第35話 爆撃と狙うものと
いま自分を襲っているバーザル・ジョーの能力について考えてみよう。
奴は、身体のいたるところから爆発物を生み出してくる。とりあえず、現時点では燃料切れはしていない。スタミナたっぷり。
だが、いくらなんでも本当の意味で無尽蔵ではないだろう。それはとても大きいかもしれないが、どこかに限界はあるはずだ。それは強大な竜の力でも同じ、はずである。奴の爆撃により、常人であれば粉みじんになってもおかしくない打撃を受けているこちらは確かに消耗している実感があるのだから。
それは確かめてはいないし、戦いながらそれを確かめられるとも思えないけれど、こちらと同じく生き、存在している以上、それは有限であるはずだ。異世界にある超常の存在であってもそれは同じだろう。生物にとって無限であるということは、そこに存在する意味を否定する。無限に等しく増え続けるガン細胞が生物には想像を絶する苦痛を呼び、害にしかならないように。
「どうにか、ぽこぽこ出てくる爆発物をなんとかできないか?」
建物の上を疾走し、次々と飛び移りながら、竜夫は考える。
必ず限界があるといっても、奴が生み出す爆発物が切れるまで耐久戦を仕掛けるのはどう考えても得策ではないだろう。というか、いままでの状況を考えると、向こうがスタミナ切れするまでこちらが耐えきれるとは思えなかった。奴が生み出す熱と衝撃によって、いずれ殺されることになるだろう。
「そうなると、短期決戦しかないわけだが……」
それもなかなか難しい。
決死の覚悟で奴の背中にナイフを思い切り突き刺したのもかかわらず、ぴんぴんしていたことを考えると、ちょっとやそっとではやられてくれないのは明らかだ。
「ただ背中を刺された程度ではダメージにならないことなのか、それとも、それはなにか別の理由によるものなのか?」
背後をそっと覗き見る。後ろには、あの巨漢の姿はない。
「それに、刺したときの感触も気になるな。あれはまるで――」
あの感触は、生物の身体を刺したものとは思えなかった。なんというかその、ぐずぐずになったゼリーとかのような、生物を構成するものよりもはるかに柔らかいものを刺した感触だ。あれだけ機敏に動き回る奴の筋肉が、あんなぐずぐずであるとは思えない。
「そしてもう一つ。奴の額に撃ち込んだ弾丸がおかしな逸れ方をしたことも気になるな」
拳銃自殺をしようとした人が、自分に向かって放たれた銃弾が頭蓋骨に当たってその軌道が滑って脳を貫通せずに一命を取り留めるケース意外と多いという話を聞いたことがある。だから、拳銃自殺をする際はヘミングウェイみたいに銃口を自分の口に突っ込んでぶっ放したほうが確実なんて言われているが――
「あの逸れ方はなにか違うような気がする。硬いものに当たって逸れたっていうより、なんかこう、ぬるりとしていたような……、まあ、自分が撃った弾丸が逸れた経験なんて今日までまったく経験したことなんてなかったんだけど」
背中を刺してダメージを受けていなかったのと同じように、撃った弾丸が逸れたことにも、ただ奴がタフであるという以外になにかあるのかもしれない。それは一体、なにか?
「最後に一つ。奴が溜め込んでいる爆発物は、こちらの攻撃が当たっても暴発しなかったことを考えると、体外に放出しない限り爆発しないと思われる」
であるならば、うまく誘導して奴自身が溜め込んでいるものを暴発させてダメージを与えられる可能性は低い。そもそも、身体から爆発物を生み出すような奴が、他人の攻撃による暴発を想定していないとは考えられないだろう。自分が奴と同じような能力を持っていたのなら、真っ先にそのリスクを考える。戦闘のプロである奴が、そのリスクを把握していなかったのなら、馬鹿であるというよりもはや滑稽、ギャグの類と言えるだろう。そんなヘマをしでかすような奴が、プロであるとは思えない。
そのとき――
竜夫の横から、なにかが飛来するのが感じられた。竜夫は即座に足を止め、すぐ背後にステップ。その刹那、自分の鼻の先数センチのところになにかが高速で駆け抜けていった。
「……狙撃?」
ほんのわずか前まで自分がいた場所を駆け抜けていったのは弾丸だった。
「いや待て。どこから狙われた? こっちは建物の上にいるんだぞ? 狙撃できる場所なんて――」
足を止めた竜夫はあたりを見る。視界の範囲には、建物の屋根の上に立っている自分を狙えそうな場所はない。自分が立っているのと同じような、背の低い住宅ばかりである。
再びなにかが飛来する。竜夫は前に飛び込んだそれを回避し、今度は、どの方向から弾丸が飛来しているかを見た。
「下から?」
嘘だろ? と、竜夫はいま自分に襲いかかった出来事を否定する。
竜夫の身体を貫こうとした弾丸の射角はわずかに下方向であった。自分の下には、いくつもの住宅がある。であるならば、それを無視して弾丸が飛んでくるはずはない。
「いや、姿を消す奴に身体から爆発物を出しまくる奴がいるんだ。壁や屋根くらい無視する魔弾を撃ってくる奴がいてもおかしくない」
はっきり言って、この異世界では自分が知っている常識は通用しない。というかそもそも、自分自身がその常識の埒外にいるのだから、それは当然である。
「やってらんねえよ。一人で三人相手ってだけでも無理ゲーなのに、相手になる三人がどれもこれも厄介な能力持ちしかいねえってってどういうこった? 最近の異世界は最初から最強でヌルゲーなのが鉄板じゃなかったのか?」
巨体とは思えない敏捷な動きとともに爆発物をまき散らしながら攻撃してくるバーザル・ジョー。こいつしかいなくても突破は容易じゃないのに、それに加え、完全に姿を消し、音もなく近づいてくる奴に、障害物を無視して弾丸を放ってくる奴と来た。
「いまはあの透明野郎の気配は感じられないけど――気をつけたほうがいいな。爆発物の嵐の中でも、隙をついて狙ってくる可能性は大いにある」
そうぼやいていると、またしても弾丸が飛来。それを身体を逸らして回避――
「ぐ……」
魔弾の狙撃者は、こちらが回避するのを予測し、そちらの方向にも弾丸を放っていた。その弾丸によって、竜夫の腿は貫かれた。鋭い痛みが走り、血が滲む。
「なかなか足が速いな」
背後から声が聞こえ、竜夫はそちらを向いた。そこにあったのは、アメコミヒーローさながらに空を飛び、爆発物をまき散らしながら竜夫へと突撃するバーザルの姿。まるで冗談みたいな光景だったが、一ミリも笑えない。
回避できない。一瞬でそう判断した竜夫は足を止めて、まっしぐらに迫りくる自分の数倍はあろう巨体を待ち受ける覚悟をした。その手に創り出したのは、楯のように平たい刃。それを両手で支えながら、高速でこちらに突撃するバーザルに一歩踏み出した。
当然のことながら、真正面からのぶつかり合いで、こちらを圧倒的に上回る質量を持つバーザルに勝てるはずもない。
自分の目の前に構えた平たい刃を、バーザルの身体に直撃する寸前で、変形させた。
一度創り出したそれに、無理矢理力を注ぎ込み、無数の刃を突き出させたのだ。被弾覚悟で放った渾身の一撃だったが――
「ふ……」
バーザルは不敵に笑い、突き出された刃が自分の身体に突き刺さる直前で自らの巨躯をねじり込みながら軌道を変え、回避。あと一瞬でも遅ければ、バーザルの身体は蜂の巣になっていただろう。
竜夫が創り出した平たい刃は、創られてから無理矢理力を注ぎこまれたため弾けるように自壊する。その破片は、いくつかバーザルにも浴びせられたが――
「ぐ……はっ」
バーザルはただ突進してきたわけではない。そのまわりに爆発物をまき散らしながら突進していたのだ。自分に向かうその軌道が逸れても、同時に発生する熱と衝撃が竜夫を襲うのは自明であった。
大量の爆発物に襲われたのは竜夫の身体だけではない。彼が立っていた建物の屋根もすべて吹き飛ばし――
そこにあった竜夫の身体は、永遠に続くかのようにゆっくりと落下していった。
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