第45話 死にかけたその先に
なにも見えない暗闇の中で、誰かが話している声が聞こえてくる。
聞こえてくるその声はなにやら不穏な様子だった。なにやら非常に切羽詰まった状況であるらしい。もう少し、その声に耳を傾けてみる。
『我々の文明はそう遠くない日に滅びを迎えるらしい』
彼らが話している議題はそれだった。
どうして彼らが滅びを迎えるのはわからない。話を聞く限りでこちらが理解できるのは、その予測された滅びが、このままでは絶対に避けられないということだった。
自分たちの滅びを予測される。そう言われたときの、彼らの感情は聞こえてくる声以上のことはよくわからなかった。
だけど、確かな理由を以て、そう遠くない日に自分たちが滅ぶと言われたら、自分も間違いなく狼狽えるだろう。普通の感性を持っているのなら、誰だってそうなるはずだ。平穏な生活というのは、いつだって誰だって求めているものなのだから。それは彼らもきっと同じなのだろう。
有名な古典で盛者必衰なんて言われているし、統計学的にもどんなものであってもいつか滅ぶことは必然であると証明されているけれど、いま自分が元気に生きているときにそれを迎えるとなったら話は別だ。自分だって、明日隕石が降ってきて世界中の街が無残に破壊されます、なんて言われて喜べるほど、終末思想には耽溺していない。
彼らは議論を重ね、確実にやってくる滅びをどのように避けるかを検討していく。その議論は、いつ寝ているのかと疑問になるほど長く続けられていた。
しかし、それだけの時間を費やしても、彼らの滅びを避けることはできないらしい。どのように最善を尽くしたとしても、いずれやってくる滅びの日をわずかに遅くするだけだった。
はじめは彼らの誰もが自信に溢れた声をしていたが、その彼らも、次第に悲観に包まれていく。
そうなるのも無理はない。何百何千という案を出して、そのどれもが駄目であると結論出されたのだ。幾千もの可能性を潰されて、なおも楽観していられるものがいたのなら、そいつは間違いなく異常だと言われるだろう。根拠もなく悲観的でありすぎるのも異常だが、確かな根拠がありながらも楽観でありすぎるのだって同じように異常だ。
議論する彼らが楽観していられなかったのは、彼らの文明がこの世界のすべてを手に入れたといっていいほど発達していたからかもしれない。無知であることは、時には必要だ。彼らの文明がそこまで発達していなかったのなら、自分たちの滅びを確かなものとして予測することはなかったはずなのだから。
それでも彼らは議論をやめなかった。
それも当然だ。いや、為政者であるのなら、確実に滅びが訪れるとしても、それを避けようとするのが普通だろう。この先、確実に滅ぶのでみんなで一緒に滅びましょう、なんていう無責任な奴に政治を任せてなどいられない。
それに、彼らの数は地球文明の総人口よりも遥かに多いのだ。それだけの数を抱え、すべての頂点に立った強大な文明が「ともに滅ぼう」なんて終末思想を受け入れるはずもない。彼らの持つ叡智は、技術は、多くの困難を乗り越え、多くの偉業を成し遂げてきたのだから。彼らも人間と同じように、一度手に入れたものを失うことはよしとは思わないらしかった。
議論に参加していた誰もが悲観し、諦めてかけていたそのとき――
ある、若く才能あふれる者が発言をした。俺ならば、その滅びを避けられる、と。そこにいた誰よりも強く自信を持って。
はじめのうちは、彼の言葉に対しては半信半疑だった。
だが、次第に彼らの多くは、若く才能溢れる彼が編み出した案に賭けてみようというものが増えていく。
最終的に、才能あふれる彼はすべての民をその案に乗せ――
竜夫が目を覚ますと同時に目に入ったのは見知らぬ天井であった。
「ここは……」
あたりを見回す。自分が寝ているのはベッドの上。部屋の中は清潔感のある白色に統一されていて、わずかに消毒液のような匂いに包まれている。いま自分がいるここは、天国でも地獄でもなく、病院のように見えた。
身体を起こそうとして、その瞬間、激痛が走る。その痛みは、竜夫は自分が生きていることをやっと自覚した。
「いてて……」
というか、どうして病院のベッドに寝ているのだろう? 最後の刺客を倒したことは覚えている。しかし、その先の記憶がまったくない。半分死人に片足を突っ込んでいた状態で、ここまで辿り着いたとは思えなかった。それ以前に、この帝都のどこに病院があるのかすらもわかっていないのだ。死にかけに発揮したど根性でそれを成し遂げたとは思えなかった。
そんなことを考えていると、正面にあった扉が開かれる。
「おや、起きたのかい」
竜夫は扉を開けて入ってきた人物を見て、瞠目する。扉を開けて入ってきたのは、白衣を着た小学生女子のようにしか見えなかったからだ。
「どうかした? なにそんなに驚いているの?」
白衣を着た小学生女子は首を傾げている。
「あれ、もしかして記憶が混乱してる? 自分のこととかもわからない?」
「いや、それは……わかります、けど」
何故か異世界に召喚されてしまい、もとの世界に戻るためにあくせくして酷い目に遭いまくっている二十四歳男子の氷室竜夫である。
「あの、ここは?」
「見ての通り、ここは病院で、そこにいる私は医者だけど。なにか困ったことでも? 患者だし、遠慮なく話していいよ。話を聞くのも仕事の一つだから」
女性医師(ただし女子小学生に見える)は人当たりのいいにこやかな笑みを見せながら言う。
「…………」
病院なのもわかる。そこに医者がいるのも当然だ。しかし、そこにいる医者が女子小学生にしか見えないのはどういうことなんだろう? と思ったけれど、それを口に出せるような空気の読めなさは竜夫にはなかった。
「あの……どうして僕はここに?」
「さあ。詳しい事情は私は知らないよ。クルトくんがきみをここに運んできただけだし。私のところに連れてくるってことは、なにかしら訳ありだろうし。違うの?」
あっけらかんとした口調で女性医師(見た目は女子小学生)は言う。
「まあ、それは間違いない、んですけど……」
そんなことを言うってことは、この病院は正規のものではないのだろうか?
「あ、そうそう。料金は前金で全額クルトくんから受け取ってるからきみは気にしないでいいよ。金をもらったらどんな客でも助けるために全力を尽くすのが私のモットーだからね。元気になるまで、好きなだけ食っちゃ寝するといい。というか、あれだけ派手に怪我してたんだから、寝てなきゃ駄目だよ」
「僕がここに運び込まれてから、どれくらい経ったんですか?」
「二日だね。正確に言うと、クルトくんがここにきみを連れてきたのは四十二時間くらい前かな」
「……四十二時間」
丸二日近く寝ていたと聞かされて驚いたけれど、あれだけの怪我をしておきながら二日程度でよく目を覚ますことができたとも言える、ような気がした。
「話せるし、記憶もしっかりしてるようだから一応は大丈夫そうだね。またあとで様子を見に来るから。ま、なにかあったら遠慮なく呼んでね。それを鳴らせば誰かしら来るからさ」
女性医師はそう言って、竜夫の枕元にあるベルを指さした。
「それじゃ、お大事にー」
女性医師は青空のような澄んだ声で言ったのち、ぶかぶかの白衣を引きずりながら病室から出ていった。
病室に一人残された竜夫は――
「命を拾えたのは運がよかったけど、ギャングが治療代を全額支払っていったってのは、なんかやばい気がするな」
裏社会の人間が、竜夫のような訳ありの人間を無償で助けてくれるとはどうしても思えなかった。
「でも、いまはいいや。死ななければ、なんとかなるだろ。たぶん……」
竜夫はそう結論づけ、そのままぼうっと天井にある白色の明かりを見つめていた。
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