第67話 恵まれなかった不幸なものたちの物語
わたしの目の前に突如として広がったのは、まったく見覚えのない光景だった。
薄暗くて窓のない、重苦しさが感じられる屋内。その中には十数人の人間が私のことを注視している。わたしに視線を傾けているのは、十数名の軍服のようなものを着た男と、白衣を着た男たち。彼らはこちらを観察するように、警戒するように視線を注いでいる。この閉ざされた場所の中に、ピリピリとした緊張感が漂っていた。
わたしは、なにが起こったのか理解できず、ただ棒立ちしていることしかできない。これは一体、なんなのだろう? まったくもって意味がわからない。
「――――」
わたしの一番近くにいた白衣の男が、なにか言葉を発した。彼がなんと言っているのか、まったくわからなかった。それは、いままで二十三年の人生の中で、一度も聞いたことのない言葉。
「――――」
近くにいた軍服がその言葉に答える。当然、そちらもなんと言っているのかわからない。だが、その言葉はわたしに投げかけられているものではないのか明らかだった。ここにいる彼らは、わたしが彼らの言葉を理解できていないのがわかっているのだろう。
わたしは、ただ突っ立っていることしかできなかった。なにをどうするべきなのか、まるでわからない。逃げようにも軍服と白衣によって正面の出入り口らしき場所は塞がれているし、そもそも相手は二十人近くいるのだ。そのうえ、軍服の何人かは武装している。抵抗したところで、すぐに取り押さえられてしまうだろう。抵抗なんてできるはずもなかった。
「――――」
軍服の言葉に、白衣が返答する。やはりなんて言っているのかまったくわからない。いきなりわけのわからない状況に陥ったうえに、まったく理解できない言語で話されるのはとても恐ろしかった。
「――――」
軍服がなにか言うと、まわりにいた武装した軍服が二人近づいてきた。まったく知らない言語を話す彼らは、わたしと同じような見た目をしているのに、恐ろしい怪物のように見えた。
近づいてきた軍服の一人がわたしの手を乱暴に引く。こちらに来い、ということなのだろう。その動作は明らかに友好的ではない。まるで、犯罪者か奴隷に対する扱いのようだ。
もう一人の軍服が背後に回り、わたしのことを威圧しながら前に進めと促してくる。当然のことながら、わたしはなにもできなかった。わたしにできるのは、二人の軍服に引きずられるようについていくことだけ。そのまま、奥にある扉へと進んでいく。
「――――」
扉の前にいた軍服がなにかを言って、重そうな扉を開ける。やはりなんて言っているのかまったくわからなかった。
扉から外に出ても、相変わらず窓はどこにもなく、見知らぬ光景が広がっていた。明かりがあるはずなのに、どこか薄暗いように思える廊下。そこを、連行されるかのように進んでいく。
どうしよう、と思った。逃げようとしたところで、武装した二人の男を撃退するのは不可能だ。わたしは武道の達人でもなんでもない。暴れたところで、この軍服に取り押さえられてしまうのは明らかだった。
なにもできないまま、わたしは二人の軍服に連れられて、薄暗く窓のない廊下を進む。わたしを連行している軍服はなにも言わない。その沈黙がなによりも恐ろしかった。たぶん、わたしがなにか言っても、彼らは答えてくれないだろう。
しばらく廊下を進むと、正面の重そうな扉が見えた。前を歩く軍服がその扉を開ける。わたしは、背後にいる軍服に押されて、前に踏み出す。扉の向こうには階段があった。その先も同じように、明かりがあるのに何故か薄暗い。わたしは、二人の軍服に促されるまま階段を一段一段上っていく。
上の階につき、先ほどの同じような扉を開けて、そちらへ進む。その先も明かりがあるのにどこか薄暗かった。窓もなにもなく、重苦しい圧迫感が感じられた。二人の軍服は相変わらずなにも言ってくれない。わたしも、恐怖と混乱のせいでなにも言うことができなかった。二人の軍服に連行されていく。
しばらく進んだところで、前を歩いていた軍服が鍵を使って扉を開けた。わたしは再び背後から促されて、そちらへと進む。
その先にあったのは牢獄だった。牢獄はいくつも並んでいる。それを見て、わたしはさらに恐ろしくなった。わたしはこれから、なにをされてしまうのか? そもそも、ここはどこなのか? なにもかもわからなくて、恐ろしい。
立ち並ぶ牢獄には、もうすでに人の姿があった。様々な人種が牢獄の中に囚われている。そこには、ファンタジー作品に出てくるような亜人としか思えない姿もあった。
奥から二番目の位置ある牢獄の前で立ち止まり、軍服が持っていた鍵で重い鉄格子の扉を開ける。扉が開かれると同時に、わたしは背後か押されて、その中へと押し込まれた。わたしが押し込まれると同時に、軍服が扉を施錠する。わたしは、牢獄の中にただ一人取り残された。
牢獄の中にあるのは、ぼろぼろのベッドと、汚れたトイレだけ。かすかに異臭が感じられた。
このまま突っ立っていても仕方ないと思って、わたしはヘッドへと腰を下ろす。かなり古いのか、わたしが座ると同時に壊れてしまいそうな軋みが発生した。
これから、わたしはどうなってしまうのだろう? そもそも、ここはどこなのか? あまりにもわけがわからなくて、泣き出したかった。
だが、ここで泣き出したところで、どうにかなるわけでもない。軍服の態度を考えると、大声で泣き出したくらいで、この牢獄から出してくれるとも思えなかった。
絶望に打ちひしがれていると――
なにかを叩く音が聞こえて、そちらを振り向く。わたしがいる正面の牢獄に人の姿があった。わたしと同年代くらいの、若い女性がそこにいる。彼女はなにか言葉を発した。けれど、なんと言っているのかわからなかったが、先ほど軍服や白衣が喋っている言葉とは別の言語であることだけは理解できた。
なにか返したほうがいいかな、と思ったけれど、日本語も英語もが通じないのは明らかだったし、どう言ったらいいのかまったくわからなくて、それに返すことができなかった。
なにも言えなかったせいか、向こうもこちらが言葉を理解できていないのがわかったらしく、少し落胆した様子を見せた。
どうして、こんなことになっているのだろう? 悪いことなんかなにもしていないのに。
しかし、いくら嘆いたところで、その状況が変わるとは思えなかった。
冷たく閉ざされた牢獄の中で、ただ無為に時間だけが過ぎていった。
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