第40話 暗殺者と狙撃者
自らが生み出したエネルギーによって外に投げ出された竜夫は、同じく投げ出された男に向かって刃を振り下ろす。
だが、男は横に転がって振り下ろされた刃を回避。そして、全身の力を利用して竜夫の頭部にソバットを放った。自身の頭に向かって的確に振るわれたそれを腕で受け止め、一メートルほど後ろにずり下がる。その隙に男は立ち上がり、体勢を立て直した。
「斬られるはずの腕の中に刃を創り出して防ぐか。なんとも酔狂な真似をする」
竜夫の向けられたその言葉には、こちらに対する少しばかりの敬意が感じられた。
「だが、骨近くまで斬られたその傷は決して浅くはない。それでお前の威勢がそがれてくれるとありがたいが――」
男は腕から血を流す竜夫に視線を向け――
「お前の行動は、それだけの傷を受けるだけの覚悟があって行われたのだ。そうはなるまい。いや、そもそもその程度で折れてくれるのであれば、とっくに始末は済んでいるか」
男は素早く結論を出した。
「あんたらがさっさと諦めてくれれば、痛くて苦しい思いをしなくていいんだけど、そういうわけにはいかないんだろ?」
「残念ながらな」
男はわずかに残念そうな表情を浮かばせた。
「なら、これは僕かお前ら全員のどっちかが死ななきゃ終わらないってわけだ」
自分の命を守るためとはいえやってられねえよ、と竜夫は吐き捨てた。
「どうしてお前らはそこまで僕を狙うんだ?」
竜夫は男に問いかけた。
「僕がお前らのところから逃げ出したからか? それとも――」
この世界に唯一残っていたあの竜の力を得たからか?
「……さあな。いまの私はいいようにこき使われる末端の身なのでね。上の奴らがなにを考えているのかなんてわからんよ」
自らを嘲るように言った男の口調からは、その言葉が嘘か誠か判断できなかった。
「しかし、お前を助けた竜があのお方だったのなら、その力を手に入れたお前は間違いなく我々の脅威になるのは事実だと言っておこう」
「あいつ……そんなにすごいのか?」
正確に言えば「すごかった」なのかもしれなかった。あのときの竜夫にはわからなかったけれど、あの竜は長い時間を生きていたせいで、その力は大きく衰えていると言っていたから――
「さあな。それを知りたければ、私を殺し、その死体に訊けばよかろう」
男は腰を下ろして、竜夫に向かって踏み出した。下からすくい上げるように刃を振るう。竜夫は後ろに引いて、自らの命を刈り取るべく振るわれた刃をかわす。
「死体が都合よく喋ってくれればいいけどな!」
男が放った斬撃を回避した竜夫は、すぐにその手に刃を創り出し、反撃を行う。自身に向かって何度も行われたように、男の首を狙って。男は冷静に頭を引いて竜夫が放った斬撃をかわし、再び斬撃を放った。
男の斬撃とともに感じられたのは、自らを狙う魔弾の気配。先ほどの脱出で竜夫の男の位置関係は変わっていた。弾丸が飛んできた方向に背を向けているのは男の方である。
だが、どこかから放たれた弾丸は目の前にいる男をすり抜けた。当然、男をすり抜けた弾丸は竜夫の身体に命中する。
やはり、どこかから放たれている魔弾は自分以外のものはすり抜けるのだ。それは人間であっても例外ではない。そもそも、乱戦になってフレンドリーファイアをしかねない状況でも構わず狙撃を続けていることからもそれは予想できていたことだ。
しかし、開けた場所に出て、なおかつ位置関係が変わって弾丸が飛んでくる方向を見据えられたことで、わかったことがある。
まず一つ。弾丸は自分以外のものをすり抜けはしても、追尾しているわけではないということ。普通の弾丸と同じように、真っ直ぐこちらに飛んできている。追尾が可能なら、とっくに致命傷を負っていたことだろう。そのチャンスはいくらでもあったはずだ。命を賭けた戦いで、できれば勝敗を決せられることを、わざわざ出し惜しみ必要などまったくない。であるなら、いま自分を狙っている弾丸には追尾する力はないと考えるのが自然である。
そしてもう一つ。
建物の屋上に逃げたときは、弾丸は下方向から飛んでいた。地に降り立ったいまは上方向から飛んできている。ならば、狙撃者のいる位置の高さは屋上にいた頃と変わっていないと可能性が高い。
さらに、もう一つ。
弾丸は自分以外のものを無視できても、普通の銃と同じく真っ直ぐしか飛ばないのなら、暴れ回る相手を狙い撃つのであれば、対象が見えなければ難しい。であるならば、恐らく、狙撃者は弾丸に自分以外のものを透過させる能力の他に、透視能力を持っているはずだ。数百メートルも離れたところにいる、見えない対象を正確に狙えるとは思えない。
最後に一つ。
何故、フレンドリーファイアの危険が一切ないのにもかかわらず、連射をしてこないのか? 接近して戦う仲間が二人いて、なおかつフレンドリーファイアの危険がないのなら、弾丸を連射した方が仕留められる確率は高くなるはずだ。なにしろ接近戦を行うのは、爆弾をまき散らして高速で動き回る巨漢と、完全に姿を消す暗殺者なのだ。であれば、できるだけ大量の弾丸をばら撒いた方が仲間の援護にもなる。
それなのにもかかわらず、それをしてこないのは、なんらかのできない理由があるからに他ならない。
当然、狙撃者が使っているのは狙撃銃に類するものだろう。狙撃銃には機関銃のような連射能力はないはずだ。だとしても、少なすぎる。仲間に当たる危険がないのなら数を増やしたほうが、接近して戦う仲間の援護になるはずだ。これは命を賭けた戦いである。ゲームみたいにわざわざ縛って遊ぶようなものではない。
それらを総合して考えると、狙撃者は自分の場所を特定されるのを嫌がっているように思われる。場所の特定を嫌う。その理由はただ一つ――
竜夫や手に持っていた刃を男に放り投げた。男は、投げられた刃は当然のことながら、振り払う。男によって弾かれた刃は、地面の落ちたのち、砕け散って消える。
刃を投げると同時に、逆の手でワイヤーを創り出し、横にある建物の壁に引っかけ、そのまま巻き上げて身体を引き寄せる。
壁に着地し、ワイヤーを外し、そのまま壁を走っていく。
「逃がすか!」
背後から声が聞こえる。竜夫はそれでも、後ろを見ない。背後から、近づいてくる気配が感じられた。
男の手が触れたその瞬間――
身体を無理矢理方向転換させ、背後から近づいた男の腹に向かって貫手を繰り出した。竜夫の手は、男の腹を貫き――
男の身体の中で、刃を突き出させる。
その刃は男の身体を内部から引き裂き――
生温かい血と肉が男の身体から弾け飛び、竜夫の身体に降りかかる。
竜夫は、降りかかる血と肉の破片を気にすることなく、そのまま刃によって内部から引き裂かれた男の身体を地面に叩きつけた。
竜夫が腕を引き抜くと、男の身体からいびつに突き出していた刃が消え、内部から突き出された刃の傷だけが残った。
「自分以外を透過する弾丸を放つ狙撃者は、その力を使っている間は動けない。チームなら、動けないことを悟られないように、そして、狙われないようにするのが鉄則だよな」
目論見はうまくいった。だが、そのために受けたダメージは決して少なくない。
ぐらり、と足もとが揺れた。まだ倒れるわけにはいかないから、なんとか踏みとどまったが――
「血を止めないと、まずいか」
竜夫は呟き、一番深い腕の傷の内部に、刃を創り出して――
「……っ!」
それに伴う激痛によって、苦悶の声を上げた。
「やっぱり痛えな」
できることならそんなことやりたくなかったが、やりたくないからといって失血死してはなにも意味がない。
「さて、次は芋掘りだ」
竜夫は自身を苛む苦痛に耐えながら、走り出した。
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