第41話 最後の刺客

 残るは一人。敵は、この街のいずこかにいる、透視能力と自分以外のものをすべて透過する弾丸を放つスナイパー。近接戦闘を行う他二名に比べれば、圧倒的にその脅威は落ちるが――


 しかし、油断は禁物だ。いままで二度うまくいったからといって、三度目もうまくいく保証はない。それが戦闘というものだ。なにか少しでもズレていたのなら、自分が倒れていてもおかしくなかった。それが、この三度目に起こってしまうことは、充分にあり得る。


 竜夫は弾丸が飛来する方へと身体を向ける。相変わらず、あたりには人の気配はない。


 幾度目かの弾丸の飛来が見える。竜夫は、自らを正確に狙い撃つ弾丸を最小限の動作で回避。弾丸が飛来する方向へと駆けていく。


 地を駆け、壁を登り、建物を飛び越えて、道なき場所すらも進み、ただひたすらに弾丸が飛来するほうへと向かう。


 弾丸が飛来する。今度は二発放たれた。竜夫は前に進みながら、飛来する弾丸をくぐり抜けていく。自らを狙う、弾丸のごとく。


 他に狙う敵がいないのなら、たとえそれが音速を超えていようとも、ただ真っ直ぐ飛んでくる弾丸など竜の力を得た竜夫に当たるはずもない。敵は仲間を倒され焦っているのか、それとも別の意図があるのか、どちらかはわからないが、竜夫に飛来する弾丸の数は明らかに増えていた。だが、竜夫はそのすべてを回避して距離を詰めていく。


 どうして、敵が放つ弾丸の数が少なったのか?


 一つは場所を悟られたくないから。スナイパーであるならば当然だろう。認識できない場所から攻撃し、仕留める。それが、スナイパーが持つ最大級のアドバンテージだ。生きるものの対する最大の攻撃は、対象が認識できない攻撃に他ならない。居場所を知られ、そのアドバンテージを失ったスナイパーなど、人智を超える力を持った同士の戦いとなれば的に等しい存在である。


 もう一つは――


「透過能力か、透視能力のどちらかを使っていると、極めて動きを制限されるからだろう」


 人知を超えた竜の力は間違いなく強大だが、完璧ではない。


 大量の爆発物のもとのなる液体を身体のまわり纏うバーザルが、それを失わないように斬撃や刺突を嫌ったように。


 姿を消す奴が、敵から触れられると消えられなくなるように。


 竜夫が持つ武器を作る能力が、自身の身体に密着していなければ創り出せないように。


 強大な竜の力にも制限がある。


 最後の刺客が持つ能力の制限は、能力を使っている間「動けなくなる」ことなのだ。


 それは現在の、他の仲間がいなくなった状態ならば、他のなによりも致命的だろう。


 弾丸が飛来する。愚直に飛来する弾丸は竜夫には当たらない。竜夫は、この射線上のどこかにいるはずのスナイパーとの距離を確実に詰めていく。


 この人がいなくなった空間がどこまで広がっているのかは不明だ。間違いなくそれなりの距離に人が立ち入らないようになっているはずだが、いくらなんでも狙撃の最大射程と言ってもいい一キロはないはずだ。そこまで広い空間から、人の姿を失くせるとは思えない。


 竜夫は壁を駆け上がり、屋根の上へと着地する。


 そのとき――


 自らに迫りくる気配を感じる。そう感じた瞬間には、もう遅かった。竜夫の目の前に突如として現れたのは、自分と同じくらいの年齢の若い女の姿。その小さな身体には不釣りいなほど大きな銃を抱えている。その銃口を竜夫に向かって叩きつけるように押し込んで――


 女は、引き金を引く。


 爆発音のような銃声が響き渡る。


「この距離から撃たれた弾丸を防ぐか」


 女は、吐き捨てるようにしてそう言った。


 竜夫は、防御した両腕に刃を創り出してゼロ距離から放たれた弾丸を防いだ。しかし、対物ライフルのような銃から放たれた弾丸の威力は絶大であった。竜夫の腕を覆っていた刃を砕き、めり込んで、数メートル後ろに吹き飛ばしたほどだ。竜夫は、自分の腕に目を向ける。自らの腕にめり込んでいる弾丸は一センチ以上あった。


 自分の身体から突き出すように刃を生み出すのはやはり痛い。だが、そうも言っていられなかった。そうしていなかったら、竜夫の腕と胴体に見事な穴が空いて、風通しが非常にいい身体になっていたことだろう。下手をすれば、上半身と下半身が分離していたかもしれない。


「……まさか、姿を現すとは思わなかった」


「私が動けないことは貴様も察していただろう。バーザルとガイアンがやられた以上、私も引きこもってはいられないからな。それでは貴様の始末ができない」


 ガイアンというのは、あの透明になる男のことだろう。


「他の二人にも言ったけど、金輪際狙わないのなら、見逃すけど」


「残念だが、私は敵に尻尾を振って見逃してもらうような恥をさらす勇気は持ち合わせていない」


「そりゃ随分と誇り高いことで」


 竜夫はため息をついたのちそう言って、同時に地面を蹴って女に接近。一瞬で女の懐に入り込んだ。手に刃を創り出し、女の首と胴一撃で両断すべくそれを振るう。


「不意打ちは結構だが、悪いがお前の攻撃は当たらない」


 女の宣言通り、竜夫が振るった刃は空を切った。


「な……」


 目の前で起こったあり得ない光景に、竜夫は驚愕するしかなかった。


「遠くから覗き見て姑息に狙い撃つだけだと思っていたか? 残念だがそれは間違いだ。奴らほどではないが、私も同じく近接戦闘の心得程度はある」


 驚愕によってわずかに硬直していた竜夫に、女は手に持っていた銃身を思いきり振るってくる。鉄のように思う銃身が竜夫の腹部に思い切り叩きこまれた。後ろに二メートルほどずり下がる。


 それから、女は竜夫の前が姿を消す。なにが起こったのか理解できず、瞠目していると――


 その直後、竜夫の股下に想像を絶する衝撃が走る。竜夫は、声すらも上げられないほどの苦悶を漏らした。


「異世界人であっても、股間は弱点か。そう考えると奇妙なものだな」


 背後から声が聞こえ、痛みに苦しみながらも刃を創り出して振るう。


 しかし、竜夫の手には空を切った感触しか感じられない。そこには、確かに女の姿があるはずなのに――


 女は手に持っていた巨大な銃を投げ捨てる。あらたに取り出したのは二丁の拳銃。女は竜夫に向かって拳銃を放つ。その弾丸は竜夫の太ももを貫いた。鋭い痛みが走り、血が噴き出す。


「僕の攻撃を……透過しているってわけか……」


 竜夫はそう言って歯を軋らせる。


 やられた、と思った。自分以外のものを透過する弾丸を放てるのなら、こちらの攻撃だって透過できるのも道理だ。どうしてその可能性に気づかなかったのだろう? あと一人となって、知らず知らずのうちに油断していたのかもしれない。ぬかった。


「随分とまあ、反則じみた能力だな」


 竜夫は相手の能力に対する忌々しさを一切隠すことなく言う。


 こちらの攻撃は当たらないのに、相手の攻撃が一方的に当たるなんて許されるのは、ゲームの負けイベ戦闘だけだろう、なんてことを思った。


「それは私自身が嫌というほど理解しているが、生憎我々がやっていることは規則と節度を守って行う競技ではない。それが戦いというものだろう? 卑怯とは言うまいな?」


 女は、よく通る声を響かせる。


「では、今度はこちらから問おう。抵抗しないのであれば、苦しまずに殺してやろう。どうだ?」


「生憎、殺されて死ぬより苦しいことはないって教わっているのでね!」


 お断りだ、と竜夫は叫んで、後ろへと飛ぶ。


 こちらの攻撃を透過して無効化するあいつと真正面から戦って勝てるはずもない。


 だから、これは、勝ち筋を見つけるための戦略的撤退だ。


 死にたくないのなら――

 生きてもとの世界に戻るのなら――


 この窮地だって乗り越えなければならない。


 最後に立ちはだかる困難を破壊しよう。


 そうしなければ、生き残れないのだから――


 地面に着地した竜夫は、一気に加速して走り出した。

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