第93話 進む先は
ケルビンのもとに情報屋からの連絡が入ったのは、自室で手持ち無沙汰にしていたときだった。
情報屋は、軍の宿舎から少し離れた場所にある喫茶店を指定してきた。向こうはこちらに直接会って情報を渡したいらしい。電話から聞こえてきた情報屋のその口ぶりはなにか狙っているようにも思えたが、真意は不明だ。仮に、情報屋がなにか狙っていたとしても、こちらには関係がない。いまこちらに必要なのはヒムロタツオの行方だ。それさえわかればいい。
ケルビンは自室を出て、しばらく進んで情報屋が指定した喫茶店へと向かう。指定された喫茶店は、帝都のどこにでもある普通のところだった。裏の仕事に従事する暗殺者と、怪しげな情報屋が悪だくみするのには似合わない。
扉を開けて、中に入る。喫茶店の中には数人ほど客の姿があった。店の中を見渡す。その一番奥の席に――
にたにたと、まるでこちらを観察しているかのような情報屋の姿が目に入った。ケルビンは無言のまま店の中を進み、情報屋が座る席へと向かう。
「やあ兄さん。はじめまして」
席に近づいたケルビンに対し、情報屋が話しかけてくる。それはまるで面白いものを見ているかのようだ。
「はじめましてじゃないはずだが」
ケルビンは情報屋の言葉に対しそう返答し、彼の目の前に席へと腰を下ろす。
こちらを間近にしても、相変わらず情報屋は観察するような目を向けていた。はっきり言って不快だったが、ここでその感情を露わにして、欲しい情報が手に入らなかったら意味がない。
「あら。そうだったか。すまんすまん。俺の記憶違いだった。まあ、大目に見てくれや」
情報屋の口調は鼻に衝くぐらい馴れ馴れしい。このぐらい図太い奴じゃなければ、情報屋など務まらないのかもしれないが。
「で、情報は手に入ったのか?」
ケルビンがそう問うと「それなりにね」と言って、紙の束を取り出して机の上に置いた。
「……随分と調べたな」
たった二日で調べたとは思えないくらいの量だ。目の前に置かれた、こちらの予想を大きく上回る量にケルビンは思わず驚きの声を上げた。
「そりゃまあ、俺はこれで飯を食ってるんでね。必死なんですよ兄さん」
その口調は、自身を卑下しているわけようにも、驕っているようにも聞こえなかった。奴も、奴なりの誇りをもって情報屋をやっているのだろう。そんな風に思えた。
「見ていいか?」
「ええ。どうぞ。あんたに渡すために調べたんだからな。見ないで捨てられても困る」
へらへらと笑いながら情報屋はケルビンの質問に返答した。その口調は相変わらず馴れ馴れしく、雲のようにその真意をつかめない。
「まあ、結論から言いますと」
紙束を手に取ろうとしたケルビンを遮るように情報屋が言う。
「いま奴は帝都にはいませんね」
「なに?」
情報屋の言葉にケルビンは眉を上げて問いかけた。
「詳しいことはそちらに書いてありますがね。口頭で説明させていただきますよ。せっかくこうやって顔を合わせてるんですから。話をしましょうよ。どうです?」
「……いいだろう」
ケルビンは情報屋の申し出にそう返答した。奴の態度は確かに不快だが、我慢できないほどではない。それに、調べた情報屋自身の所感を聞いておくのは、決して無駄にはならないはずだ。
「そのヒムロタツオという奴は、件の施設を出たあと、こちらに一度戻り、それからローゲリウスのほうに向かってますね。調べたところによると、同じくらいの年齢の女を連れていたようですが……」
上司であるヨハンから渡された資料にも、竜に変身し、施設を脱出したヒムロタツオは、彼と同じくこの施設で召喚された検体の一人を連れていたと書かれていたから、それは間違いないだろう。
「随分と手際がいいな」
「鋭いな兄さん。俺の調べたところによると、このヒムロタツオはチェザーレファミリーとなにか関係があるようで、奴らが手引きしたみたいですね」
チェザーレファミリーはこの街に拠点を置く最大勢力のギャングだ。
「チェザーレというと、この帝都の裏社会を握っているといってもいい奴らだ。何故ヒムロタツオはそんなのと関係を持っている?」
「チェザーレは少し前に別の街からこっちに乗り出してきたギャングと揉めていましてね。そのヒムロタツオとやらはその揉めごとを解決したらしい」
「どういうことだ?」
チェザーレの連中がヒムロタツオに揉めごとの解決を依頼したとは思えない。
「どうやら、ヒムロタツオ自身がそのチェザーレと揉めてた連中となにかひと悶着あったようでして。で、ヒムロタツオがそいつらをぶちのめして、結果的にチェザーレの揉めごとの原因を取り除いちまったわけです。まあ、詳しいことはそっちにまとめてあるから、適当に目を通してください」
そう言われ、ケルビンは紙束を手に取り、ぱらぱらとめくる。
そこには、ヒムロタツオとチェザーレの連中がもめていた相手のことも記載されていた。揉めていたのは、アルバいう軍人崩れの男だ。
「どうかしやしたか?」
無言で資料を見つめていたケルビンに情報屋が問いかける。
軍人崩れのアルバという男は、竜の力を得た人間だ。そいつとの戦闘があったからこそ、あの三人はヒムロタツオのことを捕捉することができたのである。
「いや、気にするな」
ケルビンがそう言うと、情報屋は「そうですか」と言って引き下がったものの、相変わらずこちらを観察するような視線を向けていた。
「詮索しているのか?」
「いや、別に。そんなつもりはありませんよ。俺だって下手なことして死にたくありませんからねえ。でもまあ、それでも好奇心というのはくすぐられるものでしてね。情報屋なんてやってるせいなんでしょうが、まあ気にしないでくださいよ。癖みたいなものですから」
へらへらと、受け流すように情報屋は答えた。仮にここで詰め寄ったところで、その真意を話してくれるほどこいつは甘くはない。無駄に時間を浪費するだけだ。ケルビンはそう判断した。
「……ヒムロタツオはチェザーレファミリーとなんらかの関係を持ち、そいつらの力を借りてローゲリウスまで逃げた、ということでいいんだな?」
「ええ。そうです。詳しいことはそっちに書いてありますんで。もしなんだったら、ローゲリウスへ行った奴の足取りも調べましょうか? もちろん、別に料金はいただきますが」
「いや、いい」
ケルビンは情報屋の申し出を、首を振って断った。
「それは残念。まあ、なにかあったらまた連絡をしてください。いいものが見れたんで、次の依頼もしっかりやらせていただきますよ」
それじゃまた、と言って情報屋が立ち上がり、手を振ったのち歩き出し、そのまま店を出た。情報屋の姿が店の外に消えたところで――
『不愉快な男め。道化でも見ているつもりか』
苛立たしげなブラドーの言葉が響いた。
「まあ別にいいじゃないか。気にするなよ。確かに不愉快だけどさ」
『……ふん』
吐き捨てるような言葉を漏らすブラドー。どうして、そこまで苛立たしげにしているのかよくわからなかった。
「それにしてもローゲリウスか。随分と離れたところにいったもんだ」
だからといって、仕事を放り出すわけにはいかない。奴を放っておくことは、間違いなく仇になる。
『ローゲリウスというのは、あの聖職者どもがいる街か?』
「そうだけど、なにかあるのか?」
『竜どもを崇める聖職者どもは竜の次に忌々しいだけだ』
ブラドーの声は呪詛すら感じられる。過去、ブラドーになにがあったのかは不明だが、聞かないことにした。
「とにかく、居場所がわかったのならさっさと準備して行こう。いいか?」
ケルビンの問いにブラドーは「お前の好きにしろ」とぶっきらぼうな声を響かせて返答した。
ケルビンは立ち上がって、図々しく情報屋が置いていった伝票を手に取って会計を済ましたのち店を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます