第14話 電気ブランの思い出

 女はタイミングだと言われることがある。そんなのタイミング次第で、男としては努力できることがなにもない、お前たちの気分次第で可不可が決められるではないか、と。


 でも、実はそういうわけでもない。タイミングというのは天運とイコールではないのだ。


 電気ブランというお酒がある。明治時代にできたブランデーベースのカクテルで、電氣ブランデーというのが元の名前だった。


 何故電気かと言えば、電気が珍しかった時代、新しいものに電気◯◯とつけるのが流行していたからだそうで、現代の感覚から言えば全く電気は関係がない。そしてブランデーベースではあるが、ワインやジンなどをブレンドしたリキュールなのでブランデーではない。そこで、「ブラン」になった。


 なんともレトロな雰囲気の漂うお酒なのである。


 ある時連れて行っていただいたお店に、電気ブランが置いてあった。


 丁度『夜は短し歩けよ乙女』を読んだばかりだったので、ひとり興奮した。


 このお店に連れてきてくださった方は、私が電気ブランを飲んでみたいと思っていたことなどご存知ではない。なぜ「うわー、電気ブランだー!」と興奮しているのかもおわかりではない。それでも、飲んでみたいけれど自分が飲める味なのか気にする私にどんな味なのかを説明してくださり、飲めなかったら自分が飲むからと言ってくださった。それで背中を押されて頼んでみた。


 初めて飲んだ電気ブランは、とても甘くて少しアルコールが強く、ピリッとしてとても美味しかった。


 電気ブラン自体が美味しかったというだけでなく、たまたま読んだ本に出てきた、それが目の前にある、意図せず出会えた、このお店に今このタイミングで連れてきてくださった、なんて、流石だなぁ! と思った。


 そんなの偶々ではないか、と思われるかもしれないし、確かにそれは偶々なのだが、それだけではない。背中を押してくださるスマートさ、どんな味か説明できる知識の豊富さなどの様々な要因が重なった結果、してくださったこと全てが有り難い、嬉しかったという印象として、電気ブランの美味しさと共に心に残っている。


 普段から紳士的な振る舞いをされる方で、とても頭の良い方なので、余計にそんな印象になるのだ。


 という話を友人としていたら、


「全然紳士じゃないよあの人。俺たちといる時はシモネタだって酷いよ」


 と言われた。


 そう言われても、それはそうでしょうねぇという気持ちになった。男同士で盛り上がればそんな話になることもあるだろう。


 羽目を外す時は外せるし、女性の前で下品なことを言わないデリカシーを持ち合わせているのであれば、寧ろやはり紳士なのではないか。


 偶々だとしても結果が全て。その結果を引き寄せてくれたのは他でもないその人であり、その人の持つセンスや性格や知識なのだから、こちらとしては偶然ではなく必然に近いのである。

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