第4話 朝餉の二人
アリザの仕事柄、昼食と夕食の時間は外に出ていることも珍しくなく、その代わりと言っては何だが朝食は一緒に取る、というのが居候するアリザに求めた条件の一つだった。
それでも護衛依頼などで不在の場合などはある。そうした例外を除きアリザもその取り決めに素直に従っていた。冒険者は何かと危険と隣り合わせだ。カツカツと、固めの小麦パンを時折むしりながらグラタンをかき込むのも、冒険者であるが故だろう。
それでも、それなりに手の込んだ料理であるから感想が欲しいヒューイだった。
「味の方はどう?」
エイルーン海老はたまたま仕入れられた高級品であるし、熟成マッシュルームもまたバイエルン特産の少しお値段の張る物。グラタンのベースになるベシャメルソースは焦げ付かないよう地味に手間がかかるのだ。チーズはポーションの卸先の伝手を使った。
単純にそれらを抜きにしても、同居人の意見は気になる。
「……美味い」
数度の咀嚼で口内のグラタンを飲み込んだアリザは短く告げた。いつもは鉄仮面じみた厳しい面構えも、ほんのりと緩んで見える。
「そう、良かった」
これで口に合わなかったらご機嫌を取るのが大変だったと、ヒューイはほっと胸を撫で下ろしながら自らもまたグラタンにスプーンを差し込んだ。カリッと焦げたチーズの表面とは裏腹にトロッとした乳白色の内部。一口分をすくい上げると程よい弾力を持った海老とマカロニが覗く。ヒューイはそれをパンに乗せて頬張った。
やっとグラタンに口をつけたヒューイを、アリザが訝しげに睨む。
「……何か不埒な事を考えなかったか?」
「んぐ……い、いや何も?」
冒険者は得てして味の濃い料理を好みがちだ。だから濃厚な味付けにならざるを得ないグラタンならばアリザは喜ぶだろうとかは考えていない。断じて。決して。
すっとぼけるヒューイを数秒凝視したアリザは、興味を失ったようでスプーンの往復を再開した。
「そうか。疑ってすまなかったな」
「いやあ……そうだ、迷宮に何か変わったことはあった?」
「変わったこと、か」
アリザは聡いのか疎いのか分からないところがある。
ヒューイの明らかな逸らしには追求せず、ふむと考え込む。
「明らかな変化はなかった」
溜めた割にはアッサリとした回答にヒューイの返事も軽いものになった。しかし含むところがあるらしく、アリザにしてはは珍しく口籠る。
「ただ」
「ただ……?」
「……迷宮の空気が、やや……違った」
「そう……」
アリザの感覚的なものだろう。第六感とでも言えばいいのか。一介の調合師に過ぎないヒューイより、冒険者のアリザの方が詳しく、また慣れているのは自明の理。とすればその感覚を疑うことはない。
「じゃあしばらくは迷宮探索は慎重にしよう」
今回は明朝ということもあってアリザ単身で採取をしてもらったが、特殊な採取法が必要であったり、その場で加工しないとダメになってしまう類の素材もある。ヒューイはそこまで強くはないために、護衛をアリザに頼んでいた。
「在庫は持つのか?」
「無理な注文は受けなければいいさ」
第一、そんな特殊な素材を使って作る薬は、用途もまた特殊であることが多い。もしくは効果の反面高価であるとか。お世辞にも商売繁盛とは言えない経営なので、生活費分が稼げればそれで十分という思いがヒューイにはあった。
それを聴いてアリザはふっと微笑する。
「それもそうだな」
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