第15話 人生にリセットボタンは無いけれど

 恐らく、人よりは比較的引越しをよくしている。理由は、子供の頃は父の仕事の都合があげられる。それで引越したのが四回。大人になってからは今の所六回。


 大人になってからはたと気がついたのは、好きな場所に住んで良いということ。学校や職場の近くにしても良いし、犬が飼える物件にするも良し。住みたい町に住んでそこで仕事を探すという手もある。


 考え方が農耕民族か騎馬民族かで違うかも、という話を、以前知己としたことがある。私はあまり土地に対して思い入れが無い。と言うと語弊がある。郷土愛はある。ただ、どうしてもそこにとどまらなければいけないという感覚がない、と言えば妥当だろうか。転職に対しても抵抗がなく、まぁ選ばなければなんだってあるだろう程度の感覚でいる。


 だからこそ、更新の時期やなんとなく気分を変えたいときに引越しをする。


 引越しの作業自体やそれに纏わる手続きが面倒ではないのかと訊かれたことがあるのだが、面倒ではあるもののそれ以上に楽しいのだ。知らなかったことを知り、経験したことがなかったことを経験するのが楽しい。初めて頼んだ引越し屋、初めて行く町の役所、初めて通る路地裏。ポストの場所もわからず、歩いている内におしゃれな喫茶店や雰囲気の良いパン屋を見つけて自分の中に徐々にマッピングされていくのが楽しいのである。


 人生はセーブデータを引っ張り出してあと戻ることはできないけれど、オートセーブはされている。リセットして零からやり直しはできないけれど、一部だけのリセットはできる。自分にとってのリセットボタンのひとつが、引越しなのだ。


 知らない場所、知らない人ばかりの職場。


 そう言えば、転校を周りの大人たちは「可哀想に」と同情してくれたが、当の本人は楽しみにしていたのも今思い返せば同じなのだろう。新しい学校、新しい友達。


 人生のリセットボタンは、零にはならない。リセットして気持ちを切り替えても、経験は積み重なっていくし、縁があれば知己も増えていく。


 とは言え、大好きな町に身を落ち着けるというシチュエーションも憧れが無い訳ではない。終の棲家を見つけるための、まだ旅の途中なのかもしれない。

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