱脈があると予想されているから、見つかる可能性はゼロじゃない」


「そう、ですか」


 わずかに希望が見えてしまうというのは、こちらが思っている以上に厳しいものがあった。


 だが、これ以外にいま自分が縋れるものはない。とにかく、この場所にわずかに見える希望を頼りにやるしかないのだ。そうしなければ、病に苦しむみずきを助けることはできないのだから。


「ロベルトさんはどうしてティガーを?」


 竜夫はあたりに警戒をしつつも、ロベルトに質問をする。


「俺か? はじめたきっかけは金目当てさ。なにしろ、命の危険が伴うだけあって、普通に働くよりもずっと稼げるからな。貧乏だったし。いまは少し違うがね」


「違う……っていうのは?」


「金目当てで竜の遺跡に潜っているうちに、だんだんと未知の場所の探索そのものに惹かれるようになってな。冒険心がくすぐられるというかなんというか。うまく言葉にできないな」


 学がなくてすまんな、とロベルトは言った。


 そこに山があるから山に登っている登山家のようなものだろうか? なんてことを思う。


「でも、なんかわかる気がします。この不思議な場所がどういうところなのか、確かに気になりますし」


 その言葉は嘘ではない。まだこの場所に足を踏み入れてから間もないというのに、この不思議な場所に惹かれる自分自身が確かに感じられる。


「お、わかってくれるか。俺はまだ誰も見ていない場所がどうなっているのか気になってならないんだ。だから命の危険があっても、この仕事を十年以上続けている。ついでに結構な金も稼げるしな」


 まさに両得ってやつだ、なんてことをロベルトは嬉しそうな声で述べた。


「そういえば、敵は出てきませんね。なんか危険な感じはするのに」


 そのうえ、人の姿もまったくない。あのキャンプには相当な数の人がいたというのに。


「ここは一応、安全を確保してある区域だからな。ただ、さっきウィリアムが言ったように未開拓区域と隣接しているから、はぐれた個体が流れてくる可能性がある。だから、俺たちティガー以外の侵入は制限されていてな。はぐれた個体だから、流れてきたとしても数はそう多くない。まあ、それでも下手を打てば危ないわけなんだが」


 それから、ロベルトと時おり言葉を交わしつつも、不思議な空気に満ちた遺跡の中を進んでいく。しっかりと、あたりに対する警戒は解かないままに。しばらく進んだところで――


「ここから先は未開拓区域だ。下手を打てば自分のみならず他の面々まで危険に陥ることになる。気を引き締めろ」


 ウィリアムが立ち止まり、みなにそう投げかけた。


「いつでも戦闘をできるよう準備を整えておいてくれ。全員の準備ができ次第向かうぞ」


 ウィリアムの言葉を聞き、他の面々が最終準備を整えていく。


 全員の準備が終わったところで――


「準備はできたようだな。それじゃあまず俺から行く。みなもついてきてくれ」


 ウィリアムとタイラーが進み、その姿が消える。それに続いて、竜夫たちも踏み出した。この先に、自分が求めているものがあると信じて。

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